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お前と吸うタバコが1番美味い! 1章「夜中に吸うタバコが1番美味い」

作者: プロタゴニスト

夜中に吸うタバコが1番美味い


 十一時半を過ぎた頃、彼女から電話がかかってきた。俺は、二分だけ待ってとだけ言って一度電話を切る。一ページも読んでいない小説や飲みかけのサイダーなどが雑に置かれた机からタバコとライターを見つけだしてポケットに入れる。そして壁にかけてあるヘッドホンを頭につけて部屋を出た。兄が元カノからもらったビーチサンダルを履いて外に出ると、セミの鳴き声が俺を歓迎してくれた。電話をかけ直すと、彼女は「三分遅刻」と俺を叱った。なぜか彼女に見られている気がして俺は早歩きで公園へと向かった。住宅街の中にある公園にはブランコと鉄棒、そして滑り台が均等な距離で置かれている。俺はベンチに腰掛けて彼女との電話に意識を向けた。「で、来週の旅行で行きたいとこは決まった?」そうだった、来週は旅行に行くんだった。すっかり忘れていた。「あぁ、まあ温泉とか?」「温泉はこの前行くってもう決めたでしょ」「食べ歩きとか?」「それも言った。ねえ、旅行行きたくないの?」彼女を怒らせるとなかなかめんどくさいことになる。「行きたいよ、ずっと行きたいって思ってた。ちょっと最近大学が忙しくてさ」「また忙しいなんてこと言ってる。ろくに大学行ってないくせに」「そんなことはないだろ、これでもちゃんと行ってる方だよ」俺は、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。大学の一年から吸っているHOPEのライト。俺が一番好きなタバコだ。蜂蜜のような甘い香りが夜に合う。まばらに光る星々を繋げるように煙を空へと吐き出す。「でも、もう忙しいのも終わるから。旅行はちゃんと楽しめるよ」「それならいいけど。私ね、あそこに行きたいの」彼女はよく話す子だ。だが、俺にとってはそこがいい。彼女に会話の主導権を握らせて、俺は聞くことに専念すればいい。再びタバコを口へと持って行く。「どこ?」「海」「海?近くの海じゃダメなの?」「ダメ。そこの海はね、砂浜がぜーんぶガラスなの」「へえ、環境に悪そうだな」「環境にいいんだよ」「まあ、行きたいところに行けばいいよ」「毎回車出してもらってごめんね」「いいよ、運転は好きだから」運転は本当に好きだ。彼女の前では車の中でもタバコを吸っていいことになっている。車内でaikoでも流しながら彼女と一緒に歌う。そんな時に吸うタバコも中々に美味しい。喫煙者を煙たがる世間で彼女は俺が喫煙者であることをあっけなく受け入れた。これじゃ禁煙なんてできそうにないな。半分を吸い終えた辺りからHOPEの甘さが減る。それは俺を悲しくもさせた。彼女との時間もいつか甘さが減って、最後は苦い味だけが残るのだろうか。「好きだよ」なんて口にしてみる。「わたしも」珍しく彼女が素直だ。そんなことに少し悔しさを感じた。タバコの火を消すと「吸い終わった?」と彼女が口にした。「すげえな」「結構分かるもんだよ、スゥーって音が聞こえる」「じゃあ俺が今二本目を吸おうとしていることは」「分からなかった」彼女の笑った声が俺の両耳を優しく撫でた。夜の外は時がより遅く感じる。看護師の彼女は夜勤が多く、今日もこれから仕事へ向かう。こうして彼女が夜勤の日の夜には、いつも外に出て電話をしているのだ。彼女の姿を思い浮かべる。百五十センチほどの身長に結ばれた黒い髪。肌は隅々までが白く、どの季節もよく似合う。彼女の手は今まで握ってきたどの手よりも柔らかい。夜を一緒に過ごす時には、彼女の手を常にずっと握っている気がする。その度に触れる鉄の感触が俺をいつも寂しくさせた。彼女は結婚してもう二年が経つ。夫は商社で働く十歳年上の人だそうだ。きっと、賢くて、優しくて彼女を愛しているのだろう。だが、彼女はそれを嫌った。そして、俺と会うようになった。この関係もいつまで続くのだろう。大学生で何もしたいことが決まっていない俺を彼女はいつまで見てくれるのだろう。不安をかき消すように二本目のタバコに火をつけた。「じゃあ、行ってくるね。明日、ちゃんと大学行きなさいよ」「行くよ、仕事頑張ってね」「頑張りません」と彼女は笑いながら電話を切った。さっきつけたばかりのタバコを、最後まで吸う気にはもうなれなかった。火を消す前に最後の煙を深く吸い込こみ、しばらくして空に吐き出した。空に散らばっていく煙はまるで自由で、どこまでも遠くへと舞って行った。

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