6不幸少女と二度目の戦闘
本日二度目の更新です。
まだの方は前話からお読みください。
昨日と同じように木の棒で枝葉についたくもの巣を払い落しながら、シャーロットは耳を澄ませて魔物を探し歩く。
一夜明けて異様に疲労の抜けた足でなだらかな斜面を踏みしめる。時折響く獣の声らしき音の方へ視線をやり、ガサガサと枝葉がこすれる音に立ち止まり、先手を取れるように集中しながら進むシャーロットの視界に、その姿は入り込んだ。
昨日目にしたのと同じ深緑色の肌の頭頂部が、高めの雑草の向こう側で揺れ動いていた。
(数は多分一つ。先手を取りたいところだけれど、草に邪魔されて魔法が当たる気がしない。なら、出てくるのを待って奇襲する!)
現在シャーロットがいるのは大きな木のすぐそば。日陰になるからか栄養不足からかその周りの雑草は総じて背が低く、逆にゴブリンがいる側は木々が少なく草丈が高い。
幸い、ゴブリンの方はこちらへ向かって来ているらしく、草をかき分ける音がだんだん大きくなっていく。
シャーロットは幹の裏側に体を隠し、息を整える。
(あと少しで出てくる。それに合わせてウォーターボールを頭に打って『ギャギャギャッ』ッ⁉)
シャーロットの右側、立ち並ぶ木々、その後ろから醜悪な叫び声を上げながら一匹のゴブリンが飛び出してきた。
「同時攻撃⁉でも少し時間差がある。落ち着け!まずはこいつから仕留めるッ——ウォーターボールッ」
奇襲を予定していた先からだんだん近づいてくる奇声を意識から押しやり、右方向のゴブリンをしとめにかかる。
手のひらの先の空間に生み出された水球がゴブリンの頭部へと直進する。予想しなかった攻撃に対して目を見開いたゴブリンは、片手に持っていた棍棒で水球を叩く。
「くっ」
水球を構成する水の一部が飛び散り、崩壊しかかる魔法をさらに魔力を込めることで何とか維持する。少し小さくなった水球はゴブリンの顔面にへばりつき口と鼻をふさいだ。
『グギャッ!』
予想以上の近距離から響いた奇声に反射で飛びのくと、先ほどまでシャーロットが立っていた場所に棍棒が叩きつけられた。
飛びはねた小石がシャーロットの右ふくらはぎに当たって血が流れる。
「ッのぉ!」
右手を魔法の方へと向けたまま、とっさに左足で蹴りを放った。つま先が棍棒を握る左手にあたり、ゴブリンは棍棒を手放して後ろに転がる。
(落ち着けッ!魔法の維持!こっちのゴブリンは急いで仕留めなくていい。逃げる……避ける!)
ゴブリンは痛みに感覚が麻痺したらしい左手をぶらんとさげたまま、反対の手で棍棒をひっつかんで怒りの形相で向かってくる。視界の端でもがき苦しむゴブリンから近すぎず遠すぎずの位置を保つように、シャーロットはぐるりと半円を描くように駆ける。
怒りに我を失ったゴブリンは、仲間を助けるという選択肢を考えることもなくシャーロットに向かって一直線に駆けていく。
(速い!いや、私の足が遅い!そろそろ向こうのゴブリンは溺死した?……まだ動いている。なら……この攻撃をかわして向かうッ)
ちらりと視線を動かして地面の上でもがき苦しむゴブリンを確認。相変わらず棍棒を地面に叩きつけるよう縦に振る単純な攻撃を、進行方向を変えて避ける。後ろから追いかけてくる足音に鼓動を弾ませながらも、横たわったゴブリンの首を踏みつける。
ボキッと固いものが砕ける音を残し、ゴブリンが動きを止めたのを確認。魔法を解除、それから、足の裏から魔力を放出して先ほどまで繰り返していた魔法を発動。
『ギャブッ⁉』
突然柔らかくなった地面に足を取られたゴブリンは顔面から地面に激突した。
「このッ、死、ねえぇぇッ」
体を反転、すぐそばに倒れるゴブリンの後頭部めがけて両手に持った木の棒を思いっきり振り下ろす。何度も繰り返し、ゴブリンの叫び声が途切れたところで攻撃をやめた。
「ふっ、ふっ……やった、斃した」
荒い息に肩を上下させ、二匹のゴブリンが動かないことを確認。顔を上げ、これ以上の追加が来ないことを確かめてから地面に腰を下ろした。
「二匹同時はきついですね。それにこちらが奇襲される可能性を完全に忘れていました。大失態ですね」
ゴブリンの姿を確認して奇襲することを決めた時点で、シャーロットはそれ以上周囲を警戒することをやめ、他の魔物が近くにいる可能性を考慮しなかった。
結果、シャーロットが奇襲を受けて窮地に陥ることになった。
ゲーム世界という認識があったため、シャーロットはつい魔物戦で確実に先手が取れると思い込んでいたわけである。
「スキルの……危険察知でしたか?索敵でもいいですけれど、そのあたりを習得したいですね。それから複数相手の戦闘については……初めてにしては上出来ではないかでしょうか。二匹相手には一匹をウォーターボールで足止め、もう一匹から逃げながらも魔法を維持して、数を減らしてから反撃。とはいえ、ウォーターボール二つ目を放てないくらい魔力を消費するのはいただけないですね」
確認したステータスの魔力残量は8だった。戦闘開始前に18あったので、一度の魔法で10使ったことになる。ウォーターボールを食らった相手はやみくもに両手足を振り回すので近づくのは危険だ。動きがほとんどなくなるまで魔法を維持するしかない。
加えて、今回の戦闘では魔法が解けそうになって維持のために余分に魔力を消費することになった。魔力操作の練習が足りていない。
「んー、ウォーターボールの魔法は格上の単体相手向きでしょうかね?ゴブリン一匹にここまで魔力を消費していてはいつまでたっても強くなれませんよ。となると、風魔法で首を切る……威力不足。火魔法……は今の所焦げ跡をつけるくらい。ゴブリン相手ならへっぴり腰くらいにはさせられますか?土魔法で転ばせる手は悪くありませんでしたね。足の裏から魔力を放出するのも土壇場でうまく行ったし、この手はありですね。あとは、投擲?筋力不足……風魔法で加速させる?当たりますかねぇ」
近くに転がっていた小石を手に取り、イメージする。投げた小石に追い風を吹かせて加速させる。狙いを定めて
「追い風ッ」
座った状態で小石を投げ、その瞬間に魔法を発動。空中の小石に魔法で生み出された風が吹き、小石は狙った的から大きく外れた方へと勢いよく飛んで行き、幹にめり込んだ。
「威力はある。でも狙いがつけ辛い。今のままだと集団相手に開戦時、当たったらラッキーってところでしょうか。投げずに放つのは……」
再び小石を拾い、今度は手のひらを開き地面と平行に保つ。手の上の小石を風がさらって標的に叩き込むイメージで。
「風よ運べッ」
ひゅうと手のひらを撫ぜた風が小石をさらう。ふわりと浮かび上がった小石は空中でさらに風を受けて勢いを増していき、狙ったすぐそばの枝に衝突、枝をへし折って地面へと落下していった。
「あー、魔力消費が多いけれど精密射撃ができそうですね。風を当てる時間を短くすれば魔力は節約可能。もう一回試して……ああ、魔力が足りませんか」
森の中という魔物はびこる危険地帯で残り魔力2の数値をたたき出し、反省もかねて今日はこれ以上魔法の練習をしないと決めたシャーロットだった。