帝都散策
正午に差し掛かる頃、シャルとサラの姿は帝都にあった。
フードをかぶってこそこそと動くシャルと一緒に街を歩くサラは、初めての国の様子を興味深げに見回していた。
お上りさんであることが一目瞭然なサラのふるまいに苦笑しつつ、シャルはファウストから教えてもらった酒屋で精霊王への献上品を購入し、現在は商業区画を歩いていた。
裕福な平民から下位の貴族向けに開かれた店は、ガラスのショーウィンドウの向こうで美しく飾られた品々を見せ、顧客獲得に邁進していた。
ダンジョンという資源の宝庫のおかげで、帝都は食料以外では非常に豊富な品を扱っている。
その一つがダンジョンから算出される魔石や魔物素材を用いた魔道具で、大きなガラス板もまた、魔道具による十分な補強がされていた。
酒場があったあたりのごみごみした空気から一転した様子に、サラは軽く目を回しながらあちらこちらを見て回る。
「なんか、日本にいるみたいで不思議な感じ」
「そう、ですかね。皇国はもっと近代的ですよ。あるいはSF的、と表現した方が近いかもしれません」
レリウス皇国。
そこは転生者たちの連盟クロニー・ユニオンの表の姿、五星帥が支配していた国。ゆえに未来的な発想力と品があふれるレリウス皇国の町は、シャルをして驚愕せずにはいられないほどに都会的だった。
「レリウス皇国かぁ。行ってみたい気はするけれど、正直、まだ怖いんだよね」
軽く両手で体を抱きしめるサラ。
彼女は以前、クロニー・ユニオンの一人に殺されかけた。あるいは、ここにいるサラは実際に殺されたと表現しても間違っていない。
そのような男が支配していた土地というだけで、大きな心理的足かせを感じるのは仕方のないこと。
「無理をして行く必要はありませんよ。第一、私も皇国ではそれなりに暴れただけですし」
「暴れた?」
「……まあ、その組織と、ですね」
声を潜めて語る中、シャルは前方から近づいてくる相手をよけるべく、サラの肩を抱き寄せる。
「きゃ!?」
「すみません。……ずいぶん慌てていますね」
焦燥をにじませる騎士二人組。通り過ぎていった背中を見送り、何やら面倒事の予感がする、とシャルは心の中でため息を漏らす。
一方、帝都の日常を知らないサラは、喧嘩っ早い人が多い、というシャルの事前知識だけをうのみにして、騎士が仲裁に走るのが自然な土地なのだと誤解をした。
「シャル、もう大丈夫だから」
「そうですね。それじゃあ、行きましょうか」
いつまでも胸元に抱き寄せられているわけにはいかない、とサラは唇を尖らせる。
その目がどこか寂し気に揺れているのは、サラとシャルでは、シャルの方が身長が十センチ以上大きくて、その包容力にくらくらしたから。
あるしは、シャルの熱が遠ざかり、残念だ、という気持ちが芽生えたため。
「シャルって、女性の中でも背は高い方なの?」
「そうですね。サラも……サリステラも高い方でしたよね」
今はシャーロットとして生きている彼女もまた、背が高く、すらりとした体のラインが美しい女性だった。
視線を下げたサラは、過去の己と今の肉体を比べ、その起伏の少なさや背の低さに眉尻を下げる。
か弱そうに見える――実際にか弱い自分が、嫌だった。
気持ちを切り替えるように頬を両手で軽くたたけば、シャルから不思議そうな視線が飛んでくる。
なんでもない、と笑うサラは、近くの店を順番に視線で追って行って。
「あ、魔道具店」
「入りますか?」
「うん。少し一般的な魔道具とか魔法陣を見ておきたいから。……じゃないと自分の中の常識が崩れそうだし」
「含みのある発言ですね?」
「身の回りに常識外の存在がいっぱいいるからね」
言われて、シャルは指折り数えだす。
サラ、ヒスイ、アリス、おそらくはローザも、そしてファウスト、シリウス――
「どうかしましたか?」
「別に、ただ、おかしなことを考えていそうだな、って」
「ただ周囲にいる埒外の人を数え上げていただけですよ」
「自覚が無いのが問題だと思うんだけどなぁ」
まあいいか、とサラはシャルの腕をとって、魔道具店へと足を踏み入れた。
(……ん?)
扉をくぐる一瞬、違和感があったシャル。ただ、そこまで大きな問題があるとは思湧得ず、歓声を上げるサラに意識が向く。
二人を出迎えたのは、まるで骨董品屋のような、どこか色あせた品の数々。
それから、壮年の店主のどこかぶしつけな視線。その目は、女子どもがそろってこんな場所に何をしに来た、とやや排他的に語っていた。
シャルはともかく、サラもまた店主の視線をあっさりと無視して店内を見回す。それは何も男の存在に気づいていないというわけではなく、ただ、それ以上にサラの興味関心を引くものが多かっただけのこと。
煤け、傷つき、あるいは色落ちした品は、明らかに新品ではない。
形も大きさも多種多様で、大きいものではシャルの背丈ほど、小さいものは小指の先ほどのサイズしかない。
サラの視線は、明らかに異彩を放っている闇色の棺へと向く。
「ねぇ、あれも魔道具なのよね」
「そうですね。へぇ、血液増強効果ですか」
棺に寝転がって眠ると、減った血液の生産量が増えるのだという。失血による能力低下対策、あるいは一部の女性は喉から手が出るほど欲しいかもしれない、と頷く。
その隣にあるのは、いくつもの指輪たち。知力強化から、気配微量希釈、中には早着替えなどという変わった効果のアイテムも見られる。
「……高い」
「おそらくはダンジョン産でしょうからね。一点ものかつ場合によっては人の手で作ることの難しい効果だと思えばむしろ安い方かもしれませんよ」
「シャルの金銭感覚、大分おかしくなってない?」
「そんなことは無いと思いますけれど……」
「シャル?」
突然聞こえてきた声に、シャルは一瞬で戦闘モードに意識を切り返る。
女性の高い声。店主のそれではなく、当然、サラの声でもない。
「ちょ、おい、いいのか?」
剣呑な気配を放ち始めたシャルに見向きもせず、店主は足元の方へ視線を向ける。その慌てた様子は、シャルに危害を加えられるかもしれないという恐怖よりも、その場にいる第三者の姿が見られることを警戒している様子で。
果たして、カウンターの足元に突然気配が生じ、ひょっこりと顔を出したのは。
「……ホノカ?」
黒目黒髪、顔のほりの浅い女性。その肌は陶器のように白く、心なしか冷気を感じさせる。
見違えるほど妖艶に――見えた彼女は、唇に人差し指を押し当ててシーッと歯の隙間から息を吐き出す。その姿は子どもっぽく、とても高貴な身分とは思えなかった。
一体誰が、市井の魔道具店に帝国の次期皇帝の婚約者にして、聖女と呼ばれる女性が隠れていると予想できるだろうか。
先ほど店に入る先にあった違和感は探知系のスキルを阻害するものだったのかと納得しつつ、シャルは顔を見合わせる店主とホノカを観察する。
「あー、知り合い、か?」
「はい。えっと、とりあえずお久しぶりです。それと、少し奥で話しませんか?」
店主の了承も無しに店の奥に誘うホノカには慣れがあった。
そうして、シャルと、それから話についていけないサラは、カウンター奥へと案内された。




