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きみと青が散乱する  作者: 春名七虹
12月
31/37

 二学期終了日はクリスマスで、終業式を終ると高校最後の冬休みが訪れる。けれど、夏休み同様、冬休みも講習が数日予定されている。


 年が明けると二週間ほどで共通テストということもあり、受験生であるなーさんとじゅったんの冬休みは実質、12月31日から1月3日までの四日間だ。


 私はもともと参加予定ではなかったものの、先生に頼んで、受けさせてもらうことにした。進路面談も、冬休み直前にやってもらった。


 クリスマスと言っても、サンタクロースを信じる歳でもなければ、島内にはイルミネーションを見にいく場所もないので、夕食にケーキとチキンを食べて終わり、である。教会ではイブの夜と午前中に、恒例のクリスマス礼拝が行われているはずだけれど、敬虔なクリスチャンでもない私が遊び半分に参加していたのは小学生の頃までだ。


 終業式とホームルームが午前中で終わり、午後は何もない。でもなーさんとじゅったんは残って勉強するらしいので私も付き合うことにした。


 じゅったんが近所のスーパーに昼食を買いに出て行ってしまったので、なーさんの机でふたり、持参のお弁当を広げる。


「なーさんの唐揚げ、美味しそう。私のハンバーグと交換しない?」


 肯定も否定も、言葉では返ってこなかったけれど、なーさんの箸が私の弁当箱のミニハンバーグをひとつ奪っていくので、私も彼の弁当箱から唐揚げをいただいた。なーさんのお母さんお手製の唐揚げは生姜がきいていておいしい。誰にも言ったことはないけれど、私のひそかな好物だった。


「進路変えんの」


 なーさんが、訊くというよりは独り言みたいに呟いて、私は首肯する。


「うん。大学、やっぱり受けようと思ってる。今さらだけど」

「本当に今さらだな」

「うん。厳しいだろうけど、じゅったんと勉強してたし、共通テストは出願してたし、ちょうどよかったよ。頑張ってみる」

「何か、心変わりのきっかけとかあんの」


 きっかけ、は、きっと、りっきーの観光プロモーション動画だ。でも、それ以前からずっと、くすぶっていたのかもしれない。


 やりたいことがない、島を出たあとの将来のことが何も想像できないと言って、先生が提供してくれた進路に縋った。でも、心の奥底では、それで良いのだろうかと悩む気持ちがあったような気がする。


 今になって振り返れば、だからこそ、わざわざじゅったんに付き合って勉強して、受けなくてもいい共通テストの出願まで済ませていたのかな、なんていうのは、こじつけだろうか。


 なーさんにいつか言われた言葉を思い出す。何も考えてないんじゃなくて、考えてないふりをしているだけなのだと。まさにそのとおりだ。決意する踏ん切りがつかなくて、何も見えないふりをしていた。


 どの大学を目指すのかと訊かれ、首を横に振った。


「まだ決まりきってないんだ。いろいろと思案中。だけど、とりあえず、地域学みたいなのをやりたい」

「地域学か。あんまり聞かないよな。どこの大学でも学べるわけじゃなさそう」

「うん。数は少ないみたい。それに、国公立しか無理だし」

「お母さんが、私立は駄目だって?」

「ううん。そういうわけじゃないんだけど、専門学校の入学金とか払ってもらってたから、それを無駄にさせて、私立の大学へ行こうっていうのはさすがに、ないなって。前期試験と後期試験受けて、どっちも受からなかったら、島に残って浪人するよ」

「ひとりで浪人はしんどいだろ」

「うん、たぶん。なーさん、もし落ちたら一緒に浪人生しようね」

「縁起でもないこと言わんで」


 小さな笑いが生まれ、すぐに霧散する。


 束の間の沈黙。なーさんはまだ、私が話すのを待っている。促すような双眸に捕らえられ、私は口を開く。すべてを言葉にするのははじめてだった。


 進路面談のとき、先生にすら言わなかったことを、でも、なーさんには知ってほしくなったから。


「……地域学とか地方創生とかを学ぶのって、進路として、今まで全然、考えたことがないわけじゃなかった。探究活動の時間に、地元のPR誌作ろうとか、中学でも高校でも、やったしね。でも、意味がないと決めつけてた。仮に、奇跡的にPRに成功して、一時的に観光客が増えたって、島の未来が先細りしていく事実は変わらない。変えられない。若い人は島を出ていくばかりで戻ってこなくて、子どもは生まれなくて、人口は急激に減っているのに高齢化率だけが上がっていく。遠くない将来、この島はきっと、ここで生きる人たちの生活や、今まで培ってきた歴史や産業を、保てなくなる。高校を廃校にするみたいに、いろんなものを捨てていく。壊死した部分を切り離すみたいに捨てていって、いつか、残っている部分だけでは身動きがとれなくなる」


 なーさんはただ黙って、耳を傾けている。唇が震える。心の奥底で考えていることを曝け出すのは、いつだって少し怖い。言葉にしてしまうことで、ぼやけた想像がたしかな輪郭を持ち、本当に現実のものになってしまうようで、怖い。


「県内には、いやたぶん全国には、そうやって、確実に死んでいく島がたくさんあって、島だけじゃなくて山あいとか、とにかく死んでいく田舎はたくさんある。私にできることなんか何もないんだって、思ってた。今も思ってる。でも、意味がないんだとしても、やりたい。私は、私の故郷を守りたい。守るっていうと大袈裟だけど、なくならないでほしい。〈帰る場所はここにあるから〉って歌ってたあの歌を、胸を張って歌い継いでいきたい。島を離れた人たちの、帰る場所を、ちゃんと存続させたい」


 言葉とともに、熱の塊が喉をせり上がり、それは涙になって流れた。一度溢れてしまうと止め処がなくなって、なーさんの顔が滲んでいく。


 幼い子をあやすように、大きな手のひらが頭をゆっくりと撫でる。


「……俺も、話していい?」


「うん。もちろん」


「この島ってさ。コンビニもゲーセンも服屋も、なんにもないし、雑誌は発売日に入荷しないし。なにをするにも一旦島を出なきゃいけないのに、よく海が荒れて船欠航するし。同級生の人数少なすぎるから授業も行事もさぼれなくて、先生との距離近すぎて羽目外すこともできないし。よく知らないそのへんのじいさんばあさんに、自分のことを妙に知られてたりするし」


「うん」


「不便で、面倒なことばっかりだけど。同級生が片手でおさまるほどしかいないって言うと、都会に住んでる親戚とかには同情されるけど。たしかに、寂しいって思うことが、ないって言ったら嘘になる。ここじゃないところで生まれ育っていたらどんな風に高校生活を送ってたんだろうって夢想してみたことはある。でも。ここが俺たちの日常で、居場所で」


「うん」


「だから、いくら不便で面倒でも、ずっと好きでいるんだろうなって、思う。好きなまま、あり続けて欲しいって、思うよ」


「……うん。私も同じ。私も、大好き」


 そうだ、単純なことなのだ。私はこの島が好きで、ずっと、変わらないままではなくとも、大事な故郷として、ずっと優しいまま、ここにあり続けてほしい。


 だから、私は私にできることを見つけたい、学びたい。


 限りなく無力だとしても。

  


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