679不幸少女と残響
ドクン、ドクンと心臓が激しく鼓動を刻んだ。体の内から触れだす熱が、不快感を伴ってイリガーを侵食していく。自分が自分ではなくなるような、自分という人間が飲み込まれるような、そんな恐るべき力に、イリガーは必死で抗っていた。
地面についた両手の間を、汗が滴る。
ヒヒ――やけに耳に残る笑い声が、イグナイトの意識に滑り込んできた。
顔を上げる。かすんだ視界に、一つの影が映る。
そこには、装甲の大部分がもげ、今にも倒れて機能を停止してしまいそうな機械人形が、メカノイドが立っていた。
顔の半分が壊れているにも関わらず、その顔は醜悪に唇を吊り上げていた。
視線を、動かす。メカノイドの足は、ローザの頭の上に乗せられていた。
もし今メカノイドが全力で足を踏み下ろしたら――ローザは、間違いなく死ぬはずで。そして、今どういう状況になっているかわからないイグナイトの蘇生を頼ることもできなくて。
「やめ、て、くれ……」
ローザを殺さないでくれと、懇願するようにイリガーは頭を下げた。
ヒヒッ――ひび割れた合成音のような声が、大破したメカノイドの口から零れ落ちる。
ふるえるイリガーの腕から、力が抜ける。体が、地面に打ち付けられる。
「お願いだから、ローザを、殺さないでくれ。頼む、頼むよ。頼むから……俺から、ローザを奪わないでくれよ」
土を、つかむ。ゆっくりと這うように、イグナイトがローザへと近づく。
「俺の……大切な人なんだ。ずっと、隣にいてほしくて、隣にいたくて、幸せにしてあげたくて、一緒に幸せになりたい、人なんだよ」
殺さないでくれと、少しでも人間性を持っているなら、殺さないでくれと、この思いをわかってくれと、イグナイトはメカノイドに告げる。
聞こえるかどうかもわからない小さな声で。
そもそもメカノイドに言葉を理解する能力があるのか、あったとして大破しているメカノイドが聞けているのか、それすらもわからずに、イリガーは懇願する。
イリガーにとって、ローザは大切な人だ。それは、自分が所属することになったネクロの上司であり、頼れる強者であるというだけではない。ローザの強さも弱さも、イリガーは知っている。そして、ネクロという闇組織に身を置きながらも、温かい人としての心を失っていないすごい人だとも、知っていた。
イリガーの異母妹でもあるエルニアをどれほど大切に思っているか、イグナイトは知っている。苦労しながらもネクロのかじ取りをする姿も、そばで手伝いながら見てきた。
そうして気づけば、イグナイトはローザを守りたいと、ローザを支えたいと、ローザの力になりたいと、そう思うようになっていた。
ローザの思いを知れば知るほど、イグナイトの中でローザの存在は大きくなった。それこそ、今こうやって、苦しみの中にあってローザの助命を懇願するほどに。
ガガ、ガ――ノイズが走ったような音が、メカノイドの口からこぼれる。錆のように煤けた口が、ゆっくりと動き出す。
にやり、と明らかにメカノイドはイリガーを見下ろしながら嗤った。
『――イリガー・グランスミスが、セレネ・ローズガーデンの実の弟だとしても?』
「…………は?」
メカノイドが流暢に紡いだその言葉に、イリガーは茫然を口を開いて、動きを凍り付かせた。
『君は、ローザ君の実の弟だね。この儂が調べたのだから確かだ』
メカノイドは――そこに宿ったドクターの意識の欠片が告げる。
ドクターがその事実を知ったのは、偶然だった。最初は、エジテーターの些細な一言。
この事実をあの少年に教えたとき、彼はどんな反応をするのでしょうね?――喜色に染めた顔で楽しそうに告げるエジテーターの顔が記憶に残っていて。
だからドクターは、特に理由もなく、イリガーのことを調べた。手に入った血液や皮膚片、毛根などから、オリアナによってもたらされた技術を使って調べた結果。
ローザとイリガーが同一の父と母を持つ姉弟であることを、ドクターは突き止めた。
それは、自ら扇動家を自称していたエジテーターがドクターに残した、最後の悪意。
『――過去の記録を漁って、答えは見つかった。好色な王がローズガーデン夫人を召し上げたときにはすでにお腹に子がいた。それが君だよ、イリガー君。そして、夫人は出産後、改めて王と子を設け、君とローザ君の異父妹であるエルニア君が生まれたというわけだ』
ドクターが語る言葉が、イリガーの心を強く揺さぶる。そうして、その隙を、イリガーの体の中で広がる熱は――侵食者は、逃がさなかった。
ドクン、とイリガーの心臓が強く脈打つ。ひどく胸が苦しくなって、イリガーがもだえ苦しむ。その光景を、ドクターは楽しそうに見下ろしていた。ぎょろりと金属の眼球が回る。
「ぐ、うう、あああああああああああああッ⁉」
口から泡を吹き、エビぞりになったイリガーが絶叫する。
その声が、倒れていたローザの意識を覚醒させる。
「何……ぐぅ⁉」
邪魔をするなと、ドクターが強くローザの頭を踏みつける。割れるような頭部の痛みにローザがくぐもった悲鳴を上げ、それがますます、イリガーの意識をそらし、抵抗力を小さくする。
そして、イリガーという存在は、口を開いた虚無へと飲まれて。
目から光を失ったイリガーが、ゆっくりと体を起こした。
『流石だ、ヴィヒテンガー……いや、エジテーターを取り込んだ者、と呼んだほうがいいかな?』
ドクターの声を聴いて、ローザは今度こそ言葉が出ないほどの驚愕に襲われた。
魂を砕かれて確実に死んだはずの男が、エジテーターが、まだそこにいるという事実に、ローザは思考を停止させた。
ごめんなさい――閉じこもる心からこぼれるように、ローザの口が小さく謝罪の言葉を紡いだ。
(どこだ、ここ?)
暗闇の中、イリガーは周囲を確認する。
見渡す限り何も見えない、底なしの闇。光一つないその世界の中で、けれどイリガーは自分でも不思議なほどに落ち着いていた。
居心地のよささえ、覚えていた。
苦しみから解放されたような、すがすがしさがあった。
まどろむように、イリガーは目を閉じて――その脳裏に、一人の女性の姿が思い浮かぶ。
夕日のような赤い髪が揺れる。澄んだエメラルドの瞳が、まっすぐにイリガーを見ていた。
赤い唇が開き、ローザが何かを告げる。
その言葉が聞き取れなくて。聞きたいと、思って。
イリガーは手を伸ばそうとして――
目を開く。
目を開けているかもわからないその世界は、今度は居心地のいいものには思えなかった。
(ローザを助けないと)
心の熱が、イリガーを揺さぶる。たとえ姉だとわかったからと言って、イリガーの心に満ちる熱い思いが消えるわけではない。
確かに、王侯貴族は確実に血を残すというお題目で近親相姦を、兄弟姉妹での結婚を禁止していた。けれど平民には、そんな法律はない。
(……ローザ)
熱に浮かされたように、名前を呼ぶ。魂が、ローザを欲していた。ローザを求めていた。
ローザを、一緒にいたかった。ローザに、きちんと名前を呼んでもらいたかった。ローザに、笑いかけてほしかった。ローザを、苦悩から解放してあげたかった。何の憂いもなく、安らかな日々をローザと一緒に過ごしたかった。
やりたいことが、やるべきことが、たくさんあった。
こんなところで寝ている場合ではないと、イリガーはそう心に言い聞かせて。
暗闇を探るように、手を伸ばそうとした。
闇の中、見えないそこに、けれど手の感覚はなかった。手どころか、足も、体も、感覚がなかった。目も、耳も、口も、感じられなかった。
一気に、イリガーの心に恐怖が満ちる。そして、思い出す。自分は過去に、こんな状況になったことがあると。
かつて、エジテーターという男に憑依されて、視覚と聴覚と触覚だけを共有された状態。肉体が勝手に動くあの時感じた底なしの闇に飲まれるような感覚を、思い出した。
「……憑依?」
思い出す。
ドクターに呼ばれていた「ヴィヒテンガー」という男のことを。その名は、かつて神聖剣の試練でともに戦った、空を蹴る戦士のもの。
彼が憑依スキルを覚えて、死の間際に別の誰かに憑依して。その果てに、ドクターの魔の手に落ちたのではないか――その予想はイリガーの中にすとんとはまった。
これしかない、とそう思って。
けれどだからこそ、イリガーの心は絶望に満たされた。
かつてエジテーターに憑依された際、自分の体が勝手に動かされてシャルを刺した記憶が、思い浮かぶ。何もできず、ただ体を動かされる絶望。
その思いが、イリガーの心の中の熱をかき消す――ことはなかった。
絶望はもう、イリガーに思考を止めさせない。ローザを助けないといけない――そんな強い思いが、イリガーの絶望を、押し流す。
そして、イリガーの強い覚悟の気持ちにこたえるように、暗闇の中に一つの小さな光が見えた。
イリガーは手を伸ばすような気持で、その白く温かな光を求める。懐かしい気配を感じるその白い光が、強く発光して。
そしてイリガーの意識は、閃光の中に飲まれた。
「……ん?」
世界が、闇から現実へと戻って。
目の前に、ギシギシを目を瞬かせるような動きをするメカノイド――ドクターの姿を見つけて、イリガーは反射的に握った拳を、ドクターの顔面に叩きつけた。
金属を素手で思いっきり殴る――明らかに反作用で激痛が襲うだろうその行為は、けれどイリガーに激しい痛みを与えることはなかった。
視界に映った自分の腕の白さに、イリガーは首をかしげる。ぼろきれのように破れ、ほつれたその腕は、淡い白色の光に包まれていた。
「イリガー……?」
幽霊でも見たような顔で、目を見開いてぽかんと口を開けるローザと、目があった。
遠くで枯れ枝が鳴る音が、戦闘の音が、雪が崩れる音が、やけにはっきりと聞こえた。
『なるほど……精霊か』
はっきりと、聞こえすぎるほどにノイズ混じりのドクターの声がはっきりと聞こえた。そして、イリガーは自分の頭部に、人間のそれとは異なる耳が生えているのを感じた。
けれどその困惑も、一瞬こと。
『にゃっ』
懐かしい声が体の中で響き、イリガーは様々な思いをすべてなげうって、勝利ために一歩を踏み出した。
イメージと同時に、イリガーの手に風の爪が出現する。すべてを切り裂く、不可視の爪。
風魔法においてイメージ可能な最も強いものを思い浮かべて、イリガーは地面を蹴って走る。
一歩、予想外の脚力にバランスを崩しそうになったイリガーを、風が優しく支えた。
二歩、ドクターの前にたどり着いたイリガーが、その指に映える獣の爪――それを延伸した風の爪を、ドクターへと振り下ろす。
爪と金属の装甲がぶつかり合って。
けれど亀甲は一瞬で、イリガーの爪は、ドクターの体を、メカノイドの装甲を、たやすく切り裂いた。
それは、ドクターがそのメカノイドの体をイグナイトの炎に対抗できるようにチューニングしていたからだった。
イリガーの猫の爪が、ドクターを深く切り裂いて。
ボン、と白煙を上げたドクターが、メカノイドが、地面にゆっくりと倒れていった。
「ローザ!」
そんなドクターに一瞥をくれて、イリガーは一目散にローザのもとへと走り寄る。
「大丈夫か⁉ケガは⁉何かおかしなところはないよな⁉」
「おかしいのは貴方よ」
イリガーに抱きかかえられるようにして体を起こしたローザが、やれやれ、と首を振る。その動きでどこかが痛んだらしく、ローザが顔をわずかに引きつらせる。
それを察知したイリガーが、不器用に動きを止める。
体が動いてしまって痛むことのないように――そんなイリガーの気遣いを感じながら、ローザはゆっくりと口を開いた。
「全部……聞こえていたわよ」
「聞こえてた?何、が……ッ」
その意味するところに思い至ったイリガーが、ボッと火を噴くように顔を赤面させる。
逃れるように視線を逸らすイリガーを、ローザは逃がさない。わずかに痛む両腕を持ち上げて、ぎゅっとイリガーの首を自分のほうへと向きなおらせる。
「馬鹿ね、こんな私が、大切なんて」
「そんなことを言うなよ」
むかっ腹に任せて、イリガーが吠える。苦しそうに、悲しそうに。
「知ってるんだよ、ローザの強い所も弱いところも、格好いいところも、格好悪いところも、可愛いところも、小憎らしいところも……そういところ全部ひっくるめて……俺は、ローザが好きなんだよ」
好き、と口の中でローザは静かに言葉を繰り返す。そんな言葉を投げかけられたのはいつぶりだろうかと考える。
考えるまでも、なかった。過去、ローザのことを好きだと言ってくれた家族以外の者は、シュナイツァーだけだったから。
家族。その言葉がローザの頭の中でめぐり続ける。
考える。ドクターの言葉は、正しいのか。正しい、と、そう思った。灰をかぶったような髪と水色の目、何よりもその容姿は、成長するごとにローザの父親の面影を見せるようになったから。これが、ローザがイリガーに父性を求めているわけではなければ、だが。
「……私は――」
「いいよ。返事なんて」
覚悟が決まった顔をしたローザの言葉を、イリガーが遮る。もとより、この思いを告げるつもりなんてなかった。ただ、ローザの隣に立っていればよかったから。それ以上を、求めるつもりもなかった。思いを真剣に考えてくれた、それで、十分だった。
ドォォン――遠くで激しい戦闘の音が響く。イリガーの耳がぴくぴくと動く。
ローザが口を閉ざす。向けるべき先を失った言葉が、ローザの中で蟠る。
「……ッ⁉」
「どしたのよ……ってちょっと⁉」
いきなり血相を変えたイリガーが、ローザを横抱きして立ち上がる。猫の――精霊の風魔法による支援を受けて脚力やらをもって、イリガーは急いでクレーターの傾斜を駆けあがる。
その前に見えた光景に、ローザが息をのむ。
「イグナイト⁉」
その叫びはローザのものか、イリガーのものか。
焦燥を露わに、二人は倒れるイグナイトへと近づく。
イリガーがローザを下ろす。
ローザとイリガーが、砂になって崩れていくイグナイトの手に、触れる。
イグナイトの体は、末端から少しずつ灰のようになって崩れ落ちていた。
「ッ、ちょっとだけ耐えなさい!今シャルが作ったソーマを……ッ⁉」
収納からミスティックソーマを取り出そうとしたローザの動きを、弱々しい動きでイグナイトが遮る。何よ、とローザはキツイ視線をイグナイトに向ける。
「……多分、そんなものを使ったところで効果はない」
空を向いたまま、イグナイトが告げる。その目はもう何も移していなくて、その耳も、どこか遠いことのようにわずかな音を拾うばかりだった。ローザの声だって、まともに聞こえていなくて。
けれど焦燥を露わにするローザが何をするか、行動を共にしていたイグナイトは、よく知っていた。
ローザの動きを止めていたイグナイトの手も、灰のように朽ちていく。
ぽろぽろとローザの目から涙がこぼれた。必死に呼ぶイリガーが、体をゆする熱だけが感じられた。
「フェニックスの力を無理に使った、代償だ。……ったく、泣くなよ。ほんと、お前ら姉妹は――」
崩れ行く腕で、ローザの目尻を拭う。
止められたにも関わらずローザはイグナイトの体に、顔に、ソーマを振りかけた。
だが、その肉体の崩壊は止まらない。なぜなら、この症状はイグナイトの生命力が魂の力とでも呼ぶべきものが枯渇したことによるものだから。回復力のないソーマでは、イグナイトの症状など、治らない。
絶望に、ローザが声を上げる。
遠くで響くその声が、過去の残響を呼び覚ます。
目を、閉じる。
イグナイトの瞼の裏で、エルニアが微笑む。
こっちだよ、と手が伸びる。その手へ、イグナイトは手の伸ばす。
「ああ、俺は――」
――お前が好きだ。
もう決して届かないと思っていた言葉を思い、そして、イグナイトの体は灰となって消えた。
ローザとイリガーにとって、イグナイトは兄のような存在だった。年齢的な意味でも、意外と気づかい屋なところも、そしてエルニアという二人の妹の知り合いでもある過去を共有できる人物で。
兄の死に、ローザとイリガーは、泣いた。
泣いて、泣いて、そんな二人を励ますように、最後の二つの光のしずくが降る。
その光は、フェニックスが散らした命の灯。イグナイトが燃やし尽くした命が生んだ、願い。
手を伸ばしたローザとイリガーの手のひらの中に光は沈み。温もりが、二人の体を包み込んだ。
ありがとう――声が、聞こえた気がした。イグナイトと、もう一人。
大切な少女の声が、混じって聞こえた気がした。
わずかな擦り傷が、痛む体が、癒えていく。
イリガーの精霊との一体化が、溶けていく。その頭の上に、美しい雪のような毛並みを下猫が現れる。空色の瞳が、じっと天を見上げていた。
ふわぁ、とあくびを一つ。
たしたしと前足でイリガーの頭を叩く。まだ、戦いは終わっていないだろうと。
だが、イグナイトの死に打ちのめされるイリガーは、立ち上がれない。
全く、と精霊猫シルフィーキャットは小さく息を吐いて。
『まだすべきことがあるだろう?泣いている場合じゃないよ』
びくん、とイリガーとローザが肩を跳ねさせる。恐る恐るといった視線が、精霊猫へと集まる。
「「……喋った?」」
ぽかんと口を開いたまま動きを止める二人の耳に、足音が近づいて来る。その音にすら気づかないほど、二人はしゃべる猫という事実に飲まれていた。その猫が精霊であることを想えば、それほどおかしくはないことなのだが。
『……全く、どうしてこんなおかしな状況になってるんだろうねぇ。そう思わない?アーサー?』
ローザとイリガーの下へと近づいてきたアーサーが、二人と同じかそれ以上に驚愕に顔を染める。パクパクと、口が音もなく開閉を繰り返す。その声に、アーサーは聞き覚えがあった。聞き覚えが、ないはずがなかった。
「…………まさか、ヴィヒテンガー、か?」
帝国におけるアンデッドドラゴンとの戦いの中で裏切り、死んだはずの仲間が。
なぜか猫の姿をしてアーサーたちの前に帰還した。
現実に戻って来いと、精霊猫改めヴィヒテンガーはイリガーの頭を軽くひっかき、その悲鳴でローザとアーサーは現実へと意識を戻す。
ヴィヒテンガーは語る。エジテーターと共に魂を砕かれて、けれどそのエジテーターと魂が接着剤のようになって、一つのいびつな魂となって、死体に憑依していたのだと。
その果てにドクターに捕まって改造され、その頃にはほとんど自我を失っていたこと。
憑依していたイリガーから弾き飛ばされる際に、温かな光に飲まれて、気づいたらこうなっていたこと。
『おそらく、この精霊も仮死状態にあったんじゃないかな。そこへ魂が混じり合い、憑依の力で活性化した、のかな?まあそんなわけで今の彼の契約精霊だよ』
顔に手を当てて、アーサーは天を仰いだ。
指の隙間から覗く青い空が、やけに目に刺さった。
「裏切ってなくて、よかった……信じれなくて、悪かった」
歯を食いしばって詫びるアーサーに、ヴィヒテンガーは小さく首を振って、気にするなと答えた。
イグナイトだった灰を、ローザが回収する。せめてエルニアと共にしてあげようと、そう思いながら灰を詰めた袋を鞄にしまった。
そうして、様々な思いを抱えながら、三人プラス一匹は神山の頂上目指して走り始めた。
ガガ、ガ――不穏な駆動音を響かせながら、メカノイドがゆっくりと立ち上がる。メタリックなその目は、未知への好奇心でいっぱいだった。
『神の、降臨……未知をこの目に……』
オーバーヒートする機体を無理やり稼働させながら、ドクターの意識の欠片が宿った、大破したメカノイドが歩き出す。
早歩きになって、走って、滑るように雪の上を疾走して、そして彼は頂上にたどり着いて。
そして、彼は見た。
白い半球状の壁が割れて、崩れていくところを。その殻は、まるで雛の誕生の瞬間のように、割れ、祝福するように風が吹き荒れる。
膨大な神聖力が、ただ一点へと集まっていく。
ふわりと、浮き上がる女性の影が一つ。
魔女オブリビアへと、莫大な神聖力が集まる。
その体が光り輝く。胸元で、光を反射した銀のロケットペンダントが揺れていた。
そして、閉じられていた目が、ゆっくりと見開かれる。
瞬間、世界に神の息吹が吹き抜けた。そして――
『ガ⁉』
ドクターの後頭部を強い衝撃が襲った。
倒れるドクターは、わずかに首をひねり、その視界にひと房の淡いピンクの髪を見た。
そして、看過できな熱がメカノイドの機構の中心部を襲い、ドクターという存在は、今度こそ完全に世界から消え去った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
木の棒を振り下ろした姿で、少女は動きを止めていた。
反射的な行動だった。その金属の人かどうかも怪しい姿を見た瞬間、魂が叫んだ。この存在を斃さないといけないと、許せないと。
過去の人物が怪物のように思えて、彼女は神山の頂上に限りなく近い雪の上で膝を抱えた。
「ねぇ、私は誰なの。私は――」
そうしてオリアナは自問自答を続けた。その答えは、見つからない――




