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お盆の夜はいつもよりも明るい。墓地では灯籠が立てられ、花火の光がそこかしこで点っている。ロケット花火が打ち上がる音、爆竹の音も聞こえる。この賑やかな墓の風景が長崎ならではの習わしであることを、中学生のときにテレビで知った。
墓参りが終わって、島全体が静けさを取り戻した午後九時すぎ、私は家を出た。自転車を漕ぎ待ち合わせ場所に向かうと、すでにふたりのすがたがあった。
ふたりとも、見慣れた制服ではなく私服だ。久しぶりに見た気がする。じゅったんは一昔前に流行ったロックバンドのライブTシャツに派手なレオパード柄のハーフパンツを履いている。おそらく、なーさんに会って早々「柄の悪い格好」と評されたはずだ。なーさんは逆に、シンプルな白いTシャツにゆるっとしたワイドパンツを合わせている。
8月13日。今夜はペルセウス座流星群が最も活発に見られる日なのだという。
〈今日流星群が見られるらしい! 見たくね?〉
昼過ぎにじゅったんから送られてきたメッセージに気づいた瞬間、即返信した。
〈見たい!〉
三人で自転車を走らせる。島の夜の暗さはどこまでも深い。道に点々と立つ街灯の明かりと自転車のか細いライトだけを頼りにして数十分ペダルを漕いだら、目的の場所に到着した。
島で一番標高の高い、丘陵地のてっぺん。芝生を敷き詰めたなだらかな丘に、丸太づくりの展望台がある。昼間であれば、360度、東シナ海の広大な青に浮かぶ、大小さまざまな五島の島並みがくっきりと見渡せ、その背後遠いところに、九州本土や、天気が良い日だと壱岐対馬の影をぼんやりと見ることもできる。
けれど夜だから、島をはっきりと判別することはできない。海にぽつぽつと漂う漁火。光が集まった場所はどこかの島の市街地。わずかな光以外は、海も山も黒い闇で塗りつぶされている。むしろ空のほうが、端から端まで満天の星を湛えてとても明るい。
「すごい星見えてるね。天気良さそう。これなら流星群も見れるかな?」
なーさんに、何時ごろ流星群って見られるんだっけ、と訊いたら
「そろそろ見え始めて、日付変わって深夜から夜明け前が一番多いって」
「けっこう長い時間見られるんだね」
なーさんの隣で、じゅったんがあくびをしている。発案者なのにちゃんと起きていられるのか心配になった。準備の良いなーさんが持ってきたレジャーシートを芝生に敷いて、三人で仰向けになる。
「さすがなーさん。俺たちのオカン」
「このくらい準備しとけよ言い出しっぺ」
一番背の低い私が真ん中なので、正真正銘の川の字である。草木が風に揺れる音や動物や昆虫の鳴き声がするから、どこまでも深い島の夜は、存外、静けさとは無縁だ。流れてくる星を待ち、空を見上げながら、右隣のじゅったんが言う。
「なんか、花火とかやりたくねえ?」
「やりたい」
「誰か持ってきてないの?」
「ない」
「買ってくる?」
「売ってる店ないよ。もうどこも閉まっちゃってる」
「だよなあ」
じゅったんがまたあくびする音がした。
「やべ、眠い」
「まだ十時前だよ?」
「優雨、なんか話して。なんでもいいから」
「なんでもいいって言われても……」
「じゃあ怖い話して」
「やだよ。めちゃくちゃ雰囲気出ちゃう」
左隣に首をひねる。星と月の光が、目を閉じているなーさんの、鼻梁から顎にかけての輪郭をうっすらと照らしている。
「……そう言えば、奈織のインスタ見つけたよ。最近はじめたみたい」
なーさんは相槌すら返さない。じゅったんの適当な相槌が後頭部のほうから流れてくる。
「なーさん、寝ちゃったの?」
腕をわずかに動かして、すぐそばにある、彼の腕に触れた。人差し指で、肘から手首にかけての筋肉質な筋をなぞる。やめろ、とでも言うみたいに、手首を掴まれる。
「なーさん寝てんの? 優雨?」
動けない手が、ひとまわり大きな手に絡め取られる。汗ばんだ手のひらと手のひらが、ぴたりとくっつき、触れた面にだけ粘着力が生まれた。指と指のあいだを撫でられ、寒くもないのに背筋がぞくりと反応する。
「……うん。寝てるみたい」
「まじかよ。十時前に寝るとか小学生か」
「あくびしてたじゅったんも人のこと言えないけどね」
「しゃーない。俺たちで流れ星見つけたら、なーさん起こしてやろうぜ」
「そうだね。見えるかなあ」
「見えたら、何を願う?」
「なんだろう……あと二キロ痩せたい、とか?」
「二キロ痩せたら何キロになんの?」
「ぜったい教えない。じゅったんは?」
「そうだなー。はやく勉強から解放されますように?」
「第一志望に受かりますように、じゃなくて?」
「どこでもいいから受かって終わりにしたい。俺も専門志望にしとけばよかった。勉強って果てがないよな、しんどい」
「頑張りなよ。あと何か月しかないじゃん」
「六か月もあるっつの。そろそろ死にそう」
「勉強に殺されるひとはいないよ」
絡んだ指を離そうと動かせば、より強固に絡みあって、もはやどこがどうなってつながっているのか、わからなくなる。
夜風は頬にぶつかれば心地良い冷たさなのに、手のひらの熱を奪うことはない。逆にどんどん温度は上がっていく。
そして呼応するように、目の奥が次第に熱を孕んでいく。どうしようもなく、泣きたくなる。理由はわからない、いやちがう、わからないことにしておきたいだけだ。
わたしとなーさんの秘めごとを知らないじゅったんの、のんびりとした声がする。
「明日、海行こ」
「いいね。行きたい」
「スイカ割りとかしたい」
「うん。大きなスイカ買って、花火も買って、夜まで海にいよう」
流れ星のピークを迎える時間に差し掛かったとき、それまで晴れていた空を一気に雲が覆い、流星群どころか二等星すら見えなくなってしまった。
宙ぶらりんになった願いごとを胸のうちに抱えながら、薄明の光が差すまで、ずっと、手をつないでいた。




