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冬休みに入る前に、観光プロモーション動画と、卒業制作はほぼ同時に完成した。
最後の仕上げにいそしんでいた花島家の和室で、出来上がった瞬間、私とりっきーはハイタッチをかわした。そのままの勢いで抱き着きそうになったけれどさすがに自重した、お互いに。
平日の午後六時、日没が早いのですっかり外は夜闇に包まれ、澄んだ空気が星をひとつひとつくっきりと浮き上がらせている。細かいラメを散らばせたみたいに、空一面に星がある。
簡単な上映会を行うことになった。最初の視聴者は、じゅったんと、そのお祖父さん。りっきーのノートパソコンの画面に四人の目が集まる。
まずは、りっきー企画・監督、奈織出演の縹島観光プロモーション動画。再生ボタンを押すと同時に、高画質の奈織の横顔が、画面いっぱいに映し出される。
「なーにゃん」
じゅったんが反応して呟いた。
別撮りで後から加えられた奈織の声が、見ている側へ、遠く離れた誰かへ、静かに呼びかける。
少女は誰かを思いながら、島を巡る。浜辺で、草原で、展望台で、教会で。少女は誰かに話しかけながら、島の一箇所一箇所を、大切に抱きしめる。
一日かけて撮影した映像は細切れになり、うち一部が継ぎ接ぎされ、大部分は使われていない。数時間分の映像からひときわ美しい景色と表情だけが切り取られている。たった数分間のきらめき。
最後に〈長崎県 五島列島 縹島〉と画面中央に表記され、三分弱の動画は終わる。
デスクトップ画面が真っ暗になり、思い出したように拍手が生まれた。
「めちゃくちゃ綺麗、引き込まれる」
作成途中の動画は時おり見ていたけれど、できあがったものを全編通して見ると、言葉にならない感動がぐっと胸に押し寄せ、波のように弾けた。結果、語彙の足りない感想になってしまうのがもどかしい。
「本職の女優使うのはさすがにずるくない?」
なんて開口一番に笑ったじゅったんも、すごいすごいと続ける。お祖父さんは、よくやったと孫の才能を褒め称えていた。
三者三様の賞賛の言葉を浴び、りっきーは得意げな顔をしている。褒められると素直に嬉しそうな表情になるあたり、じゅったんとの血のつながりを濃く感じさせる。
「さて、次は優雨ちゃんの作品だね」
りっきーの指先が再生ボタンを押すと、緊張が極限まで高まる。
プロモーション動画とちがい、私たちの卒業制作は写真が中心だ。
たくさんの写真にいくつかの短い動画、そこに音楽と言葉を加え、五分ほどの映像にまとめている。流れる音楽は愛誦歌、かつて作詞作曲したシンガーソングライターが歌う、オリジナル版を使用した。
どこか懐かしくて切ないメロディに乗って、いろいろな角度から写した縹高校が、そこで過ごす私たち三人が、先生が、日々が、つぎつぎにあらわれては消えていく。
三人だけの教室、なーさんとじゅったんが入り浸っている自習室、体育館、中庭、使われなくなったセミナーハウス、見つけたインスタントカメラ、時が止まった新聞部の部室、校内新聞のバックナンバー。夏からの私が触れてきたもの、すべてがそこに詰まっている。
制作に二週間ほど費やした映像は、流してみるとあっという間に終わってしまう。見終えると、りっきーが私の頭にぽんと手を置いた。
「頑張ったね、優雨ちゃん」
「優雨すげえじゃん! めっちゃ良い! すげえ!」
じゅったんも興奮気味に私の頭を撫でる、というか両手でぐしゃぐしゃにしてくるけれど、その手を避ける体力がない。動画を観終えた瞬間に、全身から力がどっと抜けていってしまった。
「ありがと、疲れたよ……」
「やべえよ、なーさんにもはやく見せたいな。どんな反応するかたのしみ」
「うん、明日見せよう」
じゅったんのお母さんが台所から顔を出して、「優雨ちゃん、晩御飯食べていくよね?」とさも当然のように言われ、ご馳走になるつもりなんて全然なかったのに、勢いと疲労感に押され、頷いてしまった。今日は鍋らしい。
お母さんに、夕飯はいらないと連絡しなければ、と思うものの、なんだか疲れがどっと押し寄せてきて、指ひとつ動かす気になれない。完成した作品を見て安心したのかもしれない。ここ二週間、自分でも気づかないうちに神経を張り詰めていたのだろう。広い座卓に顔を突っ伏した。
「優雨、大丈夫?」
「うん、むり」
「どっちだよ。とりあえず優雨の母さんには代わりに連絡しとく」
「ありがとうじゅったん」
すぐにお母さんからは返信が来たらしい。
「優雨の母さん、飲みに行くってさ。邪魔にならない程度にうちでゆっくりしてこいって」
「うん」
「優雨、こっち」
言葉と一緒に降ってきた手が、そっと私の肩を抱く。
身体が動かされ、一度まばたきをしたら、じゅったんの膝のうえに頭を乗せ、畳に横になる姿勢に変わっていた。若い藺草の匂いと、じゅったんの清潔な匂いに包まれる。
「大変だった? ごめん、優雨に甘えて任せっきりになっちゃって」
「ああ……うん。最近、勉強もしてて、あんまり寝てなかったから」
「勉強?」
「ちょっと、思うところがありまして」
「ふうん?」
じゅったんの手が、私の顔にかかった髪の束をくるくると弄ぶ。指先が耳の輪郭をなぞり、耳朶をやんわりと摘む。
無抵抗をいいことに、遊ばれてる、とはわかるものの、彼の手を払いのけるために腕をわずかに上げることすら億劫で、私はされるがままになりながら、じゅったんの膝で目を閉じた。使い慣れた毛布に包まれているみたいに、心地よかった。




