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 九月最後の週、奈織の出演ドラマが最終回を迎えた。爆発的な人気が出ることはなく、かといって酷評されることもなく、つつがなく展開し、さらりと終わっていった。


 奈織の演技はネット界隈で視聴者たちに上々の評価を受けていた。彼女を傷つけるような酷い言葉は、私が目にした限りは存在しなかったのでほっとした。


 見逃し配信で観たばかりの最終回の感想を、思いつくままスマホのメモに打ち込んでいく。


 日曜日の昼下がり。暇を持て余した私は散歩に出かけ、勉強しているはずのじゅったんを冷やかしに行こうか、なんて考えながら、結局、港のベンチに一度座ったら、腰を上げることができずにいる。


 人影もほとんどなく、波と風の音以外静かな青花港に、汽笛の音が響く。一日に二往復している、長崎港と五島の島々をつなぐフェリーが、島の海岸と防波堤でつくられた入り海にすがたを見せた。


 大きな船体が凪いだ海を掻き割りゆっくりと近づいてくるのに合わせて、桟橋はしだいに人が増え、慌ただしくなる。


 接岸したフェリーから降りてくる乗客は両手で数えられるほどしかいない。島民にとってはまちがいなく生活に欠かせない交通手段とは言え、あまりの利用者数の少なさに、商船会社の経営状況が心配になる。そのうち一日一往復、下手すると数日に一往復まで減便される覚悟をしておくべきだろう。


 ぽつりぽつりと吐き出されていく人々を眺める。見知った顔のおじいちゃんやおばあちゃん、知らない顔の中年男性。島の平均年齢の高さに比例して、利用者の年齢層も高い。若いひとはいない、通常であれば。


 けれど、タラップの階段を降りてくる最後のひとりは、若い女の子だった。


 桟橋に降り立ち、目深に被っていたキャップをとる。ショートヘアが風になびく。乱れた前髪を手で撫でつける。日差しを眩しそうに見上げる。動作のひとつひとつが、まるでドラマのワンシーンのようだった。ところどころ錆びついた古いフェリーも、こぢんまりとした田舎の港も、彼女自身にはまるで似合わないのに、フィクションじみて逆にしっくりと嵌まって見える。


 夏が終わったばかりなのに、白く透けるような日焼けとは無縁の肌。短いワンピースからすらりと伸びた手足。零れ落ちそうなほど大きな瞳。


 俺たちのマーメイド。滑稽なキャッチコピーが頭をよぎる。


 ドラマの続きの白昼夢を見ているのかと思った。


「……なっちゃん」


 小さく呟いた呼称。電話越しでなくメッセージでもなく、口に出すのは三年ぶりだ。


 呼んだわけではないのに、呼ばれたみたいに彼女は私に気づく。大きな目をさらに大きく丸めて、驚き、直後、破顔した。夏の太陽よりもずっと破壊力のある笑顔。


「優雨っ! ひさしぶり、元気だった?」


 駆け寄ってくる彼女の、細い腕に抱き締められる。みずみずしい花束のような、香水の匂いにふわりと包まれた。


「なっちゃん。奈織」


 私も彼女の背中に腕を回したくて、でも、私なんかが触れていいものか、戸惑った。少しでも乱暴に扱ったら簡単に壊れてしまいそうなほど華奢な身体は、それ自体が彼女の武器で、商品で、私の知らないいろいろなものを、この細い肩は背負っているはずなのだから。戸惑いながら、できるだけそっと抱きしめ返した。


「奈織こそ、元気そうだね。雑誌とかドラマとか、見てたよ。最近すごいよね、たくさん出てて」

「ありがとうね。優雨、たまに連絡くれるから嬉しかった。ドラマの感想も毎回送ってくれてたよね」

「最終回の感想、ちょうどさっき書いてたんだ。あとで送るね」


 身体を離した奈織が、ふふ、と笑う。


「直接話して聞かせてよ。私、しばらく島にいるから」


 その日の夜。日高奈織名義のSNSアカウントに、無期限で活動休止するという主旨の投稿がされ、ネットの世界の片隅でひっそりと波紋が広がった。


 


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