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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
アフターストーリー

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アリスとドルイド

 足音一つ響かせることなく、アリスはガードナー公爵邸の廊下を歩く。

 うす暗い廊下には今、人の姿一つない。すでに使用人たちは騎士の協力のもと、屋敷の外に出されている。例外は公爵と公爵夫人、そして二人が抱えるわずかな忠実な使用人だけ。

 けれどそんな二人も、使用人区画に足を踏み入れることはない。


「……やっぱり、人の出入りが多い方が怪しまれないよね」


 ささやくようにつぶやきながら、アリスは廊下の突き当りで足を止める。

 すっと、細めた目が睨むのはただの壁。けれどアリスはその壁に、おぞましい物体を見ていた。


 魂魄視認スキル――それは魂という、触れてはならないものを認識するためのスキル。

 いつだってアリスの瞳には二つの存在が見える。

 今を生きる者の肉体と、その肉体に重なるようにして存在するもう一つの自己――魂。

 とはいえ、もともとアリスは、その力をほとんど実感してこなかった。何しろ魂は肉体とつながっていて、肉体と同じ姿をしているのが本来の在り方だから。

 肉体に重なるようにして存在する、同じ外見の魂。それが見れたところで、魂を見ていると認識などできない。

 だからアリスは、死者の魂を見る――幽霊を見る力が己にはあるのだと、そう思っていた。


 そのことを両親に話すことはできず、ただ月日が流れていった。


 例外の始まりは、シャルという少女。

 まだアリスが一人のか弱い宿屋の娘であったときに宿に訪れた少女。その少女は、外見とは異なる魂を有していた。

 しかもその魂は、肉体に完全に重なりながらも、時折、上下左右に動くことが可能だった。

 後天的な髪色などの変化にしてもおかしい、明らかに別人と思われる容姿が見える。その時初めてアリスは、自分の目の力に疑念を持った。

 そしてそれは、すぐに確信へと変わった。


 おぞましい牢獄。無数の死がはびこるそこで、アリスは己の力を知った。

 もはや肉体は動かず、けれど怨嗟の声を上げる者たちの叫ぶ姿を、アリスは見ていた。その、魂を。


 そうしてアリスは、己を改造した、魂と肉体が一致しないさらなる例を見て。


 自分の力を知った。


「……シャルお姉さんがいなかったら」


 一度だけ、考えたことがあった。

 シャルが現れなかったらどうなっていたかと。

 シャルがアリスの前に現れ、そうして、アリスはネクロという組織の女幹部に囚われた。

 まるで、シャルが不幸を運んできたように。

 だが、シャルのおかげでアリスは助かった。シャルはただ巻き込まれただけで、あるいは、自分で首を突っ込んで、アリスを助けに来てくれた傍観者であったはずの者だった。


 それから、アリスはシャルに何度も救われた。

 片目の光を取り戻してくれた。操り人形と化していた自分を救ってくれて、生きる理由を与えてくれた。

 贖罪の機会をもらった。

 だから、と。


「……シャルお姉さんの邪魔はさせないから」


 片腕でぶら下げるようにして持っていた少年ドルイド。うめく彼に、アリスはひどく冷たい声で告げる。


「……う、ぁ」


 シャルたちは公爵家に訪れ、ガンフィールドに招かれて屋敷に入った。

 そうしてまずシャルは、騎士たちと対峙し、その力を証明した。そして、古参であり幹部クラスに至っていた、シエラを、幼いシャルを知る騎士たちを魅了した。

 そうして騎士たちを指揮下に置いて人除けをして、シャルは改めて屋敷に乗り込むことに決めた。


 シャルが公爵との対峙に向かおうとする中、けれどただ一人、シャルの足を引っ張る者がいた。

 絶対に離れないと、今度もついていくと駄々をこねるドルイドを、シャルはどうすることもできなかった。

 だから代わりにアリスが意識を刈り取り、合流地点まで運んだ。


 そうして運ばれるドルイドは目を覚ましかけ、けれどすぐに意識を再び夢の世界に旅立たせようとする。

 ぬくもり――それに、安堵して。

 シャルという庇護者の気配を感じたドルイドは、安心感のままにそのぬくもりに身を任せようとして。

 シャルの香りがしないことに気づいて、急速に意識を浮上させる。


「あ、れ……」


 ゆっくりと目を開き、焦点の合わない視界をにらむ。

 誰かの足が見えた。それから、腹部に感じる圧。

 自分が抱えられていると気づいて、その相手がシャルではないと察知して。


「……はなして!」

「離さない」


 ドルイドは両腕、両脚を大きく振って全力で拘束から抜け出そうとする。だが、冒険者として、戦士として鍛えたアリスの腕から抜け出すことは叶わない。

 バタバタともがきながら、ドルイドはただ必死に、シャルのもとへ行かなければと考える。シャルのもとに行けば安全だから。シャルと一緒にいなければいけないから。


「シャル、シャル!」

「うるさい。シャルお姉さんの邪魔をしないで」

「じゃま……ちがう。じゃまじゃない。いかないと……いっしょにいないと」

「行かせないと言っているのに」


 泣き叫びながら、ドルイドはアリスを見る。シャルの知人――そうわかっても、それは安堵にはつながらない。

 シャルを求めていた。シャルを欲していた。シャルのぬくもりが欲しかった。シャルの顔を見たかった。

 もはやそれは完全な依存で、ドルイドはただひたすらに、手にした庇護を求めて暴れる。


 それでも、ろくに食べて来ず、体が小さいうえに筋肉のないドルイドでは、アリスの拘束からは抜け出せない。

 だからこそ、ドルイドは必死になって暴れながら、声を張り上げてシャルを呼んだ。悲鳴を上げた。

 助けて、と。自分はここにいる、と。

 だが、シャルは答えない。シャルには、届かない。


 ぁぁぁぁぁぁぁ――代わりに、どこか遠くから悲鳴が聞こえてきた。


 そして。


『たすけてあげようか?』

『まりょくをちょうだい~』


 シャルの代わりに、精霊たちがドルイドに応える。

 その声に救いを求めるように、ドルイドは虚空に手を伸ばす。

 ランプの姿をした精霊に、石の姿をした精霊に、火吹きトカゲの姿をした精霊に、手を伸ばす。


「おねがい、たすけて!」

「誰に……ッ」


 何かに求めるように、伸ばされた手。その手から魔力が放出されるのを感じ取って。

 目を細くしたアリスは、息をのみながらも魔法を発動する。

 ドルイドが放出した魔力量からは考えられない、嵐のような魔力の高ぶりを感じ取って。


『いっけ~』

『ドルイドをなかせる子、メッ』

『やっつける!』


 光が、石が、炎が。

 濁流のごとくあふれ、アリスに襲い掛かる。器用にも、ドルイドを避けて。

 強烈な光と熱の奔流に、ドルイドは固く目を閉じ、両腕で顔を覆って防御する。

 激しい轟音が響き、周囲が揺れる。振動が腹部を伝って前進を襲い、ドルイドはくぐもった悲鳴を上げる。


「う……ぁ」


 揺れが収まり、恐る恐る目を開けて。

 くすぶる煙の中、ドルイドはシャルのもとへと駆け出そうとして、けれど足が地面につかないことに気づく。腹部を押さえる腕が、今もまだそこにあることを認識する。


「え?」

「……わたしは、シャルお姉さんの剣であり盾であり目であり耳……だから、この程度で倒れるわけにはいかないの」


 闇が、見えた。

 底知れない、あらゆる光を吸い込む闇――人の形をした、暗黒。

 それが、ドルイドをつかみ、ドルイドを見下ろしていた。

 その闇に、ドルイドはただただ恐怖をしていた。


「……シャルお姉さんに、手を出さないようにって言われていたのに 」


 闇に覆われた顔、ぽっかりと開いた口が、ささやくように告げる。

 瞬間、人型をした影が揺らめき、茨がほどけるように分裂する。

 その奥から、アリスが姿を見せて。


「むぐ!?」


 無数に伸びる闇の鞭はドルイドを縛り上げ、その口をふさぐ。

 それから、空中に伸びた闇は、浮遊していた精霊を襲い、暗黒の球体に閉じ込める。

 ドルイドの耳は、暗闇に囚われたことを訴える精霊の悲鳴を聞く。

 まさか精霊が見えるのか――困惑と恐怖をないまぜにして、ドルイドはアリスを見つめる。


「見えないよ。でも、魔力の高ぶりを感じて、その上、一瞬だけれど魂の経路(パス)がつながったから」


 精霊魔法とはこういうものなのかとうなずきながら話すアリスの言葉の意味が、ドルイドには理解できない。だからただ、精霊の悲鳴を聞きながら、恐怖が強まるばかり。


 ドルイドが発動したのは、精霊魔法スキル。文字通り、魔力を対価として精霊に魔法を使ってもらうスキルであり、魔力の譲渡の際、スキル所有者と精霊は一瞬だけ魂同士がつながる。

 だから、普段は自然に――世界になじんでいるがゆえに認識できなかった精霊を、アリスは見ることができた。


「……中で暴れまわっても無駄だよ。シャルお姉さんを守るために教わって、必死に覚えたんだから」

「……ん、ぁ」

「これは、シャルお姉さんも使えた魔法だから。わたしのオリジナル要素もあるけれど……影と闇は、領域の支配に相性がいい」


 影魔法と闇魔法の複合。

 もはや息を吸うように二属性の魔法をかけ合わせて使うアリスは、影と闇。似ているようで異なる両者を混ぜ合わせ、影であり闇である世界を支配する。

 シャルに教わった魔法を、独自に編み直して作り上げた、シャルの手足として生きるための魔法。

 命の恩人であり、贖罪の機会をくれた相手であり、忠誠を誓った人であり、友人のシャルのために。

 鍛え上げられたスキルは、もはや下位とはいえ精霊を閉じ込めるほどの能力に至っていた。


 けれどまだだと、アリスは額に汗をにじませながら考える。

 精霊三体が暴れるのを押さえるのが、今のアリスの限界だった。これ以上精霊が増えるとアリスでも排除は困難。だからドルイドの口を封じて、精霊のお願いをできないようにしたわけで。


 けれどアリスはまだ、ドルイドという少年の力をわかっていなかった。


 精霊が見え、声が聞こえる――だから、精霊に頼み、精霊が魔法を使ってくれる、というわけではない。

 精霊との意思疎通は前提条件。その上で精霊に愛されているからこそ、ドルイドは精霊魔法を使えた。

 魔力を対価に、精霊に魔法を使ってもらえた。


 ならば。

 対価さえあれば、ドルイドは精霊に魔法を頼める。

 魔力譲渡の際に精神のつながりが生じ、そこで精霊に意思を伝えることで。


 だから、ドルイドは新たにやってきた風の精霊に魔力を渡す。

 それを、アリスは止められない。止めようとすれば、今封じている精霊たちが解放されてしまうから。


 一瞬、アリスの目に精霊の姿が映る。

 体の周りで枯葉を回すトンボの精霊。それが、魔力を放出し、魔法を発動して――


 アリスは衝撃に耐えるために体を低くし、抜いたナイフを構える。

 魔法を使う余裕はなく、けれど、魔法の一つや二つ、叩き切って見せると。


 精霊が、魔力を放つ。

 無数の風の刃――それを前に、アリスは己の死を予感した。

 小さくとも精霊。その魔法は、今のアリスをたやすく切り刻む効果があって。

 アリスは瞬時に無数の選択肢を脳裏に描き、取捨選択を試みる。

 ドルイドを射線上に引き寄せる――シャルに怒られる。

 このまま切り刻まれる――シャルへの恩を返せなくなる。

 ドルイドと精霊を離す――シャルの命令を遂行できない。

 それでも、死んで終わってしまうよりはましだと。

 アリスは現在発動中の魔法を解除しようとして。


「――マーナガルム」


 声とともに、アリスの視界が黒に覆われる。

 伸びた剣が射線上に立ちはだかり、風の精霊の魔法のすべてからアリスを守る。


「……何をやっているんですか」

「シャルお姉さん!」

「んーー!」


 可変剣マーナガルムの形をもとに戻しながらつぶやくシャルに、アリスとドルイドは目を輝かせて叫んだ。


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