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きみと青が散乱する  作者: 春名七虹
そして別れる春のこと
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 3月29日は、私となーさん、じゅったん、みんなが島にそろう、最後の日だった。


 じゅったんの大学の入学式が4月1日、私となーさんの入学式はもう少し先だけど、じゅったんに合わせて三人一緒に出発しようということになった。


 奈織を見送った博多港行きのフェリーで、30日の正午に島を出る。私とじゅったんは博多駅から別々の電車に乗り、なーさんは福岡空港に向かう。六時間の船旅を終えたら、その先はもう、完全に別々の道。


 最後の夜。喫茶店の近くの砂浜に三人で集まり、花火をした。季節外れの花火セットは、はしゃぎ倒したじゅったんの夏の忘れ形見だ。


 秋と冬を超えた花火たちが果たしてちゃんと使えるのか不安だったけれど、手持ち花火の先端に火をつけると、包装に記載されていたとおりの色の火花が勢いよく噴き出した。


 赤から青に変わる火花の色が視界に灼きついていく。立ち昇る煙と火薬の匂いが、私たちの感覚だけを夏にタイムスリップさせる。実際は春の夜で、海から冷たい夜風が押し寄せて少し肌寒いけれど。


 小さくくしゃみをしたら、なーさんに「寒い?」と訊かれたので、「ちょっと」と返した。


「なんかあったかい飲み物買ってくる」


 なーさんが身を翻し、砂浜の入口付近に立つ自販機へと歩いていった。離れていく背中を目で追いかける。


「なーさん、優しいな」

「いや、あれは単純に自分が何か飲みたかっただけな気がする」

「まじかよ」

「他人への気遣いだけで動くタイプじゃないよ、なーさんは」

「それは言えてる」


 鮮やかな火花を散らしている花火を手にもちながら、私とじゅったんは冷たい風を避けるようにくっついて座った。


「優雨は、なーさんのこと、よく見てたよな」

「そうかな?」

「そうだったよ。昔からずっと。気づくとなーさんのこと、目で追ってた。自覚なかった?」


 からからと笑われるから、私は冗談にするべきか、取り繕うべきか悩んで、結局何も言えない。じゅったんは笑った形に口端を持ち上げたまま、続ける。


「今だから言うけどさ、俺の初恋、優雨だったんだよね」

「それは、」


 知ってた、と、言っても、じゅったんはやっぱり、笑っているだけだろうか。


「はは、バレてた?」って、あっけらかんと言うじゅったんが脳裏に浮かんでは泡のように弾ける。


「優雨は、なーさんだろ? ていうか、今も好きだろ、ずっと。気持ち、伝えないの? 今日が最後のチャンスなのに。明日の別れ際とか、慌ただしくて、ぜったい何も言えねえよ。そんで、あいつ大学行ったらすぐ彼女できちゃうかもよ。顔もスタイルも悪くないし、おしゃれだし、普通にもてそうだし。それか、もしかしたら、奈織とどうにかなるかも」


「なっちゃんとなーさんには、今さら何にも起こらないよ」


 私がずっとなーさんを目で追っていたと言うならば、なーさんはずっと、奈織を目で追い続けていた。


 兄夫婦の存在の手前、どうにもならない恋情を持て余し、諦めながら、焦がれながら。


 奈織だってきっと、なーさんの気持ちは知っていた。


「俺たちってさ、ちゃんと恋愛するのも難しいけど、全然好きにならないのも、同じくらい難しいよな。距離が近すぎて、お互いしか、見える世界にいないから」

「言えてる」


 だから私たちはずっと、互いに向けられた矢印をうすうす感じとりながら、狭い教室の中で円満に日々を過ごしていくために、なにも知らないふりをして、ただの幼馴染であり続けていた。そうするより他になかった。


 手に持った花火の明かりがふたり分、同時に消える。白い煙も夜の空気にまぎれ、周囲が一気に暗くなる。花火の残像と、海に浮かんだ漁火が、暗闇の中、まぶたの内側で明滅している。


 この島で一緒に育たなければ、私はなーさんのことを好きにならなかったのかもしれない。


 たとえば、数十万人が暮らす長崎市内の真ん中で生まれ育ち、数百人の生徒が通う高校で、はじめて出会っていたなら。私はなーさんに見向きもしないで、同じ高校に通う別の誰かを好きになって、その誰かと恋人になって、ありふれた陳腐な恋愛経験を重ねていたのかもしれない。


 そんなのすべて、意味のない仮定の話だけれど。


「……なんだろうな。たしかに初恋だけど、好きだけど。恋愛に憧れる気持ちはあったし、恋愛するならなーさんがよかったし、だから恋人になりたくない、わけじゃ、なかったけど。もっとずっと、大切だから。恋人だとかそうじゃないとか、すごくちっぽけなことに思えて。ただ、日々穏やかに、安寧で、幸せで、いてくれたらって」


 気持ちを伝えようとすれば、いつだってできた。


 タイミングはいくらでも目のまえに降ってきて、でも掴もうとしなかったから、次々に地面に落ちては、雪のように跡形もなく溶けて消えていった。


 なにも言えなかった。


 近すぎて、大切すぎたから、なにも言えないまま、別れのときを迎えてしまった。


 でも、別に、それでいい。いつ自覚したのかもわからない恋心が、実を結ばなくとも、私はちっとも残念ではない、後悔もない。


 幸せであってほしいと思う。星に祈るように、そう思っていた。これからも思い続けるだろう。なーさんも、じゅったんも。世界が、ふたりにとって生きやすく、日々が平穏無事であるなら、それで万事オーケーなのだと、私は胸を張れる。


 別に、誰を愛していたって、いなくたって。


「なんか、優雨らしい。でも、俺も、そんな感じかも。これから、離れている時間が年々長くなって、こうやって一緒にいた頃がすごい遠くの記憶になって、いろんなこと忘れていっても。優雨と朝陽が、元気でいますように、笑っていますように、って祈るんだと思う。いつも。あ、もちろん奈織もな」

「私も、きっと祈ってる。ふたりのこと。なっちゃんのこと」

「まあ、奈織が一番見る機会ありそうだよな、一方的にだけど」

「復帰早々、すごいよね、なっちゃん。今度映画に出るって言ってた」

「まじか、やるじゃん。てか俺、それ聞いてねえ」

「まだ公式に発表されてない情報だから、誰にも内緒ねって言ってた」

「その話、俺にしちゃってもいいの?」

「なんの話してんの」


 なーさんが戻ってきたので、「星が見たいねって話してた」と誤魔化した。


「星? 上向いたらいくらでも見えてんだろ」


 手渡された缶コーヒーをありがたく受け取る。


「お盆に流星群見にいったじゃない? あのとき結局見えなかったから」

「夏のリベンジか。展望台のぼる?」


 じゅったんが言う。


「流星群が見える日じゃないから無理じゃない?」

「わかんねーじゃん。行ってみよ」


 残ったわずかな花火もしっかり楽しんで、夏の残骸を片付けて浜辺をあとにした。


 自転車に乗り、今度は丘陵地を目指す。頬にあたる風は冷たいけれど、ペダルを漕いでいると身体の芯からあたたかくなる。街灯の細い光が点々と灯る夜道を、ゆらゆらと揺れる三つの自転車のライトを頼りに走る。


 浜辺から一時間ほどかけて、丘のてっぺんへ。途中、じゅったんの家に寄って、ブランケットやら携帯式のガスストーブやらを自転車の荷台に積んだ。荷物の多さに呆れたなーさんが「キャンプかよ」と突っ込んで、「いいじゃんキャンプ。野宿しようぜ。最後だし」と逆にじゅったんを乗り気にさせてしまったようだ。


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