第十六話 畏れをその身に
征伐隊が硫黄の採掘場と思われる場所を目指し3日が過ぎた頃、俺達は千歳の特訓の為、かつてのミカの生家に再び足を運んでいた。
「まずまずと言ったところかの。
早々に結果が出ないのは当然じゃ」
「……はい」
「……今日は趣向を変えるかの……。
小童、ほれ!」
そう言って、ミタモは縁側に座っていた俺の方に刀を投げ渡す。
この前の一件で確か折れてしまったと思ったのだが、まさか何本も持ち歩いているのか?
「二本も持ってたのか?」
「まだ何本かは控えておる。
手入れはあまりしとらんがの」
「おいおい……」
中の刃を確認する為に軽く引き抜くと、ガラス細工のように透明な刃の付いた刀身が現れた。
錆びる以前に透明な刃なんて聞いた事がない。
「おい、ミタモ。
この刀、どうなってる?」
「あー、渡したのはソレだったか。
まぁ小童程ならまともに扱えるじゃろうな」
「いや、だからこの刀は何なんだよ?
おかしくないか、幾らなんでも透明な刃を持った代物なんて聞いた事がないんだが?」
「ソレは確か随分と昔、実家から家出を際に拝借した家宝の一振りじゃよ。
確か、先祖がかつて組んだ神畏との戦いの際に使われたものじゃな」
「盗んだモノじゃねぇか!!」
俺の声に、ミタモは驚き千歳まで慌てた様子を示したが、俺は構わずミタモに真相を確かめようとした。
「ミタモ、流石にコレは不味いだろ。
というか、よくそんなモノずっと持ち歩けたな?!
てか、それっていつから持ってたんだよ?
いや、発言からして牢屋に居た頃から持ってたよな、お前!?」
「いやぁ、持ってた事すらすっかり忘れとったわ」
「お前なぁ………」
「まぁ、元々扱ってたモノが折れたのだから仕方あるまい。
アレを折ったお主に落ち度があるじゃろ。
だから仕方なく妾が新しい刀を渡したのじゃ」
「いや、まぁ折った俺が悪いだろうけどさ……。
待て、というか前まで扱ってた奴は何処で手に入れた奴何だよ?」
「前に組んでた奴が敵国との戦において、奴が打ち取った敵将が使ってたものじゃよ。
結構良さそうなものじゃったから戦利品として、拝借したのじゃ」
「………、そういうことね。
刀も扱わないお前が何で刀を持ってるのか、大体分かってきた。
そんな子供が木の枝拾ってくるみたいに刀を拾うなら二、三本を持ち歩いてもおかしくないよな」
俺は呆れながら、目の前の透明な刀身を持つ刀を見る。
刀には以前の持ち主を示しているのか、持ち手の方に白蛇を模した装飾が施されている。
白蛇といえば、同じ白蛇を連れた征伐隊に居た凪を思い出す。
もしかして、彼女の一族の何か関連がある代物なのかもしれない。
彼女が戻って来たら聞いてみるか。
「白珠魂ノ剱、確かそんな銘の一振りじゃったな。
持ち主の魂の力に応じて切れ味が変わるとか何とか、そんな代物じゃったかなぁ」
「そんなの聞いた事がないぞ?
北の方で作られた特殊な代物なのか?」
「北ノ国が今のように工業発達する以前の時代に作られたものじゃから、それは無かろう。
誰が作ったのかも、よくわからんが……。
まぁ、そんな事は些細な問題じゃ。
とにかく、何でも構わんから小童は以後はコレを使え、まともに使えそうなのは妾の手持ちじゃとコレくらいだろうからの」
「分かった分かった……。
はぁ、お前の一族に見られたら何されるか……」
「打ち首じゃろうな、ほぼ確実に」
「…………」
唐突に放たれた言葉に、背筋が凍る。
打ち首って、コレ俺が使って駄目な奴じゃん、
いや、だが代わりの刀をねだったところで、曰く付きの代物をポンポン渡されてはたまったものじゃない。
その内、呪いの魔刀とか渡されても困る。
ひとまず、この刀が凄い力を秘めてるのは明白。
コレを扱うしかない。
「で、ミタモ?
これからどうすればいいんだ?」
「千歳と稽古をして貰う。
強力な力には、それに耐えうる強靭な肉体が必要。
その為の下地と言ったところじゃな」
「理由は分かったが、だったら別に本物の刀を渡さなくても良かったんじゃないのか?」
「いや、その方が手っ取り早い。
怪異としての畏れを得る為に、まずは畏れの概念をその身に叩き込む必要がある。
畏れとは、大きく分けて恐怖と信仰の二つ。
その内の恐怖をその身に刻む事を目的としておるからな」
「恐怖を……ですか?」
千歳が不安げな表情を浮かべながら、ミタモに問う。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
「その通りじゃ、千歳。
お主には怪異としての根本的なモノが欠けておる。
お主の母上は、民からの信仰によって強い力もあったが、水を司る事は即ちその水に対しての恐怖を民に強いなければ成らぬ。
嵐や洪水による水害による恐怖によって、お主の母上は力を得ていたのだからな」
「恐怖で力を……」
「怪異とは畏れの象徴じゃ、人間から敬われ信仰を得る事も大事じゃが、それだけあっては成らぬのじゃ。
力の恩恵ばかりではなく、その弊害による恐怖を示さねば人間の欲に容易く呑まれ、己が存在を舐められるであろう。
過去、信仰によって成り立っていた怪異は多く居ったがそのほとんどが早くに力尽きた。
目先の恩恵に目が眩んだ人間が増えた結果、信仰による畏れが集まらなくなったのだからな。
当然の結果と言えよう、じゃから畏れとは恐怖と信仰の二つが共存せねば成らぬのじゃ」
「反対に、恐怖ばかりだとどうなる?」
「恐怖に逃げ出した、あるいは畏れを得るばかりに殺し尽くしてしまえば周りから魂の力は集まらず、自滅するじゃろう。
信仰ばかりの奴よりは長生きするじゃろうが、人が居なくなれば怪異も形を成せなくなる。
故に、どちらも必要なんじゃよ。
じゃからとにかく、小童相手に死に物狂いで打ち込み稽古と言ったところかの。
小童、分かっておるだろうが決して手を抜くな?」
「だそうだ。
千歳、どうする?」
「分かりました、私やります」
はっきりとそう答えると、彼女は腰に控えた少し短めの刀を引き抜く。
神畏として何かしら武器は持ってるだろうとは思ったが、やはり刀を使うか……。
以前に夜中まで剣の素振りしていたくらいだし、まぁ本人がやる気ならそれで良いだろう。
「了解した」
「じゃあ、此処はお前等に任せようかの。
妾は適当に辺りをふらついて来るかのう」
「おい、ここで俺達を投げ出すなんて何を考えているんだよ?
ミタモが一応指導してるんだから、その責任をだな」
「うるさい、小童!
下地の出来とらん相手に指導なぞやってられるか!
確か、街には美味い団子屋があるとか言ってたし、妾はそっちにでも向かうとするかの。
日が暮れたら迎えに戻る、それまでせいぜい足掻いてみろ千歳?
この程度で駄目なら、お主はその程度じゃ」
そう言い捨てると、ミタモはそのまま何処かへ消えてしまった。
「悪いな、千歳……」
「仕方ありませんよ。
それに、あの人の言ってる事は正しいですから」
「そうなのか?」
「あの人なりの指導なんだと思います、多分。
確証はありませんけど、あの人の事だからもしかしたら何か考えがあるのかも知れませんので」
と、千歳はミタモの肩を持つようだ。
俺からしたら、いつもの面倒がって仕事を投げ出したようなものだと思うだが……。
まぁ、本人が言うならやるしかないか
「それじゃ千歳、まずは基本の型をやってみろ。
とりあえずそこから、見ていくか」
「分かりました」
ミタモに何かしら意図がある、それを間違いないと思いたい。
とにかく、目の前の千歳への指導をアイツの代わりに務めるのが最優先だろう。
全く、俺としてはさっさとあの虚無僧の輩が裏で何をやってるのか探りたいところなんだがなぁ……。




