自粛
「ふっー……」
「お、来たな。うーっす、お疲れー」
「おいっすー」
「おー、お疲れー……」
「あー、もうねみぃや」
「だなー、体も凝り固まったし、しんどいや。じゃ、交代よろしくー」
「おお……」
「あ、そうだ、この話してなかった。この前さぁ」
「ああ、あの話の続き? 聞かせてよ」
「……なあ、待ってくれよ」
「ん?」
「どうしたの?」
「今日が何の日か知ってるか?」
「ん? そりゃお前、当然だろ。なぁ」
「ああ、当たり前だよ」
「お、おお、はははっ、そうだよな、うん」
「ひどい震災だったなぁ」
「ああ、本当になぁ」
「えっ」
「大地震」
「津波が起きなかったのはまだよかったけど、大火災」
「ひでぇもんだよなぁ」
「ああ、怒りが湧いてくるよ……」
「んー、まあ、んー……あの、他にはないかな?」
「他? あるわけねぇだろ」
「語呂合わせとか? 今日は二十二日だから猫の日みたいなやつ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「……あっ」
「おっ! ある!?」
「震災の日じゃなくて、平和を祈る日か」
「ああ、そうだな。死者を悼み、そして、周りの人間を思いやる日だ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「他にないだろ」
「あとお前、さっき笑っていたよね。なんなの」
「いや今日、おれの誕生日!」
「は……?」
「そうなの?」
「たんじょうびぃぃ……」
「おいおい、お前、いい歳だろ。泣くなよ」
「で、それがなに?」
「それがなに……? なに!? なにって!?」
「うるさいうるさい、こっちは眠いんだっての」
「もう行くよ」
「いや、まず言うことがあるだろう!」
「え? なにを?」
「お前が言うべきことはあるけどね」
「ああ、ほんとにな。お前、こんな大事な日をクイズにするとかないわ」
「そうだよ。不謹慎じゃない?」
「不謹慎!? それが、人の誕生日に言うことか!?」
「だから、何を言ってほしいんだよ」
「それもクイズ? とんだ不謹慎野郎だな」
「おめでとうだろぉ! おぉぉぉぉ……」
「だから泣くなよ。大体、こんな日におめでとうなんて言ったらそれはさ」
「もうね、非国民。お前もそう」
「非国民!? 不謹慎野郎から非国民!?」
「非国民というか人で非ず」
「人権なし」
「そこまで行く!? おれはただ、誕生日を祝ってほしかっただけなのに……じゃあ、なにか? この日に生まれた人はみんな不謹慎だってのかよ!」
「それは飛躍しすぎ」
「主語を大きくするなよ不謹民」
「合体させた上に略すなよ。そもそも、周りの人を思いやる日とか何とか言ってただろ」
「でも、不謹慎な奴はなぁ」
「うん、別。てか、そろそろ交代行きなよ」
「クソが! どうせ誰もこねーよ!」
「来るかもしれないだろ。お客様がよぉ」
「そうだよ。サボるなよ不勤民」
「お、うまいな。勤務にかけたか」
「だろ? ははは」
「二人で盛り上がるなよ! 大体、震災なんて何年前の話だよ! もういいだろ!」
「いいわけないだろ。お前、最低だな。命で償えよ」
「死刑だな」
「お前らこそ不謹慎だろ! 人の命を何だと思ってんだよ!」
「いいからもうさっさと梯子を上がれよ!」
「そうだよ。いつまで上を空けとくんだよ」
「まだおめでとうって言ってもらってない! 言えよ! 言え!」
「いや、仮に言われたとして嬉しいのかよ。強制してさ」
「いい加減、自粛しな」
「そうだよ。自粛せよ!」
「自粛せよ!」
「自粛せよ!」
「自粛せよ!」
「ああもう、わかったよ! クソが!」
「はぁー、やっと行ったか」
「さーてと、戻ったら少し眠るか……おい、今の音」
「はぁはぁ、はははは! やった! 当たった! おれの銃が! 初めて当たったぞ!」
「お、おお!」
「敵は何人だ!? 一人か!?」
「一人だ! はぐれた奴みたいだ! はは、ははははは! な、なあ!」
「ああ」
「おお」
「おめでとう!」「おめでとう!」
ジャングルの奥地に設けられた簡易的な見張り台で、少年兵たちはお互いの肩を叩き、喜びを分かち合った。
ある時、大戦争が勃発した。そのきっかけは、その少し前に国を襲った大震災が、敵国の人工地震発生装置により引き起こされたと明らかになったことだった。
いや、そんな装置など荒唐無稽、ただの言いがかりで戦争の口実。震災により亡くなった方々に対して不謹慎だ……などという者はいない。戦争の最中では。
真相は知れないが……。