フィーリスと雪遊び
「お母さん!」
フィーリスと一緒に雪だるまを作っていたドルイドが声を上げる。
ドルイドよりも身体能力に優れる――性格には優れた身体強化スキルによる筋力を持つ――フィーリスの手伝いにより、すでに二人で胸元ほどの高さの雪だるまを作り上げたドルイドたち。
あとは飾り付け、となればドルイドがシャルを読んだ理由にも説明がつくというもの。
「人参と、バケツと、目のための黒い石……大きなボタン? あとは……」
取り出したバケツの中に材料になりそうなものをいくつも放り込んでドルイドに手渡す。
過保護にもほどがあるシャルからバケツを受け取ったドルイドは、その重さにつんのめる。
とっさにお腹に腕を回したフィーリスの支えによって転ばずに済んだドルイドは、けれどフィーリスとの実力差を痛感して、少し困ったように笑った。
「……フィーリス一人なら、もっと大きいのが作れそうだね」
「一人じゃ面白くないもん。二人でやるから楽しいんでしょ?」
「うん、そうだね。フィーリスとだから、すっごく楽しいよ!」
一緒に頑張ろうと約束したフィーリスに届かない。
そのことに顔を曇られていたドルイドは、けれどすぐに表情を明るくして、フィーリスと一緒に雪だるまの飾り付けを進める。
蔓で編んだ冠をかぶせ、黒い石で目を表現。鼻は真っ赤な花の花弁で表現し、口は毛糸の端切れを使った。腕として枝を差し、まだ葉っぱで服の飾りをする。細かい装飾に凝るあたりにフィーリスの女子力が垣間見えた。
シャルは先日自分が作った装飾の限りなく少ない残念な雪だるまのことを思い出し、そっと視線をそらして天を仰いだ。
「やっぱりシャルよりよっぽどセンスあるよね」
そういうことを口にできるのがサラという人物。
追撃のせいか、シャルの目じりに光るものが見えたのは気のせい――言い聞かせながら、サラは場の空気を換えるべく柏手を打つ。
「そういえばシャル。次こそはリベンジだ、って錬金術の練習をしてたよね」
「……ああ、雪を集めるだけの錬金術で何とか作った雪だるまに対してさんざんな言われようでしたからね」
どこかの誰かが、という鋭い視線に、サラは吹けぬ口笛を吹く素振りで答える。
「別に、文句は言っていませんよ」
「文句を言ってるようなものじゃん。それに、その後作っていたガーゴイルはいいセンスしていたと思うよ」
「その割に、散々な評価をしていたと思いますが」
「気のせいじゃない?」
「……羽の生えたゴリラ」
ぐふっ、と思わず吹き出すサラ。
シャルの目はもはや極寒の気のごとく冷え冷えとしたものになり、腹を抱えて体を震わせるサラに汚物を見るような視線を向ける。
「シャルさん! ガーゴイルって、もしかしてあのガーゴイルなの!? ……あのガーゴイル、ですか」
完成した雪だるまを前に満足げに額の汗をぬぐっていたフィーリスが、シャルたちの会話に登場した単語に目を輝かせる。
とっさに淑女らしくあらねば、と姿勢を正すけれど、如何せんドルイドとはしゃいでいたテンションが尾を引いていて、幼さがふるまいに現れてしまっていた。
そんなフィーリスの隣では、「あのガーゴイル?」と雪像を思い出してドルイドが首をひねる。
「……もしかして、ヒスイから聞きましたか?」
感覚共有スキルの暴走で過去の記憶を共有したことがあるシャルとヒスイ。その際に読み取ったことをフィーリスに話したのだろうというシャルの推測は正しかった。
「山みたいに大きい魔物もいるから、まだわたしだけじゃ遠くまで出歩いちゃだめだって、ヒスイお姉さんが話してたんです」
「あぁ……確かに、私が戦った魔物の中でも最大級に大きな個体でしたね」
「最大級に、ってことは同じくらい大きな魔物もいたの!? あ、いたんですか?」
「口調、気にしなくてもいいですよ?」
「でも、シャルさん相手ですし……えっと、こう、背筋が伸びるというか?」
ドルイドを見て、シャルを見て、そわそわと落ち着かなさげなフィーリス。彼女の肩に手を置き、サラも同意するように強くうなずく。
「シャル、前はそんな口調じゃなかったでしょ」
「……そうですね。口調は……情報量でおかしくなったのと、過去との決別のようなもの、だったと思います」
神から膨大な情報を叩きこまれ、「せっかく死ねたのに」再び別世界で生きることを強要されたことへの怒り――かつての己を思い出し、シャルは苦い表情をする。
その意味は分からず、ただ、シャルが硬い口調を望んでいないことを理解したフィーリス。迷う彼女の背中を押したのは、大丈夫、というドルイドの強いまなざしだった。
「えっと……うん。じゃあ、これでいいよね?」
「まだかたい気もしますが……いいんじゃないですかね。こんな場所で気を使っても仕方ありませんよ。ここには貴族なんて一人もいないわけですし」
元公爵令嬢が何を言っているのか――サラのジト目は努めて無視する。
顔をほころばせたフィーリスは走り出し、ドルイドの手を取って「よかった」と胸をなでおろす。
「……もしかして、だけどさ。シャル、恐れられてたんじゃない?」
「恐れる?」
「聞いてた感じ、ヒスイから色々と聞いていたんでしょ。その色々にシャルの強さとか、まあ、苛烈さ? みたいなところもかなり混じっていたってことでしょ」
よくわからずに首をひねるシャルは、けれど子どもらしい無邪気な様子になったフィーリスを眺め、満足げに目を細める。
「何にせよ、せっかくの休日なんですから楽しめばいいんですよ」
「あ、シャルさん! わたし、ガーゴイルが見たい!」
「……雪像で、ですか?」
「うん。……ダメ?」
小首をかしげ、上目遣い。雪が降る中、寒さのせいか紅潮した頬はリンゴのよう。
小悪魔というよりは小動物という表現の方が正しいフィーリスのおねだり。「可愛いぃ~」と歓声を上げるサラをよそに、シャルは平然とした様子でうなずく。
「構いませんよ。では準備しますね」
「……なんか、淡々としすぎじゃない?」
「サラのテンションがおかしいんですよ」
「おかしくないと思うけどなぁ。ねー?」
「ねー」
「ほら!」
「うん!」
顔を見合わせて笑うサラとフィーリス。
ドルイドは二人の間でおろおろと手を振り、そのうちに仲間外れにされたことに頬を膨らませる。
気づいたフィーリスがなだめ始める中、シャルは錬金の腕輪を駆使して雪上に魔法陣を敷く。
「……シャル、なんかでかくない?」
「ガーゴイルを見せるといいましたからね」
シャルたちの家の前は、現在広い平原になっている。雪がひどく積もる前には枯れ草が広がるばかりだったそこは、今では見渡す限りの雪原に転じている。
絶え間なく降り積もる雪の中、シャルは広大な魔法陣を設置し、細かく魔法陣の要素を変更してイメージ通りの像ができるようにしていく。
魔法陣は、魔法発動よりも融通が利かない。イメージすればおよそその通りの現象を起こすことができる魔法とは違い、魔法陣による魔法的現象――魔術の発動には、およそ人の思考が介在しないつくりになっている。
それは、魔術発動者の適正有無を影響させないためであり、感情の影響を受けやすい魔力との精神的なつながりを限界まで排除することで、感情によって結果が左右されることを防ぐ魔術ならではの仕組み。
画一的な魔法現象の行使――それこそが、魔術に求められた力なのだから。
そうして細かい調整を終えたシャルは、背後を見て、わくわくと待っているフィーリスにうなずいて雪原の方を向く。
魔力を放出。
その膨大な魔力量にサラは頬を引きつらせる。ぶるりと体が震えたのは、明らかに寒さのせいではなかった。
「……肝が据わってるなぁ」
こんな状況にあっても、隣に立つフィーリスもドルイドも平然とした様子で、サラは苦笑しながらつぶやく。
シャルを心から信頼するがゆえに、傷つけられる心配は無いとただ見守るドルイド。その余裕は、ヒスイとの度重なる戦闘訓練ゆえの慣れもあった。
そしてフィーリスは、シャルの大規模な魔術発動に目を輝かせていた。魔法好き、戦闘好き、派手好きと三拍子そろったフィーリスに恐れる理由などなかった。
シャルやヒスイ、規格外のそばで成長する二人の末恐ろしさにもう一度体を震わせたサラは、自分が常識を教えなければ、と覚悟をする。
杞憂に終わるかどうか不明なサラの決意をよそに、魔法陣にシャルの魔力がいきわたる。
「行きますよ!」
一瞬にして、大量の雪が舞い上がる。降り積もった雪は、瞬く間に影を落とし、一つの巨大な像を作り上げる。
山のような巨体。本来は岩でできた体はごつごつとしており、強靭な四肢に支えられたその体は迫力満点。
「わぁ……っ」
「でっかい」
それぞれに感嘆の声を上げる中、サラは心の中で、そして無意識のうちにつぶやいた。
「……やっぱり、羽の生えたゴリラでしょ」
と。




