839魔法勝負
続きます
「第一回魔法競争~!」
ノリよく告げるサラ。
だが、一面の銀世界の影響を受けたのか、空気は一向に温まらない。
「魔法、競争?」
「競争?」
「だいいっかい……」
口々にそれでいいのかと言いたげな言葉が重なり、サラは天に突き出していた拳をそろりと下ろす。
「別にいいじゃない。少しは盛り上がった方が楽しくできるでしょ?」
「訓練は楽しいものではありませんよ」
「……シャルお姉さんの為になると思えばどれほど苦しい地獄でも耐えられます」
「くんれんが大変なほど実戦でよゆうがもてる、って師匠が言ってた」
「……夢が無いというか、頭から足先まで筋肉しか無いの!?」
訓練に希望を見出さないシャル。
シャルの為ならばどんな死地にでも向かおう、と誇らしげに告げるアリス。
ヒスイという埒外の存在の悪影響を受けているドルイド。
こんな三人に期待したのが間違いだったと、サラは天を仰ぐ。
その目に光るものが見えた気がするのは、きっと気のせい。
灰色の空を仰いで打ちひしがれるサラの立ち姿はきっと絵になったのだろうが、如何せん着ぶくれていてふっくらしている。体の輪郭さえはっきりしないその姿では、寒さのせいか赤みを帯びた顔に感じられる愁いも、どこかコメディ色に染まってしまっていた。
「まあいいや。それじゃあ、魔法訓練を始めよっか」
魔法訓練。
サラがそれを提案するのは、シャルが魔法――正確には魔術だが――で雪だるまを再生させたところから始まる。
雪だるまの見た目こそ及第点には遠く及ばなかったものの、魔法・魔術で雪像を作るというのがドルイドの琴線に触れた。
目を輝かせて魔法による雪像作製に取り組もうとし始めたドルイドに気づいたサラは思ったのだ。
これを競争にすることで、よりドルイドの向上心を引き出すことができるのではないか、と。
そうして、アリスとシャルを巻き込んだ、第一回魔法競争(?)が始まった。
「……ところで、どうして私が司会なの? 企画立案者だけれど、私がやらなくてもいいよね?」
「まともな魔法は溶岩魔法一つしか使えない能無しのくせに何を言っているんですか? 雪を溶かすだけしかできない人はただ司会者に努めればいいんですよ」
ちらとアリスが視線を向ける先、そこには地面が露出した一角が見える。
降り積もっていた雪がそこだけ失われているのは、ひとえにシャルを真似して雪像を作ろうとしたサラが発動した溶岩魔法のせい。
「……私だって、別に溶岩魔法を発動しようとしたわけじゃないんだけれど」
「基本四属性魔法……風魔法を発動しようとして別の魔法を暴発させている時点で、競争に参加する資格はありませんよ。司会に甘んじていてください」
蘇生の後遺症か、サラは魔法制御が十分にできない。
基本四属性である火・風・土・水の属性魔法の行使は叶わず、唯一まともに使えるらしい溶岩魔法は、この場での鍛錬にはそぐわない。
魔法以外のスキルについても試してみようとしたサラだが、どんな問題が生じるかわからないからとシャルに禁止されてしまった。
スキルは、魂に紐づいたもの。
その魂の総量が不足していたためにシャルの魂の「削りカス」を混ぜ込んだ状態のサラの魂に、どんな問題があるかは不明。
スキル発動によって魂に修復不可能な損傷が生じる恐れもあり、容易にスキル練習を許せる状態ではなかったのだから、シャルが必死にサラを止めたのも仕方のないことである。
しっかりと環境を整えたところでスキル発動の確認をすることになったサラは、不貞腐れ、雪像作製に臨む三人からやや離れたところで座り込む。
膝を抱えるように丸まり、シャルが雪だるまの装飾用に収納から取り出していた小枝で雪をぐりぐりとかき混ぜる。
「私だって、シャルたちほどではないけれど必死に魔法を覚えたのに……」
記憶にある研鑽の時間がすべて無駄になったことを嘆き、あるいはシャルたちに並び立てないことに気落ちする。
それでも絶望まではいかないのはひとえに、シャルもまた自分と同じような状況にあると知っているから。
そして、サラの症状は、おそらくはシャルよりもましである。
これはドルイド経由で精霊に聞いた話になるが、サラの魂は神のもとに集まった神聖力による補強とある程度の修繕がなされており、その後の精霊王の干渉により、シャルよりもずっと魂がまともな人のそれであるという。
「……いいもん。私だって、そのうち魔法ですごいのを作ってやるんだから」
「現在魔法を使えなくなっている私に言われても困るんですが」
はっと顔を上げるサラ。
見上げた先にシャルの何とも言い難い顔を目にして、申し訳なさに表情を曇らせる。
「別に怒っていませんよ。それより、ほら、全員完成しましたよ?」
「司会なのでしょう?」と問うシャル、サラは鼻をすすり、強くうなずく。
そうして立ち上がったサラは、さっそく三人が作り上げた雪像の見学に入る。
「まずは……ドルイドの作品かな?」
今回、ドルイドは魔法の縛りを受けている。具体的には、精霊魔法の行使の禁止。
精霊を見ることができる目のせいか、あるいは出自のせいか、ドルイドは考えていることをそのまま精霊が読み取り、魔法として発動させることができる。
けれど、それではドルイドの能力は伸びない。魔力感知も、魔力操作も、魔法制御も、魔法の選択も、何一つ上達しない訓練に意味はない。
何より、思っていることを精霊が勝手に忖度する状態は危険だろ、ヒスイはドルイドに己を律することを求めた。
ゆえに現在ドルイドは精霊魔法禁止期間にあり、通常の魔法のみで雪像の作製に挑んだ。
「ドルイドの魔法は、風魔法だったっけ?」
「今は風と水」
「ふむ……シャルの欠陥雪だるまを風と水で削ったのかな」
風魔法と水魔法だけでは十分な成形などできない。ゆえにドルイドはすでにある雪だるまを材料にして雪像の作製を進めた。
そうして出来上がったドルイドの雪像は、こけしのような形をしていた。
「……人形かな」
「シャルを作ったの」
「……ふむ、シャルの欠陥雪だるまよりはましかな」
欠陥、欠陥と繰り返すサラの言葉が心に突き刺さり、シャルは口元を引きつらせる。
「欠陥って、ひどいですね」
「でも、恐ろしい顔をしてたでしょ」
「勘違いしているのかもしれませんけれど、あれは発動した魔術のせいですからね? 周囲の雪を集めて雪玉を作製する機能だけを組み込んだ魔術なんですから、たまたま雪に紛れて移動した石なんかがいびつな顔を作っただけで、私のセンスは一切介在していませんよ」
「……そうなの?」
憤懣やるかたないといったようすでうなずくシャル。
「それじゃあ、今度こそシャルのセンスの発揮ということで……ん?」
サラは誤解に気づいて居心地悪そうに頭を掻きつつ、今度こそシャルの美的センスを見極めると鼻息荒く次の評価に向かう。
ドルイドの雪像の隣、シャルが魔法で――正しくは錬金術で作り上げたのは。
「……羽の生えたゴリラ?」
太い四肢で体を支える、翼の生えた雄々しい生き物の姿がそこにあった。
錬金術で一から形と整える作業は並大抵のものではない。イメージに沿うように魔法陣を書き上げるのに思考力を消費して疲れていたシャルは、すん、と表情を消して見せる。
「ガーゴイルです。以前戦った、おそらくは十指に上る強敵がモデルです」
「ガーゴイルと言われると、私の中ではもっと悪魔っぽい石の魔物なんだけれど」
「こういう見た目でした」
「……うん、雄々しい。見たことのない私にはこれ以上の評価は難しいかな」
「それ、言外に私にセンスが無いと言っていませんか?」
「気のせい、気のせい」
冷や汗を流しながら、体高二メートルほどの雪像から視線を逸らすサラ。
実際にシャルが遭遇したガーゴイルはこの何十倍ものサイズをしていたなどとは露も知らず、変わった姿の魔物がいたんだね、と少しも信じていない声で告げる。
まだ反論を重ねたかったシャルだが、それよりも疲労が上回り、ジト目を向けながら口を閉ざす。
「それで最後はアリスの……うん、もうアリスが優勝でいいんじゃない?」
闇魔法の腕を用いてアリスが作り上げたのは、等身大のシャルの雪像。
今度は剣ではなく魔法を使っているシャルは、手のひらの先から雷撃を放っていた。
おそらくは水魔法を駆使したであろう雷撃部分は無数の氷が枝のように広がり、目に見えぬ敵へと迫る雷魔法の威力を伝える。
苦戦しているのか、シャルのやや苦しげな表情まで端正に掘り出されたその評価をサラに端的に言わせれば。
「丁寧過ぎて気持ち悪い」
「な、これはシャルお姉さんの戦いを再現したんですよ。気持ち悪いなんて、訂正してください!」
「違う、シャルをこれほどまでに微に入り細を穿つように再現するアリスの感性が気持ち悪い」
「……何だ、シャルお姉さんのことを気持ち悪いと言ったわけではないんですね。ならいいですよ」
それでいいのか、とシャルは遠い目をして自分の雪像を眺める。
その隣でドルイドは目をキラキラさせ、どうすればそれほどまでに上手くシャルの姿を再現できるのか、そのコツを教わりたくて仕方がないといった様子でそわそわしていた。
「というわけで、第一回魔法勝負は――」
「魔法競争ではありませんでしたか?」
「細かいところはどうでもいいの! 第一回の勝負の勝者はアリス!」
空元気で手を叩くサラ一人の拍手が、空しく銀世界に響く。
「くしゅんっ」
「ああ、体が冷えましたよね。ドルイド、そろそろ部屋に入りましょうか。サラも、風邪をひかないように体を温めましょう?」
「……………うん。まあこの面子だと盛り上がらないよね」
「私はシャルお姉さんの雪像周りの整備をしてから向かいます」
「整備?」
「はい、整備です」
胡乱な視線を向けるシャルに、アリスは誇らしげにうなずく。
やや嫌な予感を覚えつつも、シャルはドルイドとサラが風邪をひかないようにすることに気を取られ、それ以上の口出しを控えた。
そうして翌日。
朝起きて玄関扉周りの雪を除こうと家を出たシャルを出迎えたのは、氷で作られた小ケース。
気泡一つない透明のケースの内側には、昨日アリスが作った雪像が雪や風で形を失わないように飾られていた。




