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スマホでSNSのページを開き、「#飛行機雲」をつけて、撮ったばかりの空の写真をアップする。アカウントの存在は誰にも話したことがないので、現実世界でつながっているひとの名前はフォロワー欄にはひとつもない。ネット上ですら会話をしたことのないフォロワー数人だけが、私の撮った写真を見ている。
反応はほとんどない。反応が欲しくてやっているわけではないから別にいいし、そのほうが気楽だ。誰に見せるわけでもなく、飛行機雲を見るたびに写真を撮り続けてきた私は、カメラロールに溜まっていくばかりの空たちを、いつしか写真投稿型のSNSに載せるようになった。
マイページをスクロールすると、正方形にトリミングされた空に飛行機雲が描かれた画像がずらりと隙間なく並んでいる。飛行機雲の長さ、濃さ、角度。ほかの雲の数、かたち。空の色合い、明度、彩度。同じ空のはずなのに、写真はすべて、明確に、少しずつちがう顔をしている。天候、時間帯、季節、さまざまな条件の微妙な差異がきっと積み重なって、並べて見ると驚くほどに。
縹島は成田空港や福岡空港と東南アジア方面を結ぶ定番の航路上に位置しているらしく、空を見上げたら悪くない確率で、南西に向かっていく、あるいは南西からやってくる飛行機と飛行機雲を目撃することができる。
中学生になって自分用のスマホを手に入れてから、私はよく、空にできた飛行機雲の写真を撮るようになった。とくに理由はない。ただ、目的地を粛々と目指しているだけの飛行機が意図せず残していく細く伸びた軌跡を、遅かれ早かれいつのまにか消えていくだけの白線を、なんとなく、そのまま消してしまうのが惜しいと思ったのだ。
それは、高校を卒業して都会に行ってしまった親戚のお姉さんが数年ぶりに帰省したとき、飛行機雲を目で追う私を見て、「向こうじゃ飛行機雲に出会ったことないな、この島にいたときとちがって、街がいろんなものに溢れていて空なんて眺めている余裕がないから、気づかないだけなんだろうけど」と呟いていたからかもしれない。
今はなにもない島で空を見上げてばかりの私にも、いつかそんな日が来るのかも、なんて感じたからかもしれない。
空ばかり見上げているから、幼い頃は頻繁に先生に注意された。ぼーっとしたマイペースな子どもだと評されることが多かったし、今でもそうだろう、誰も言わないだけで。
高校の担任の先生に、休み時間にぼんやり空を眺めているところに話しかけられたことがあった。高二の冬だった。担任は一年の頃から一貫して同じ、母よりも少し若いくらいの女性教師だ。
「空が好きなの? なに見てるの?」
訊かれたので、「飛行機雲ができてたから」と答えた。
「そっか、飛行機がすきなのね」
確信的な口調で言われ、「それもちょっとちがうかな」と思ったけど、否定の言葉は口から出なかった。先生とは数日前の二者面談の際に進路の話をしたばかりだった。私が「将来の夢は特にない、進学したいのか就職したいのかもわからない、正直生きていければなんでもいいと思っている」というようなことを投げやりに言喋って困らせてしまったからか、
「飛行機がすきなら、空港関係の仕事はどう? 大学行っても目指せるし、短大や専門学校もいろいろあるよ」
提案に圧を感じた。調べてみなさい、ということか。
だから乗るんじゃなくて、飛行機が飛行機雲を描きながら飛んでいるのを見るのが好きなだけなんだよなあ。そう言いかけて、でも言ったら言ったでまた何か返ってきそうで面倒な予感がするし、それ以上に、先生が私の進むべき未来を真剣に見つけようとしてくれているのだとわかるから、ありがたくもあって、とりあえず「調べてみまーす」と笑顔をつくった。
実際にインターネットで少し調べてみると、興味が湧かないわけではなかった。エアラインの花形であるキャビンアテンダントは、紹介されている写真のスタッフたちがみんな、背骨にまっすぐな針金を入れられたみたいにピンと伸びた背筋、キラキラの瞳にピカピカの肌をもっていて、自分にはこんな風になるのは絶対に無理だ、想像できない。チェックインカウンターや搭乗ゲートでの対応をおこなうグランドスタッフは、ちょっといいかもと思った。
だから、その後すぐに提出を求められた進路希望調査書には、グランドスタッフ専門コースがあるエアラインの専門学校の名前を書いた。九州内ではエアライン系で一番人気の、福岡にある学校。専門学校の検索サイト内で、あなたへのおすすめ、という名の人気順、あるいは広告費順の一覧で真っ先に出てきた学校だった。
ていうか、そもそも生徒は学年で三人しかいないし二者面談もみっちり時間をとって実施済みなのに、こうしてプリントまで書かせることに意味があるのだろうか。ただの資源の無駄では? なーさんにこぼしたら、
「こういうのは形式が大事なんだよ」
「そういうもの?」
「知らんけど。たぶん」
たぶん、なーさんが言うならそういうことなんだろう。ついでに私が書き終えたばかりのプリントを見せたら、第一志望欄に書かれた専門学校のコース名を見て、なんだか妙に納得していた。
「飛行機、好きだもんな」
「え? なんで?」
「修学旅行で飛行機乗ったとき、一番はしゃいでた」
そうだったかな。修学旅行は二年生の秋に行った。生徒三人、引率の先生を含めても五人の修学旅行。団体割引だって利かない場所があっただろう、いつもどおりの少人数編成だ。行き先は東京。浅草や東京タワーなどの定番の観光地と、防災センターや科学博物館をまわった。
私はそれまでの人生で一番遠い場所は大阪までしか行ったことがなく、なので東京ははじめてだった。飛行機に乗るのもはじめて。なーさんは小さい頃に家族旅行でディズニーランドに行って以来、じゅったんは中学生のときに親戚の結婚式に参加して以来の東京。
福岡空港から飛行機に乗って一時間半程度で羽田空港。島からだと九州本土である長崎市か佐世保市まで、高速艇に乗って最速で一時間半はかかる。同じ時間で福岡から東京まで行けてしまう交通格差が理不尽だ。
はじめての空港にはしゃぎまくっている私の写真をこっそり撮っていたらしく、これが証拠だと黄門様の印籠がわりにスマホの画面を見せられた。
なーさんのスマホのカメラロールのなかに、土産物店の奥の棚にあったご当地ぬいぐるみの顔真似をした私が存在しているのは、なんというか、面映ゆい。たしかにはしゃいでいる、滑稽なほどに。単純に、はじめての場所に浮かれていたんじゃなかろうか。
それに旅行というのは否が応でも浮かれてしまうものだろう。浮かれるから、旅行中の人びとは変な土産物屋で趣味の悪いキーホルダーを買ってしまい、帰宅後に置き場に困ったりするのだ。
でも、先生となーさんが言うのならまちがいないのかな。やっぱり私は飛行機が好きで、エアラインの仕事が合っているのかも。
進路を決めてしまうと、肩の荷がひとつ降りたような感覚がした。なにも選ばないまま、どこにも進まないままで、この町に居続けるという選択はできない。いずれ決めなければならないのなら、決めるのは早いほうがいい。自分も、周りのみんなも安心できるから。
島の貴重な子どもたちは、みんな必ず、夢に胸をぱんぱんに膨らませて、希望に満ち溢れた瞳で、旅立っていかなければならないのだ。




