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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
15.ドラマティックアイロニー

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564不幸少女と試験と証明

 前期中間試験は一週間にわたるが、その講義時間はいつもと変わらず、ただこれまで通り教室に赴いて講義を聞く代わりにテストを受けるだけだった。

 実技講義を受けていたらまた違ったのかもしれないが、シャーロットとヒスイはただ淡々と試験に臨んだ。


 この試験期間において最も大変なのは、実のところ教員であった。試験の一週間が開けた週の初日に試験結果を発表するため、遅い講義だとわずか二日程度で、それも受講者数が多い講義は三、四十人の採点をする必要に駆られることとなる。

 全校生徒百三十人ほど、一学年が平均四十人のこの王立学園において、教員たちの試練が始まっていた。


「できた、できました!ありがとうございますシャルさん!」


 魔法陣学の講義の終了後、マナーもへったくれもなくシャーロットに飛びついてきたのはミッチェルだった。甘い匂いの香るハニーブロンドの長髪をたなびかせる小柄な彼女は、シャーロットの腹部に頭突きをするように飛びつき、安堵に体を震わせなが、シャーロットの胴体にわしとしがみついた。


「お疲れ様です、ミッチェルさん。試験のできはよさそうですね」


「はい!シャルさんのお陰です。特に前日のあれが……」


 ハッと顔を上げたミッチェルは、それから秘密でしたね、と言いかけてしまったことに申し訳なく思って頬を赤らめた。

 魔法陣学の試験の前日、すなわち試験週間前日の休息日。シャーロットはあまりにも不安がっていたミッチェルと寮の空き部屋の一室を借りて勉強に臨んでいた。そしてその際、シャーロットは対象の思考速度を加速させる時空魔法をミッチェルに使用していた。

 シャーロットが伝説の時空魔法を使えることに驚き、1級冒険者ならありうるのかと興奮し、そして冷気を湛えた目をしたシャーロットを見て、ミッチェルは慌てて試験勉強に臨んだ。

 普段の三倍ほどの速度で丸一日——すなわち三日分ほどの思考時間を試験に費やしたミッチェルは昨日、脳が沸騰しそうなほど疲れ切っていた。

 とはいえその甲斐もあって、今日の試験では満足のいく結果が出せそうだった。


(……おそらく試験では必要ないと話してしまっていた理論分野の話がわずかばかりとはいえ出たことは申し訳なかったですが、無事に高得点を取れそうで何よりですか。理論で用いる数学も高校物理学レベルの難易度ですし、それほど難しいテストではなかった感じですかね?)


 シャーロットもまた、ある程度自身のある解答をできたことにほっと一息つき、これから食堂で一緒に甘い者でも食べませんか、とミッチェルを誘う。

 満面の笑みを浮かべてうなずくミッチェルと共に、シャーロットは悠々と魔法陣学の講義教室から退室したのだった。





「……ヒスイさんは試験の方は……問題なさそうですね」


「まあ、特にこれといった話すようなことはなかったな。せいぜい礼儀作法の講義の実演で緊張したといった程度の話だ。それもSランクの魔物と戦うことを思えば、少々冷や汗が流れる程度のことだ」


「Sランク……」


 フォークを片手に、ぽかんと口を開いたまま固まるミッチェル。その手に持つフォークからケーキが落下しかけ、シャーロットが風魔法でサラの上に運ぶ。


「あー、ドラゴン当たりの威圧感はすごいですよね。リヴァイアサンもアンデッドドラゴンも、強者の風格がすごかったですね」


「だろうな。まあ、シャーロットが持っているエンシェントソーン……あの世界樹も強かったな。大陸の半分近くが、栄養も水分も全て吸われた荒野になりかけていたからな」


「あれは帝国領土あたりでしたか」


「今の地図だとそうだな。当時のことを考えると、帝国領土辺りはずいぶんましになったな。むかしは魔物一匹いない不毛の土地だったんだが」


「あのぉ……」


 恐る恐る口を開いたミッチェルに、シャーロットとヒスイが視線を向けて不思議そうに首を傾げる。ちなみに、ヒスイとミッチェルの最初の会話は、昨日勉強で疲れ果てたミッチェルへとヒスイが差し入れを持ってきた際であった。ミッチェルの中では、ヒスイは甘いものをくれるいい人という評価になっていそうである。

 突如無言になった二人からの視線に一瞬体を硬直させたミッチェルは、けれど胸の内に燻る疑問が躊躇いを上回り、一度は閉じかけた口を開く。


「帝国領土の大部分が荒野である理由が世界樹?という魔物のせいだという話は寡聞にして聞かないのですが……」


「……あぁ、そういえばもう文献にも残っていないか」


「というか具体的にいつ頃斃したのですか?」


「いつ頃………んー、一万年くらい前になるのかな?今の文明から二つ三つ遡るわけだから……八千年くらい前かな?」


「え、八千、年?ヒスイさんって……エルフなのですか?」


「私の耳はエルフのそれに見えるか?」


 ヒスイは髪を掻きわけて耳を露出させて見せる。

 ミッチェルはじっとその耳を観察するが、日焼けせずに白い耳は人間のそれ以外には見えるはずもなかった。


「見え、ません」


「まあそういう訳で私はただの人間だ。知り合いに数名、エルフはいるけれどな」


「ほえぇ……私はエルフの方に会ったこともありませんよ。長生き?しているといろんな人と出会うんですねぇ」


 ヒスイが数千年は生きていると言われても嘘だと考えないあたりはミッチェルの美徳だろう。少し楽しそうなヒスイを見て、シャーロットは肩をすくめて紅茶を口に運ぶ。


「ん?下手をすると私と同等以上にシャルの方がエルフと接点がある気もするけどね。何人のエルフと会ったことがあるんだっけ?」


「私ですか?ええと、フィラメルにエレオノーレ、ファウスト、ミラクル、コニメルク、吸血鬼始祖、シリウス、サラ、……八人ですかね」


「八人……え、シャルさんも……」


「ああ、私は13歳ですよ」


「本当に山有り谷有りの濃い人生を送っているよな。それに、リエトロも加えれば九人か」


「リエトロ?」


「ああ、封印の使徒だ。シャルのスキルを封じたりしていたのはリエトロの封印だろうな」


「リエトロ……」


 その敵の名前を、シャーロットは脳裏に刻み込む。自分のスキルを封じた理由は不明だが、シャーロットの敵であることは間違いないように思われた。


「ほえぇぇ……」


 何かに感心しきりのミッチェルに気が付いた、シャーロットが苦笑を浮かべる。


「まあ、今は試験のことだけを考えておきますよ。どこにいるかもわからないエルフを探すのはそれからでも遅くないでしょうしね」


 エクレアをほおばり、シャーロットはそう告げる。頭の中では午後に控える講義の内容が巡っていた。





「……へぇ」


 試験の結果発表は個別にプリントで配布される。だが、パーセント評価によって示される学園全体における順位は、特別に職員室前の通路に掲示される。

 その一覧を見ながら、シャーロットは小さく感嘆の声を漏らした。


 貴族の名前が連なるその一覧の頂点には、ヒスイに名前があった。


〈前期中間テスト全体成績発表

1位 ヒスイ 99.5%%(講義数6)

2位 レイモンド・ダル・ノストウェイ 99.2%(講義数11)

3位 ハスタ・シトラス・ゲルドツィッヒ 97.8%(講義数9)

4位 シャーロット・ヴァン・ガードナー 96.3%(講義数5)

5位 クロノワール・バルター・リリエンタール 96.1%(講義数7)

6位 フランセスタ・キール・モルグト 95.8%(講義数6)

7位 ヴィンセント・シトラール・ラーデンハイド94.5%(講義数5)

8位 シャル 93.8%(講義数6)

9位 ジャスミン・ティナル・ユグドラシィ 92.9%(講義数8)

………〉


 ギリ、と歯を食いしばる音が近くから聞こえて、シャーロットはそちらの方を向く。

 順位表の目の前、最前列。そこに背の高い美丈夫がいた。銀の長髪に、淡い桃色の瞳をした彼の顔はシャーロットには見覚えのないものだった。

 その人物はギロリとシャーロット——の隣に立っていたヒスイを睨んで床を強く踏み鳴らしながら歩き去っていった。


「……ヒスイさん、今のは?」


「ん?彼か……レイモンドだな。レイモンド・ダル・ノストウェイ」


 ああ、とシャーロットは再度順位表を眺めて理解をした。ゲームではこの順位発表における最上位はそれほど重要ではなかったが、第一学年の前期には半分以下の順位にいた主人公オリアナをあざ笑うシナリオがあった。


「で、知り合いですか?」


「少し顔を合わせる機会があっただけだ。彼は図書委員長らしい」


「図書委員長……ああ、図書館の主ですか」


「へぇ、シャルも知っていたか」


 図書館の主とか、図書館の貴公子とか、貴族連中はどうしてこうも図書館の、という呼び名が好きなのだろうか。

 そんなことを考えながら、シャーロットはヒスイに頷きを返した。


「ミッチェルさんが話していたので。彼女、意外……というわけではありませんが色恋ごとの話が好きらしいですね」


「ふむ、まあそういう年齢ではあるか」


 そんなものかとうなずいたヒスイは、そろそろ行くかと提案し、二人は連れ立って順位表の前の集団の中から分かれて歩き出した。






「実は一部の教員および貴族たちから批判が上がっていてね」


 はぁ、と気のない返事をしたのはシャーロットかヒスイか。

 久々に——本来はそう何度もあるようなことではないのだが——学園長室に呼び出された

二人は、学園長の前に立って顔を見合わせる。


「それで、批判とは?」


 剣呑な口調で口火を切ったヒスイの言葉に、まあ待ちたまえと学園長は手で制するそぶりを見せる。


「君たち二人は冒険者としてこの学園に入学した……それは事実だろう?」


「そうだが、それが何か?」


「一部の教員及び貴族の批判というのは、まさにそこに繋がることだ。冒険者としての武力が優れているとして入学した学生が戦闘関連の講義を一つも受けずにいるのはいかがなものか、とね」


「なるほど?とはいえ私たちは戦闘力を理由に学園に特待生枠で入学したわけではありません。あくまでも高位冒険者という貴族に匹敵する地位を理由に、留学生的な立ち位置であったと記憶しているのだが?」


「ええ、それはもちろん。けれど教員はともかく、貴族の中にはそれを知らない者も多い。批判が沸き起こるのもやむなしといったところだ」


「………で、私たちに何をさせたいのでしょうか?」


 にこやかに会話を続けるヒスイを無表情に淡々と話す学園長。二人の間に割って入ったシャーロットは、さっさと話し合いを終わらせてしまおうと並行線を辿り始めた議論の終着点を模索する。


「ふむ、シャル、ヒスイ、君たちには剣術及び魔術のどちらかの講義でその力を学生及び教員たちの前で発揮してみてほしい」


「つまり、能力の証明をしろと」


「君たちにとっても利益は多いはずだ。第一に、学園の教員たちは明確に、君たち二人に教える技量が自分たちにないことを理解して引き下がるだろう。そして、学生を通じてその情報は貴族たちにも伝わるはずだ」


「……それをしなかった場合は?」


「この学園はあくまでも独立を保っているが、その所属はラーデンハイド王国だ。国からの反発があるとそれほど抵抗はできないと思ってくれていい。こちらとしては不本意だが、例えば君たちにカンニング疑惑が出たとして、捏造された証拠を提示されてしまえば学園としては二人の退学処理を行う場合もある」


「……つまり、圧倒的力を見せて敵を黙らせればいいな?」


 ひどく冷たい視線をヒスイは学園長に向ける。その手の脅しを、ヒスイは腐るほど見て来た。腐るほど経験してきた。

 ああ、国というのは、貴族というのは変わらない——ただ淡々と、ヒスイはその実感を噛みしめた。


「……それで構わない」


 これまではきはきと言葉を重ねていた学園長に一瞬の間があった。わずかに頬ににじむ脂汗は、ヒスイとシャーロットが今にも暴れ出さないかとひやひやしているためか、あるいはヒスイの空気に圧倒されたためか。


「了解した」


 挨拶もそこそこにヒスイは反転して扉へと歩き出す。


「剣術の講義で対応をお願いします。詳細は後程連絡をください」


 シャーロットもまた小さく頭を下げて学園長室を後にする。

 二人はもう振り返ることはもちろん、再度頭を下げることもなく、扉の先に姿を消す。


「………有望な若い目に潰えてほしくないただの教師心だよ」


 学園長がつぶやいた言葉は、閉まった扉に遮られた。






「剣術の講義で構いませんよね?」


「そうだな。魔法では周囲への被害が大きすぎるし、手の内を晒すのは趣味じゃない……だろう?」


「そうですね。武力で脅す以上、手の内を見せるのはなしですね。とはいえ結界は必要ですか。剣術の講義場所に結界は……ありませんよね」


「結界なら私がやろう。……久々に本気を出すとするか」


 にやりと、口の端を釣り上げたヒスイがつぶやく。燃え上がるような怒りを必死で抑えていることを、シャーロットはわずかに揺らぐヒスイの魔力から見出した。


「お手柔らかに頼みますよ」


 シャーロットは自分とヒスイの間に圧倒的な力の差があると思っている。

 あらゆる手を使っていいとしても、間違いなくシャーロットはヒスイには勝てない。戦い続けて来た圧倒的時間の差が、そして戦ってきた敵の格が違いすぎた。

 だが剣術に限定すると、決してシャーロットに勝機がないわけでもなかった。


 それを知らないシャーロットのつぶやきに、ヒスイはこちらこそな、と心の中でつぶやきながら学園の廊下を進んだ。





「これより、第二学年シャルとヒスイの模擬戦を始める」


 わぁ、と大きな歓声が響く。あくまでも講義の一時間の一部を使っての時間であるにも関わらず、講義を行う訓練場の端には仮説の観戦場が設置され、無数の観客が戦いの始まりを待っていた。


 おそらくは三桁に届くだろうかという学生に、無数の教員、そして圧倒的な要求の嵐に急遽許可をされた学外貴族たちが集まったそこは、万が一その場にヒスイかシャーロットが本気の魔法でも放てば即座にラーデンハイド王国が危機的な状況に陥るほどの人々の集まりだった。


 王子王女を始め、第二王妃、宰相、騎士団長などラーデンハイド王国の重鎮が並び、そして無数の未来の貴族たちが見つめる中、広い訓練場の中央でシャーロットとヒスイは訓練用のありふれた鉄剣と道着を身に着けて向かい合っていた。


 ゆらりと自然体で立つヒスイと、腰を落とすシャーロット。

 ピリピリと張り詰めた空気が広がっていき、そして、ヒスイが周囲にドーム状の結界を生み出す。

 それに気が付いた宮廷魔法使いの数名が息を飲む。それほど、ヒスイの魔力制御は圧倒的で、そして生み出された結界には一切のほころびもない非常に強固なものだった。

 そして何より、それほどの結界を生み出すほどの戦いが今から目の前で行われようとしていることを理解した彼らはごくりと喉を鳴らした。


「それでは、始めッ」


 訓練場の端、あらかじめ告げられていた結界展開範囲の少し外で、拡声魔道具を持つ審判が開始の合図を告げ——


 そして、シャーロットとヒスイの姿が、観客たちの視界の中から消えた。


 砂塵が巻き起こり、そして、激しい金属音が響き渡る。

 訓練場の中央に、上段から振り下ろした剣をぶつけあう二人の姿があった。

 火花が散り、空気が割れるような衝撃がまき散らされ、踏み込みの足は地面にめり込み、結界がわずかに明滅した。


 たった一撃、それだけで、観戦者たちは凍り付いたように動きを止めた。


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