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丸太づくりの展望台から見える景色は、怯んでしまうほどの雄大な自然に支配されている。五島の島々の街明かりがいくつか群集し、その先に広い東シナ海がある。水平線にぽつぽつと漁火が漂っている。
空には零れ落ちてきそうなほどの星。
敷いたレジャーシートのうえに座り、ブランケットで身体を包んだ。足もとでガスストーブを点ける。
見上げると、遠い星空があまりにも広大で、手を伸ばして拳を握りしめたら、いくらでも星を掬いとれそうな気がした。途方のない輝きを手のひらに閉じ込めて、ずっと抱いていたい。
都会だと星はあまり見えないと聞くけれど、本当のところはどうだろう。明日の夜を過ごす福岡の街では、星は救いとれるだろうか。
「流れ星、見えた?」
じゅったんが訊く。
「見えないね」
私が答える。
「こんだけ星あったら、多少流れ星が見えたってわかんねえよ」
なーさんの声はそもそも探すつもりもなさそうな覇気のなさだ。
「一晩探したらさすがにひとつくらいは見つけられるんじゃね」
「一晩起きて探し続けるの?」
「最後だし」
「じゅったん、その言葉が免罪符になると思ってない?」
「トイレ行ってくる」
「マイペースだな。いってらっしゃい」
展望台につながる階段を数段降りたところに、小さな駐車場と公衆トイレがある。そこへ向かうじゅったんの足音が消えてしまうと、黙ったままの私となーさんの耳には、風が草木を撫でる音しか聞こえない。
じゅったんはなかなか戻ってこない。最後のチャンス、という言葉を思い出した。
チャンス、って、なんだ。そんなの、いくらでもあった。いくらでも目のまえに落ちてきたチャンスを、無視し続けていたのは私だ。
なにも言うつもりはなかった。言いたくはなかった。
なのに。たぶん、考えていたら、口が滑った。
聞かせるつもりは毛頭なかった、ずっと胸の奥底にしまって、分厚い埃を被っていた言葉が、なぜかするりと零れ落ちてしまった。最後の日、だからだろうか。
「好きだよ」
って、言っていた。それは限りなく独り言だった。
でも、周囲が静かすぎるから、彼の耳にきちんと届いてしまう。風の声だけでは到底掻き消すことはできない。
「……俺も」
そして、夜よりも静かな声が返ってくる。
——ちがうよ、なーさんの好きと、私の好きは、きっとちがう。全然別ものなんだよ。
でも、そのちがいなんてどうでもいい。
ただ、きみが、きみたちが、毎日穏やかに、笑っていてくれたら、それでいい。傍らに私がいなくたって、たとえどれだけ距離が離れていたって。
「うん、ありがとう」
流れ星は結局見えなかった。諦められないまま夜を過ごして、三人で、日の出の瞬間を見た。
真っ黒だった空の明度が次第に高くなっていく。水平線から透きとおった青が生まれて、広がっていく。黒と薄青のグラデーションを裂くように、上空を飛行機が通過していった。
生まれたての太陽に照らされ、空の青も海の青も、きらきらと散乱している。明日は、別々の場所で見ることになる朝日を、三人で眺めた。
日の出の瞬間に起きていれば、なーさんだけが、私とじゅったんよりも四十分早く、陽の光を浴びる。四十分ずれた生活が、当たり前になっていく。
百合岡先生が言っていたことが、ふいに頭をよぎる。家族全員が引っ越しても、先祖代々の墓を別の場所に移しても。生まれ育った島だけが、先生の実家であり続けている。私もきっと、同じだ。たとえどこで生きて、どこで死ぬことになっても、魂はここに、この島に、ふたりのそばに、帰ってくるのだと。そう、確信している。
誰からともなく、三人で手を握り合う。
美しい青い光の散乱を、ふたりの体温を、私は一生、忘れないだろう。




