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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
アフターストーリー

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二度寝

つづきます。

 アリスの昼寝後。サラとドルイドとともにシャルたちも早めの昼食を食べて終えてから、四人は庭仕事に臨んだ。


 柵の一つもない中、収納から取り出した素材を加工し、柵を作り、レンガを並べて花壇を用意し、種を植える。

 ドルイドが指でぐりぐりと土に穴をあける姿を眺めながら、サラは筋肉痛のような痛みを訴える体を伸ばし一息ついて、ふと手の中にある種を見ながら首をひねる。


「ねぇシャル、これって収納の中に入っていたよね?」

「そうですけれど……何か変でしたか?」


 アリスと一緒に柵用の木材の加工にいそしんでいたシャルは、金づちをふるう手を止めて顔を上げる。汗ばみ、額に張り付いた前髪を払うように袖でぬぐう姿はどこか妖艶で、サラは一瞬言葉を失った。


「ううん、ただ、収納鞄って生物は入らないんじゃなかったっけ」


 収納鞄、あるいは空間魔法の収納空間には生物は入らない。どこかで耳にした前提条件をふと思い出し、ではこの種は「生き物」ではないのか、とサラは首をひねる。


「そのあたりは曖昧ですね。活動できずとも植物についた虫は生きた状態で入ってしまいますし、一度採取して収納内に入れた植物を根付かせることもできますから」

「なんか、曖昧?」

「曖昧ですね。どこかに一応は線引きがあるとは思いますが……あまり考察しても役に立たない気がしますから」


 そんなものか、と種植えに戻り、けれど線引きという言葉が引っかかってサラは思考の糸を辿る。


 その先にあったのは、シャルが失ったというスキルのこと。魔法の大半に加えて消失したいくつかのスキルは、果たしてどのような線引きで失われたのか。

 シャル自身は自分の魂との結びつきだと早々に結論付けていたが、サラはもっと大事なことなのではないかと首をひねる。


 魂――それは、この世界において確かに存在する。

 何しろ、今シャルの傍で完成した柵にペンキを塗っているアリスこそが、魂の観測を可能としているのだから。


 ちょいちょい、と手招きすれば、アリスは面倒臭そうな様子を隠しもせずに手を止め、仕方がないとばかりに顔を作ってサラに歩み寄る。


「……ねぇ、アリスはさ、オリアナ・オルベルの魂はどう見えたの?」

「キメラ、ですかね」

「キメラ?」

「シャルお姉さんは『フランケンシュタイン?』と言っていましたけれど、こう、継ぎ接ぎな感じでした」


 シャルの魂の一部を使って生み出されたオリアナという魂。オリアナ・オルベルとして転生していたリィの魂をも食らって取り込んだ混ざりもの。ゆえにシャルもアリスも、オリアナを警戒こそすれど、シャルの副人格などとは想像することもできなかったのである。


「じゃあ、私は?」


 それこそが、シャルに聞かれないように小声でサラが尋ねたい確信だった。

 一度は死に、多くの人の思いを宿した神聖力を核にエルフとして生まれ直し、死に、風化し、シャルの魂のかけらで補って今ここにいる自分の魂はどうなのか、と。


 それは、サラを気遣うシャルには聞かせたくないもので。

 互いを思いあう二人の在り方に、アリスは少しだけ眩しそうに目を細くする。


「……黒目黒髪の女性です。今のサラと見た目は一緒です」

「そうなの?」

「私が嘘を言っているとでも言いたいんですか?」

「い、いや、なんか……ちょっと拍子抜けだったから?」


 魂が見えるという話は聞いていたサラだったが、自分の魂についてシャルから耳にすることはなかった。だからそれこそ、自分の魂はフランケンシュタインのごとく継ぎ接ぎにでもなっているのだろうかと心配していたわけで、杞憂だったことに胸を撫でおろした。


「じゃあ、私がスキルを使用しても大丈夫そう?」

「そんなの、シャルお姉さんに自分で許可を取ってくださいよ」


 サラが聞きたかったこと二つ目――それは、いつまでも過保護なシャルに代わり、アリスからスキル使用の許可をもらうことだった。

 魂に手を加えられているサラの状態は、シャルはもちろん、ドルイド経由で聞いている精霊たちにもわからない。魂に紐づくスキルを使って、精霊王の処置が損なわれるかもしれない――そんな懸念からサラはスキルの使用をシャルに禁止されていたが、アグリ・スピリットの一件を経て考えが変わりつつあった。


 このまま流されてシャルに守られるばかりではだめだ、と。

 自ら危険に首を突っ込んでいくところがあるシャルを守れるように、自分も最低限の自衛能力を取り戻さないといけないのだと。


「まあ、シャルお姉さんのお手を煩わせるよりはよっぽどいいですけど」

「じゃあシャルを言いくるめるのを手伝ってくれる?」

「表現がちょっと」


 嫌そうに顔をゆがめるアリスに何とか頼み込もうと頭を下げ――ようとして。


「……サラ?」


 底冷えするような低い声音に、サラとアリスはそろってびくりと肩を跳ねさせた。


「シャル、どうかしたの?」

「どうかしたのか、というのはこちらのセリフですよ。……で、何の悪だくみをしていたんですか?」

「その……この筋肉痛みたいな症状をどうにかできないかな、って」

「アリスに聞くようなことではないですよね?」

「スキルが使いたいからシャルお姉さんを言いくるめてくれ、ってサラさんにお願いされてました!」

「ちょ、アリス!?」


 アリスはシャル信奉者。その事実を軽く見ていたサラは、突然の裏切りに声を張る。

 慌てて手を振り首を振り否定をするも、シャルの視線が鋭くなるばかり。


「……はあぁぁぁ」


 身構えていたサラは、断固反対、という想像とは異なる反応に拍子抜けして目をしばたたかせる。


「あれ、ダメって言うんじゃないの?」

「こっそりスキルを使われる方が怖いですから。場を整えて行った方がいいでしょう?」


 このままでは陰でこっそりとスキル発動を試しかねないと判断したシャルの譲歩に目を輝かせるサラ。


「うぐ!?」


 うれしさのままに抱き着こうとして、ぴしり、と体のあちこちが痛んで悲鳴を漏らす。


「……まあ、スキルの前にある程度体づくりですかね。ひとまず、今日はここらで休みますか」


 昼下がりの太陽を見上げながらつぶやき、シャルは大きく体を伸ばす。

 ドルイドも真似をするように天へと両手を伸ばし、アリスはおかしそうに微笑む。


「ちょ……シャル、ヘルプ。うご、ごごごご……」

「休んでいればいいのに、一人だけ見ているのは寂しいなんて言って参加するのがいけないんですよ」

「だって、暇だったし」


 辛辣なアリスに唇を尖らせながらも、サラは身じろぎ一つできずに中途半端な姿勢で耐える。

 額に脂汗をにじませ、必死に支えてくれと訴えるサラを、仕方がないなぁ、と言いたげなため息とともに抱き上げ、シャルは玄関へと向かう。


「……ドルイドとアリスも、休憩にしましょうか」


 お姫様抱っこの状態で運ばれ、靴を脱がされ、手を洗われ、ついでとばかりに顔も現れて。

 抵抗一つできずに受け入れたサラは、自室の布団まで運ばれ、不甲斐なさに渋い顔をしていた。そんな表情を変えるべく、しわの寄った眉間をシャルが小突く。


「痛っ」

「大げさじゃないですか?」

「痛いものは痛いもん」

「その痛み、別に肉体のものではないですよね?」

「……半分くらいは体の痛み、だと思う。相当力んでたし」


 シャルが傷つく中、居ても立っても居られずにアグリ・スピリットへと攻撃を仕掛けた後遺症。全身に走る痛みは、サラの感覚ではあるが、半分ほどが肉体的なもので、残りがおそらくは魂側の痛みであると思われた。

 筋肉痛ではなく、突然の魔力移動によって全身の細胞が驚いたことによる痛み――ネクロの医師の診断結果を思い出しながら、だらりと体から力を抜く。


「なんか、不甲斐ないなぁ」

「今のサラは生後一歳未満ですよ? いきなり動いては体だってついていきませんよ」

「ゼロ歳……」

「でしょう?」

「いや、あってるけどさぁ」


 突きつけられると心に刺さる、と不満たらたらのサラは、ならばいっそのこと赤子のごとくふるまってしまえと、羞恥心を掻き捨てて両手を広げる。


「抱っこ」

「休んでいてくださいよ」

「じゃあ、ぎゅってして」

「それくらいなら……っと」


 求められるままに抱きしめたシャルを、ぐいと引き寄せる。

 そうしてサラはシャルを抱きながらベットに横たわらせることに成功し、シャルの顔を胸に抱きながら目を閉じる。


「疲れちゃったから、少しこうしていていいよね?」

「……これで、サラが落ち着くのなら」


 不承不承、と告げるシャルの声は、けれどもうサラにはほとんど届いていなかった。すぐに呼吸は寝息に代わる。

 胸に押し付けられた頬越しに聞こえる規則正しい鼓動を耳にしながら、シャルもまたそのリズムに引き込まれている。


「お母さん……あれ、寝ちゃった?」


 シャルを呼びに来たドルイドが部屋を開けた先、そこにはサラに抱きしめられてすやすやと眠るシャルの姿があった。

 レースカーテン越しに降り注ぐ午後の優しい陽射しの中、やや冷たい空気から逃げるように互いのぬくもりを求めるように抱き合う二人。


「……いいなぁ」

「ずるいですよね」


 ぽつり、と。

 自然に零れ落ちた独り言に返事が返ってきて、ドルイドはびっくりして後ろを見る。

 当然ながら、そこには冷たいまなざしをサラに向けるアリスの姿があった。


 シャルにとってサラが特別なことなど、二人だってわかっている。けれどそれでも、自分たちだって特別になりたい――互いに目で語った二人は、起こさないようにそっとベッドに歩み寄る。

 アリスがシャルの隣に、ドルイドはシャルの足元に。

 ひっつくように身を寄せて、二人そろって幸せにほほ笑み、目を閉じる。


 冬の午後。そうして部屋に四人の寝息がかすかに響く。


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