第十一話 娘の真実
酒倉井に訪れ、この地を治める千歳の父親からの協力や歓迎を得られ、更には宴も同然の歓迎を受けたその日の夜更け。
何処かへと向かった自身の連れであるミタモの姿を追っていた。
気付けば集落を抜け出し、近くの森へと突き進み何処からともなく千歳が俺の前に現れたのだった。
そして、千歳と共にミタモの姿を追っていると……。
「古い家?」
ミタモを追って辿り着いた先にはいつ崩れてもおかしくない小さな古家がそこにはあった。
明かりもなく、誰かの住んでいるような痕跡もない。
一体此処は?
「……何であの人、此処を知っているの?」
俺のすぐ後ろでそう呟いた千歳。
「千歳、此処を知っているのか……?」
「それは……」
「小童。
この地を治めていた怪異、ミカ殿の住処じゃよ」
そう言って、不意に俺のすぐ横に姿を現したミタモ。
俺と千歳は彼女の存在に驚き、二人してその場に転がってしまう。
「全く……。
この程度の尾行が分からぬとでも思ったか?」
「いや、でもお前……。
絶対酔っ払ってたよな……?」
「ああ、じゃがこの程度まだまだじゃよ。
この程度の酔いなら、まだまだ妾は全然呑めるわ」
誇らしげにそう自負する彼女。
しかし、すぐにあの古家を見てその表情は変わった。
何処か物寂しく、懐かしむように……。
「千歳。
お主はこの家の家主について知っておるよな?」
「………」
ミタモの言葉に千歳は彼女から視線を逸らした。
「ミタモ、お前は何を言って………」
「言えぬか、千歳?
仮にも、この酒倉井の子じゃろう?
それでも知らぬとシラを切ろうが、この地の守り神であるミカ殿を知らぬとは絶対にあり得ぬわ」
「それは、その……」
「お主、本当は人間ではないな?
よく似せてはおるが、所詮は子供のまやかし。
他の者は騙せたようじゃが相手が悪かったな?」
千歳が人間じゃないだと?
その言葉に俺は彼女を見ると、全て諦めたかのように落胆のため息と共に口を開いたのだった。
「そっか、最初からお見通しか……。
なら、何で最初に会った時に言わなかったの?」
「妾には関係ないことじゃからな」
「じゃあ、何で今更?」
「気が変わった、そして妾が最初に予想していた状況と大きく異なっていた。
そして新たに浮上した可能性において、お主の存在が無視できなくなった、それだけのことよ」
「新たな可能性って?」
「ミカ殿は既に亡くなっているのじゃろう?
原因は粗方予想は付くが、あの女のことじゃ。
長年の無理で力を使いすぎた事に加えて、集落の民から集まる力が足りなくなったのじゃろう。
そんな無理を続けた挙げ句、あやつ自身も当然目に見えていたはずじゃろうな、死んで当然の結果という訳じゃ」
そう言ったミタモの言葉に、震えながら怒りの表情を露わにしすぐさま千歳はミタモに掴みかかったのだ。
「死んで当然?
ふざけないでよ!!
あなたにあの人の何がわかるの!!
あの人はずっとずっと、この街の人の為に、この街の人達が豊かになるようにって……!
ずっと……ずっと……」
「その無理の結果がこれじゃ。
大した力もない、なのに釣り合わぬ不相応な力を行使し続ければ幾ら怪異であろうと死ぬは明白じゃ。
無尽蔵な金のなる木だとでも思うていたか、小娘?」
「違う!、違う違う違う違う!!
だって、だってミカ様は……私の母上は誰よりも強い力を持った優れた御方だった!
この集落をずっと守り続けた立派な御方だったの!!
だから違う、お母様は母上は……決して弱くは無かった!!
弱くなんて、なかったの!!
ただ、ただ……この集落の人達の為にって………いつか来る私の本当の父親の為に此処を残すんだって……。
いつか、いつか家族一緒に暮らせるようにってただそれだけで母上は………」
そう涙ながらに必死に訴えかける千歳。
千歳は、この地の守り神であるミカを母上と呼んだ。
つまり彼女は……、
「やはりそうか……。
千歳、お主はミカの娘だったのじゃな……」
●
千歳が俺達に語ったこれまでの経緯によると。
今から八年程前の事……。
この地の守り神であったミカ様が亡くなった。
そして、ミカ様には娘が一人居た。
千歳……、酒倉井千歳………。
守り神である彼女が亡くなった結果、その期待の目は当時幼い千歳へと向かうことになる。
強い力が必要だった、この酒倉井の地を守る為に。
この地を何百年と守り続けた母親と同じように、この地の存続は千歳の存在が何より重要であったのだ。
しかし、ミカの力を受け継いだ千歳には彼女のような強大な力が宿ってなど居なかった。
そして、酒倉井の守り神の亡くなった事実は集落の民に伏せられる事となる。
彼女は身寄りを無くした村の孤児ということで千歳はこの地を治める秋重の元に引き取られたのだ。
年端もいかない小娘には、当然力はない。
しかし、力が無ければこの地は滅ぶ。
ソレを証明するかのように、ミカ様の死から5年が過ぎた頃、この地の水質が変わり始めた。
ほんの些細な金属の風味が現れたのだ。
例えるなら水の満たした升に塩を三粒入れた程度の変化である。
この些細な変化は、酒を熟成させる工程を踏まえる上で大きな分け目となってしまいこの地で生産される酒の味に僅かながら、確実な影響を与え始めたのである。
そして集落の者からは、長年姿を現さないミカ様の存在に不審感を覚え始めていた。
その重圧は、まだ幼い千歳にとって計り知れないものであり、亡き母の代わりを務める為この地の繁栄を守る為に彼女は無理な努力を続けるようになる。
しかし、彼女の力は思うように伸びない。
そして、彼女の力を付ける最期の手段としてこの地の長である秋重は彼女にこう命じた。
「遠いミヤコという地に、神畏によって構成された征伐隊という組織がある。
かの者達の一人となって、各地を巡り修行の旅へと向かうといい。
この地の内情は伏せ、花嫁修行の一環とのことで多少の金を積みお前を入隊させる」
秋重の言葉を千歳は受け入れ、その後彼女はミヤコの征伐隊へ加入し現在へと至っている。
●
「なるほどな、つまり千歳。
お主は妾と同じ半妖という訳か?」
「いえ、怪異同士に生まれたので純粋な怪異です。
でも、人間のほとんど変わらない姿なので力さえ抑えれば人間と差して変わらないと思います……」
「行方知れずであろう実の父親の所在は?
何処の誰かも分からないのか?」
「本当の父親は、私が生まれた事実も知らずこの世の何処かを転々としています。
私が生まれたのは、その時の一夜の事であったと……」
「……なるほどの」
「ミタモ殿は、私の父親をご存知で?」
「ミカが想いを寄せていた者は知っておる。
じゃが仮にそうだとして、あり得ぬ話よ……。
時が経ち過ぎておるからな、じゃから気が変わって別な者と結ばれた可能性の方が現実的。
何より、想いを寄せたであろうそ奴ならば尚更そうさせるやろうて……」
「じゃあ知ってるんですね、私の父親を?」
「確信はないが、そ奴の名は黒鼬。
お主達の追う脱獄した厄六の一人じゃよ」
「えっ……?」
「酒の名地となる前の戦乱の世に、ミカ殿の力を求めた人間達を追い払ったのが黒鼬だった。
酒倉井の地にて、とある怪異の女を助けたとあの者は自慢しておった。
それから何度か交友があったとミカは言っておったが………」
「黒鼬が、私の……」
「脱獄したという時期、お主の母上が出会った事実が誠であるならその可能性は全くないとは言えぬ。
が、向こうはお主を知らぬだろうな……。
仮に再会出来たとして、お主はどうする?
父親は大罪人、その子である事実が誠であるなら酒倉井を担うお主の立場、そして現に征伐隊の一人である事の面子に傷が付くであろう?」
「………」
「まぁいい、ミカが死んだ事実は変わらん。
が、千歳?
お主はどうするつもりだ?
このまま放置すれば、この地の水は酒を作るどころか飲み水としてもままならなくなるぞ?」
「分かってる、でも……今の私じゃ……」
「本気でこの地を救いたいか?」
「当たり前でしょう、母上がずっと守り続けたこの場所を私は守りたい。
だから、だから私はもっと力が……」
「そうか……」
そういうとミタモはそこら辺に落ちていた小石を拾い上げ、軽く上に放り投げる。
そして、指を軽く鳴らすとそれは砕け散った。
「五年じゃ、五年以内に妾の満足させられる酒を生み出すに値する水を生み出せるか?」
そう言って、ミタモは石の欠片の一つを拾い上げ千歳の手のひらの上にソレを乗せる。
「何を言って………」
「時間稼ぎをしてやると言っておる。
ミカ殿には借りがあるからな、今宵の酒はとても良かった。
アレがもう二度と飲めぬのは妾も惜しい」
「時間稼ぎって、そんなこと出来る訳が……」
「………、かつてミカに、お主の母親に力の扱い方を教えたのは妾じゃ。
妾は特別水の系統が得意ではないが、多少は持ち堪える程度は出来るであろうな」
「あなたが、母上に……?」
「さて、どうする?
仮にお主が成せぬのならこの地は滅ぶ。
それだけのことじゃ」
「………どうして?」
「ん?」
「どうして、そこまでするの?
ただ、お酒が好きだから?
私がミカの娘だから?
それだけでって、絶対おかしいでしょう?」
「………、疑り深い奴じゃのう。
まぁ、妾もタダ働きも嫌じゃからなぁ」
「………」
「お主の言いたいこともわかる。
が、どうこう文句を言ってられる程か千歳よ?
妾が特別に、力を貸してやると言っておるんだぞ?」
「………」
「成すべき事を成せ、話はそれからじゃ。
明日の昼、また此処に来い。
この地がどうなるか、あとはお主の返答次第じゃ」
そう言ってミタモは俺の手を引き、千歳から離していく。
「ちょ、ミタモ……お前を千歳を放っておいて……」
「小娘はまだしも、妾達はさっさと戻らねば怪しまれるであろう?
小娘は放っておいて構わん、あとはあの者がどうしたいかじゃからな」
「それはそうだが……」
何処か真剣な表情のミタモ。
これまで見たくない彼女の千歳に対する肩入れ。
何故、千歳にそうまでする?
この地を長らく守り続けたミカ様。
そして、彼女の父親と思われる黒鼬。
その間に生まれた千歳。
厄六は大罪人だと聞いた、がミタモの発言で気になったのは………。
ミカ様はかつて黒鼬に救われたこと。
そして、ミタモはソレを知っていた。
ミタモ、お前は一体何を知っているんだ?




