第一話 旅の道半ばにて
「よくぞ、この集落を長らく苦しめた悪しき妖の存在を倒してくれました、旅の神畏の御二方。
これで、この村はようやく平穏を取り戻せます」
旅の道中、俺達は偶然通りがかった小さな村でこの村を長らく支配していたという悪しき怪異を退治した。
それからなんというか、よくある流れで村の人間達からは感謝されては、今はこうして村の長から直々に礼を受けている最中である。
この集落で一番大きい、それなりに立派な建物。
長に導かれ屋敷の座敷へと入れられると、こうして腰を下ろし歓迎と先の礼を受けていたのだが………。
「それはまぁ、助けになれて何よりだ」
「ええ、本当に助かりました。
今宵は宴をしようと思いますが、旅の御方も是非とも来ていただきたい。
村の者一同、あなた方を精一杯のおもてなしをさせて頂きますよ?」
「ありがたいお誘いだが、俺達にはやるべき事があって………」
と、旅を急いでいた俺は長からの誘いを断ろうとしたのだが……。
「本当か?!
仕方ないなぁ、そんなに言うなら是非とも参加させて貰うぞ!
宴と言えば酒は出るんんだよな勿論、な、な?!!」
そう言って、俺の横から食い気味に問い詰める相方。
宴と聞いた瞬間、コレである。
やめろ、女狐みっともないぞ。
「ミタモ、お前なぁ……。
またそうやって………」
「いいじゃないか、小童?
妾は次の村までまた野宿は嫌じゃぞ!」
「それはそうだが、お前そうやって毎回宴に乗って酒癖の酷さでどれだけ俺がいつも苦労しているかをだな……」
「ふんだ、妾の力なければあの妖を倒せなかったであろうに………?
ところで村の長、先の話に戻すが?
今宵の宴には勿論酒は出るよな、な?」
「ええ勿論ですとも、神畏のお狐様!!
今宵の宴は盛大に酒も御馳走も用意しますよ!」
「だそうじゃぞ?
村の者がこれだけ至れり尽くせりを用意してくれるのだから、誘い乗らないのは逆に失礼に値するではないか。
なぁ、小童?」
「わかったわかった。
全く今日だけだからな………」
「良し!今日は宴じゃ酒じゃーー!!」
喜びの雄叫びを上げながら、連れの女狐は部屋を飛び出していく。
いつもの事だと見慣れてたとはいえ、あの騒ぎようを村の長に見られた俺は、流石に頭を抱えるしか無かった。
「ハハハ、元気な娘さんですな」
「そうですね、ほんと酒が絡むいつもこうなので。
それと、俺としては他に少し伺いたい事があるんですが?」
「何なりと申して下さい。
我々にできる事であれば何なりと」
「この周辺の村において、先程のような怪異による騒ぎは起きているのか?
直接怪異に関連せずとも、ここ最近、いや数年単位での異変か何かがあれば答えて貰いたい」
「……なるほど、そういう事でしたら。
ここを更に東へ向かった先の方の村が、ここ数年あまり良い噂を聞かないのですよ。
何でも、神畏の者が村を好き放題に荒らしているのだとか………。
いえ、我々の恩人であるあなた様の事を言っているのではありませんよ、勿論、ええ!」
「同業の神畏による騒ぎか……。
この村に怪異が流れたのは、奴等が追い払ったあるいは取り逃がしたはぐれものである可能性がある……。
長、その村に居る神畏は一組だけか?
それとも他に仲間を連れているのか?」
「噂では十人程度と聞いております」
「十人程度………つまり5組から6組……。
わざわざ群れて動くということは単独の強さはそこまではない可能性があるが………。
あの程度の怪異を取り逃がした程度なら、こちらでなんとか出来るかもしれない……。
ただ、また回り道になりそうだ……」
「回り道ですか………。
宴の誘いを断る程で、そこまで先を急がせるあなた様には一体何の目的があって旅をしているのです?
それ程の強さであれば、適当な他の集落に腰を下ろしその地を守護する分には問題ないでしょうに?」
「………まぁ普通はそうだろうな。
他の神畏の奴等にもよく同じような事を言われるよ」
「一体何を急いでいるのですか?」
「例の片腕の怪異を追っているんだ。
あの酒ばかりに目がないような女狐と組んでるのも両者の目的の利害が一致しているに過ぎない」
「あの噂に聞く片腕を……、ですか……」
「ああ、そうだな。
この村にももつ数十年以上前に、奴が通った記録があったとミヤコの文献に残っていた。
ここを通りかかったのは、アレを追う為の手掛かりを求めていたに過ぎない。
だから俺達は他の神畏とは違うんだよ。
安泰な暮らしよりも、己が復讐を優先する。
悪しき奴等を滅するどころか、私怨の為なら何でもする、神畏にあるまじき外道もいいところだろう?」
「………、ですがあなた様に救われた事は事実。
あなた畏れに、私達は、この村は救われました」
「助けになれたのなら何よりだ」
「今宵は是非楽しんで下さい。
今後、更に険しい道が待っているのでしょうから」
「………ああ、そうだな」
俺はそう言うとゆっくりと立ち上がり、強張った身体を軽く伸ばした。
「今日は大人しく世話になるよ、長。
俺はちょいと、連れの様子を見てくるよ」
「ええ、勿論構いませんよ神畏様。
改めて、村を助けて頂きありがとう御座います」
「様はよしてくれ……。
俺の名は緋祓遥、様も敬称も要らないよ。
そんなに頭を下げられても、俺にはどうしようもないんだがな……」
部屋から出ても、村の長は頭を下げ続けた様子。
この村を救った恩人に対して、いやそれ程長くこの村はあの怪異に苦しめられてきたが故だろう。
ただ、これで全てが終わった訳ではない。
良くも悪くも、怪異は畏れの象徴。
俺達の倒した怪異が悪しき存在だとはいえ、この村はあの怪異によって守れていた面があった。
村の作物に、害獣が荒らした痕跡が少なかったのがその証拠と言える。
怪異によって苦しめられたとはいえ、村の者の生活は多少の困窮こそあれ最低限は守られていた節があるのだ。
そんな長らく続いたあの怪異によって築かれた秩序を、外からきた俺達が荒らしたのだ。
加えて、この村にはあの怪異に代わる神畏も居ない。
そのことは長は分かっているのだろう。
だからこの村の先行きが危ういことを奴は見据え、俺達を少しでも引き留めようとした。
この村を守る為、新たな畏れを必要としたのだ。
腰に帯びた短刀に手を掛け、かつての師が俺に伝えたことをふと口ずさむ。
「畏れを恐れに……、畏れは敬意に……。
悪しき怪異もまた世の理の代弁者。
我ら神畏もまた同じ………。
その在り方に違いはあれど、我々は同じモノ。
怪異も人も、世の理の一部。
理を侵すこと、世の理の代弁者である神畏もまた侵してはならぬ。
理を乱す者こそ、我々神畏が滅するべき存在」
そして俺は、腰に帯びた一族の遺品である短刀の持ち手を握り締める。
「我等は神畏、畏れを以て恐れを成す。
世の理を正す、強き力を振るうモノ」
そうだ………。
忘れてはいけない、忘れる訳がない。
アレは悪だ。
あの怪異は紛れもない世の理を乱すモノ。
必ず殺す、必ず……俺がこの手で葬り去る。
家族を殺したあの悪しき怪異を、俺は絶対に許さない。
必ず殺す、例えどんな手を使ってでも……。
その為に、その為だけに俺は、俺は………。
「ひっ……」
怯えた声が不意に聞こえ、俺は我に返る。
少し視界を下げると俺の姿を見て、長の屋敷に使える従者らしき人物が俺を見るなり腰を抜かして崩れ落ちていたのだ。
「………。
あー、悪い。
いつもの癖なんだ、悪気はない………」
「いえ、こちらこそ恩人に対して無礼な対応を……。
どうか命だけは、命だけは何卒……」
「いやいや、悪いのは俺だ、そう怯えなくても俺は何もしない!
明日には早々に村を出ていく!
何も心配は要らない。
だからその……本当に済まない!!」
腰を抜かして従者を避けるように、俺はそそくさとこの場から立ち去った。
やはり、俺はさっさと村を出るべきなのだ。
俺が神畏である限り、俺が復讐に追われる限りは……