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年が明けると、めまぐるしく日々は過ぎていった。
一月中旬に共通テストを受けるために長崎市内のホテルに四泊した以外は、狭い島内で学校と家の往復、やることといえば勉強のみの生活。大学の過去問題を解いて採点しては一喜一憂を繰り返す。
高校は定員割れしているので、形式的な入試は受けたものの受験勉強と呼べるものはしなかった。正真正銘、人生で最も勉強に打ち込んでいる毎日は、スタートが遅かったせいで切羽詰まっているので、嫌気が差したり逃避したくなったりすることもなく、自分でも驚くほどに粛々と進んでいる。
教室の後ろの黒板に、じゅったんが受けるいくつかの私立大学と、私となーさんが受ける国公立大学の受験日までのカウントダウンが刻まれている。各々の受験情報は生徒三人プラス、校内の全教師のあいだで共有されている、個人情報管理なんて思考は微塵も存在しない。
一日一日、〈入試まであと◯日〉の◯の数字を、チョークでひとつずつ少なく書きかえていく。
私となーさんが二月末の受験日を待つあいだに、私立大学志望のじゅったんは数回の受験を終え、結果も次々に出ているようだった。
教室に置いてあるパソコンで結果を確認しては、呻き声をあげながらなーさんか私に縋りついてくるので、訊かなくとも結果はわかる。私は何も言わずによしよしと頭を撫でてやるけれど、なーさんは「落ちたんだな」と半笑いで、負ったばかりの傷口に塩を塗りたくっていることもあった。たいてい、縋りついたじゅったんがなーさんの勉強を意図せず邪魔したときだ。
最速で2月の一週目には合格が出て、受験勉強から解放されると息巻いていたじゅったんだけれど、結局、私となーさんが試験を受けるために島を出る前日までしっかり勉強に励んでいた。
いろいろ考えた結果、私は福岡県内の公立大学を第一志望校に据えた。地方創生について学べる大学で場所的に一番近いのがそこだったからだ。難易度は他の大学と比べかなり上がってしまったけれど、どうせ駄目もと、無理なら宅浪すればいいやと半分現実逃避のまま、出願を済ませた。
なーさんは春からずっと変わらない、千葉の大学の薬学部を受験する予定である。
千葉に行くには、朝一番の高速艇に乗って長崎港まで一時間半、長崎駅前から長崎空港行きの県営バスに乗って約45分、長崎空港から羽田空港行きの飛行機で二時間弱。羽田空港からはいくつかの電車を乗りつぐけれど、行き方が何種類もあるので、どの経路を使うかは、飛行機が向こうに到着した後で考えるらしい。
午前七時前、私とじゅったんは、受験のために島を発つなーさんを見送りに行った。冬の底は過ぎ、寒さがほどけてきた二月末。だけれど早朝の空気は凍てつくほど冷たい。
港に入ってくる高速艇が日の出を背負ってだんだんと大きくなって近づいてくる。朝焼けの光が海面に反射し、波間にきらきらと砕けては散る。
「千葉って、ここより東側だから、日の出がはやいんだよね」
呟くと、なーさんが頷いた。
「50分くらいはやいっぽい」
「明日のなーさんが太陽を見るのは、私とじゅったんよりも50分くらいはやいわけだ」
「起きてたらな」
「4月からは毎日だよ」
「受かったらな」
きっと受かるよ、と軽く出かかった言葉を呑み込んだ。
「なーさんは絶対受かるよ」
でも、私が言わなかった台詞はじゅったんの台詞になった。
「なんたって、俺の合格パワー分けてやるから」
「え、じゅったん受かったの?」
「受かってた。昨日結果出てた」
じゅったんが満面の笑みで両手にピースサインを作る。
「昨日は何も言ってなかったのに」
「学校で確認したときは自分の受験番号まちがえて見てたっぽくてさあ。家に帰って受験票と結果発表のサイトよく見比べてたら、ちゃんと自分の番号見つけた」
「ええ……」
ちょっと引いてる私をよそに、なーさんは、「よろしく」と手を差し出した。普段だったら、「阿呆か」とばっさり切り捨てるであろう発言に乗ったなーさんに心中で驚きつつ、受かるなら何者にでも縋りたい気持ちはよくわかるので納得もする。
じゅったんはなーさんの手をとり、握手する。ついでに私も、じゅったんの反対の手を握った。
神様仏様、じゅったん様。合格パワーなるものが本当に存在しているなら、少しだけ力を貸してほしい。なーさんが千葉で、私は福岡で、今まで頑張ってきた分だけの力を、正しく発揮できるように。
なーさんを見送った翌日、私も受験のために島を出た。




