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きみと青が散乱する  作者: 春名七虹
11月
23/37

 凍りつき、果てしないほど分厚い雪で覆われた北半球を見送ったら、続けざまに、百合岡先生がチョイスした他の映画も観た。


 途中休憩を挟みながら、合計三本。自然の脅威に成すすべなく翻弄される人々のすがたを、はらはらしつつ見守り続け、最後のエンドロールにたどり着いたとき、限界に達したじゅったんが机に突っ伏した。


「次は何も起こらない、ほっこりするやつがいい……幼女と子犬が野原のペンペン草と戯れるとか、そういうつやつ」

「なにその映画つまんなそう」

「子供系か動物系がいい。癒されたい」

「まだ観たいのかよ」

「もう観たくない」


 じゅったんのギブアップにより、今日の授業という名の映画鑑賞会はお開きとなった。時計を見れば午後三時半を少し過ぎていて、時間的にちょうどいい。


 ずっと暗闇の中にいたから、視聴覚室のカーテンを開くと、日差しの明度の高さに目が眩んだ。


 カーテンをすべて開けるために部屋の内周をぐるりと一回りする途中、後方に、隣の部屋につながる扉があったので、興味本位にドアノブをひねってみる。


 部屋、というよりも物置のような空間だ。片側の壁に設置された棚に、いくつもの段ボール箱が雑然と収納されている。口が開いたひとつの箱を覗いてみると、中にはたくさんのビデオテープがぎゅうぎゅうに押し込められていた。


 物心ついた頃にはDVDが主流になっていたので、ペンケースや文庫本よりもずっと大きくて厚いビデオテープにはほとんど馴染みがない。


 他の段ボールも順番に開けてみれば、ビデオテープ、カセットテープ、DVD、フロッピーディスクもある。交通安全、薬物禁止などの映像学習資料、あるいは文化祭、体育祭などの様子をおさめたもの。それぞれに記されているタイトルや年代はバラエティ豊かで、この高校の積み重ねてきた時間の膨大さを窺える。


「優雨、なにしてんの?」


 いつのまにか、なーさんが隣に立っていて、私の手もとに視線を落とした。偶然手にとったDVDの透明なケースには、六年前の体育祭の記録であることが油性ペンで書かれている。


「昔の行事の映像、残してるみたい」

「それ、俺の兄貴がいた頃のかも」

「暁人さん?」

「そう。高三。たぶん」

「じゃあ私たちは中一? 小六? え、気になる。観られるかな」

「いいよ観なくて」


 あからさまに面倒臭そうな顔をするなーさんに構わず、DVDプレイヤーにセットした。再生ボタンを押すと流れはじめるのは、ハリウッドの大作映画とはまるでかけ離れた、拙い映像と音声の継ぎ接ぎ。スクリーンに拡大投影するには厳しい画質だけれど、開始早々に体操服姿の暁人さんが端に映ったので、私の関心はまるごと画面に惹きつけられる。


「暁人さんとなーさんって、かなり似てるよね」

「そりゃあ、兄弟だし」

「でもじゅったんとりっきーってさほど顔似てなくない? あ、でも宝くんとじゅったんは似てるかな。輪郭ほぼ同じだよね」

「俺がどうしたってー? てか何観てんの、体育祭? いつの?」


 トイレにでも行っていたのであろう、じゅったんが戻ってきてなーさんの隣の席に座る。


「暁人さんのときの体育祭みたい」

「へえー。あ、教頭先生だ」

「ほんとだ。このときからいたんだねえ」


 開会式、徒競走、応援合戦、定番の種目がダイジェスト版で次々にはじまっては終わっていく。今は小中高合同開催だけれど、この頃はまだぎりぎり、中高合同での開催だ。


 特に中高女子生徒による創作ダンス対決は見応えがあった。短いプリーツスカートに、メタリックテープを束ねたポンポンをもった女子の集団が、当時流行っていたポップチューンに合わせてチアダンスを踊っている。同じポンポンをセミナーハウスに残された廃棄物の中に見つけたことを思い出した。このとき使われたものだったのだろうか。


 演技は大喝采に包まれながら終わる、しかし退場音楽を突然、別の曲が上塗りする。観客席も、退場途中の女子生徒たちもざわついている中で、颯爽と画面の中央に登場したのは、高校生男子、合計八人。


 全員、女子と同じように短いスカートを履いて(下に体操着のハーフパンツを着たまま)、きらきらと日差しを反射して光るポンポンを両手に持って——全力でアイドルソングを踊りはじめる。


 しかも全員、無駄にキレが良い。かなり練習を積んだのかもしれない。いっそすがすがしいほど、全力で道化を演じている。だから彼らを台風の目にして、会場は大きな笑いの渦に包まれる。


 六年後の視聴覚室でも大笑いだった。私たちみんな、実際に会場で見ていたのかもしれないけれど、まったく記憶にないので、それはあまりに新鮮だった。


「あ! あれ、暁人さん?」

「うわ、まじだ! 一番ノリノリじゃね?」

「誰よりもはじけてるね」


 私とじゅったんが騒ぐ傍らで、なーさんは静かに頭を抱えている。


 一曲フルでダンスを披露し、アイドル並みの完璧な笑顔のまま退場していく男子生徒たち。思わず拍手を送らずにはいられなかった。まちがいなくこの年の体育祭のMVPは彼らだっただろう。


「やばいな、暁人兄さん神だわ」

「すごかった」

「楽しそうだったなー」


 じゅったんの言葉、語尾の長音符は、「羨ましい」と聞こえた気がした。都市部の高校のように学年に何クラスもあったら、もしくはせめて、同級生が二桁いたなら、画面の中の男子たちと同じように、楽しい馬鹿騒ぎができただろうに。


 じゅったんはああいうの、好きそうだ。逆になーさんは、参加を断固として拒否しそう。


 その世界線ならば、じゅったんとなーさんは果たして仲良くなっていただろうか、とも思った。正反対のふたりが仲良くしているのは、だって幼い頃から男子はほとんどふたりきりだったからでしかない。


 年が離れているから、私には暁人さんの印象があまりない。小学生の頃、たまになーさんの家に遊びに行ったら迎えてくれた、優しそうなお兄さん、くらいしか思い出せない。だから、容貌も似ているし、勝手になーさんと同じ低血圧タイプだと考えていたけれど、あの弾けっぷりを見る限り、随分と陽気な人種のようだ。

 

 スクリーン上は次の種目に入っている。棒引き、騎馬戦、最後は全員リレー。赤組のリレーのアンカーは、暁人さん。


「暁人さん大活躍だね」

「足は速かったから」


 身内の羞恥から立ち直ったらしい。暁人さんも、なーさんと同じで陸上部だったと以前聞いたことを思い出した。


 下の学年から上の学年へ順番につながっていくリレーは単純に面白い。学年が上がるに比例してレースはどんどんスピードアップして、目が離せなくなっていく。赤、青、黄の三組のうち、最下位でバトンを受け取った暁人さんは、みるみるうちに前方を走るふたりをとらえ、デッドヒートを繰り広げる。歓声は最高潮に達する。そして、鼻先ほどの僅差で、暁人さんがゴールテープを切った。


「おおー、やるじゃん暁人兄さん」


 肩で息しつつも、晴れやかな顔でチームメンバーとハイタッチをかわす男子生徒、に、女子生徒が勢いよく抱きついた。今の暁人さんの奥さんで、当時は幼馴染兼恋人の、結菜さん。ポニーテールが踊るように揺れる。彼の腰をがっちりと挟んだ彼女の脚を、彼が両腕で支える。


「あれじゃん、え」

「やめろ」


 じゅったんの呟きを素早く制したなーさんだけれど、反応の速さからして、きっと同じことを想像したにちがいない、とわかった。


「まじで入ってんじゃね、この体位」

「死ね」

「それはさすがにひどくない?」

「死ね」

「二回も言う?」


 ふたりのやりとりを聞き流しながら、画面の向こうの恋人同士に思いを馳せる。


 彼と彼女の高校生活に、島を出てからの六年間に、もうすぐ生まれる、ふたりの愛の結晶に、尊い命に。


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