500不幸少女と剣聖・決着
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走り出したエルニアは、右腕に宿るデーモンが伝える情報を精査する。
デーモン曰く、相手のデーモンは死に特化した呪いを使うとのことだった。対してエルニアが行使できるのは幅広い呪いであり、一つ一つの呪いの強さはイグナイト側に遠く及ばないものだった。
だが、両者の最大の違いは、理性、あるいは知性の有無だ。
獣のように破壊を振りまくデーモンと、デーモンの力を意図して用いるエルニア。その違いが、能力の大きな隔たりがあってなお、エルニアに善戦を可能としていた。
『おっと、危ねぇナ?俺サマに露払いを頼むとか、いい身分じゃねぇカ』
声が響く。脳裏に声を伝わらせるそれは、エルニアのポケットの中に入ったアイテムから聞こえるもの。生き物なのか知性を持った魔道具——伝説に語られるインテリジェンスウェポンというものか——という議論はともかく、エルニアが貰い受けた魔道具は、確かにエルニアの役に立っていた。
万能キーという本来の使い方からは遠く離れたその動きは、あらゆる形に変形してすべての鍵を開けるという性能の応用。蔓のようにしなる肉の鞭が、同様の外見をしたデーモンの攻撃からエルニアを守っていた。
「ありがと、キーちゃん!」
「キーちゃんじゃねェ、万能キーと呼ぶんだナ!」
「とか言いつつもまんざらでもないんでしょ?さっきから一生懸命私のことを守ってくれてるもんね?」
デーモンの死の霧に、雑多な呪いの混じった霧で対抗し、難を逃れる。自分の体が傷つく分には何も問題だとは思わなかったが、今のエルニアは姉であるローザの体を借りている身で、その体を傷物にするのはできれば避けたかった。
魂に残るデーモンの力を肉体に発現させてしまっている時点で、すでにその対応にどれほどの意味があるかはわからなかったが。
「ふん、それは俺を持ってる人間が開錠することもなく死ぬのを許せねぇだけダ。俺サマを使ってから死ネ。疾く使エ」
「……それより、さっきの話は本当なんだよね?」
デーモンが伸ばした腕を躱しながら、エルニアは万能キーに向かって問いかける。
『言ったダロ?俺サマは万能キー……あらゆるものを開いて見せるゼ』
「ならいいの……いくよ、もっとも前に、イグのもとへ!」
『へいへい。あー、甘ったりぃナ……』
無数の腕がエルニアに迫る。デーモンに侵された腕で敵の腕をはじき、小さく細いものは万能キーに防いでもらって、エルニアはさらに前に、飛ぶこともなく地上に存在する完全なる肉塊と化したデーモンのもとへと、走る。
『トハイエ、ダ。対象に刺さらなけりゃあ開錠できねぇゾ。わかってんだろうナ?』
「大丈夫。ここにはおねーちゃんがいるから」
『おねーちゃん、ナァ?そいつは敵に一切攻撃を与えられてねぇ見たいダナ?』
「大丈夫。おねーちゃんは決してあきらめないし、倒れない。だからきっと、最後に立ってるのはおねーちゃんだよ」
万能キーの意識の先には、あらゆる手段を用いてスレイへと攻撃を仕掛けるシャーロットの姿があった。
シャーロットが持ちうるすべての魔法に、投擲、窒息や溺死、毒、投擲、魔道具——あらゆる攻撃は、けれどスレイの体を包み込む黄金の光に阻まれ、スレイを害することはなかった。
万能キーが言いようのない危機感を抱く中、エルニアは背中から漆黒の翼を広げ、デーモンに向かって飛び立った。
上空という進路の幅が広がったそこで、エルニアは縦横無尽に駆ける。
とはいえこのすべてが時間稼ぎにしかならず、そしてエルニアには現状を打開する圧倒的武力が足りなかった。
(お願いね、おねーちゃん)
いまだに寝てばかりいる実の姉ではなく、シャーロットに向かってそう心の中で呼びかけたエルニアは、左腕にもデーモンの力を取り込み、防御と接近を試み始めた。
「暗黒魔法持ちか?……いや、まさか……ははッ、これかだから予想外ってのはおもしれえんだよ!デーモン対デーモンなんて想定すらしてねぇし、今の時代に見られるもんじゃねぇなッ!どこのどいつだ、あれはッ⁉」
「………さぁ?」
「明らかになんか知ってやがるな?ってことはお前の仲間か。俺のことをあいつも知ってるのはそれが理由か?」
「まさか、私が持っている情報が正しければ、彼女については私よりあなたの方が知っていると思いますよッ」
「ふむ、やはり固いな。昔オリハルコン合金を斬りそこねたことがあるが、そのレベルの強度だな。……面白い」
オスカーの振った剣がシャーロットの握る槍をはじき、スレイの腕にはじかれる。そうして無限に思える魔力によってその身を守り続けるスレイだが、スレイの攻撃もまたシャーロットとオスカーには届かない。
「オラッ」
全力で振りぬいた拳は、かすめることもなくシャーロットの横を通り抜ける。即座に重心を移動させて叩き込んだ肘撃ちも、やはりシャーロットに躱される。今のシャーロットがスレイに追っては一切ダメージを負うことのない羽虫に等しい存在とは言え、先ほどからダメージを与えられないと見るや何度も視界を封じようとしてくる値が非常にうっとうしかった。
振り下ろされた神聖剣を真横からの拳打で防ぎ、スレイは即座にオスカーへと拳を振りぬく。
若き剣聖オスカーは柔軟な動きでそれを回避し、神聖剣によって半無限に存在する、魔力を使用して強力な身体強化を発動させた状態でスレイの体に剣を振り下ろす。
「魔喰いッ」
ぞわりと、首の後ろがひりつく感覚に、スレイはその場から飛びのいた。
間に合わなかった腕が神聖剣にあたり、そして自分の体を包み込んでいた魔力が奪われる。神聖剣の刃に触れたスレイの魔力が、神聖剣の魔力と混ざり合いながらオスカーへと流れ込んでいく。
「——天凪」
剣が薙ぎ払われる。すべてを斬り裂く神聖剣に、オスカーの剣技が加わった一撃が、空間を斬り裂く一撃が、シャーロットとスレイを襲った。
その一薙ぎは、当然のようにスレイの防御を破った。
回避は、間に合わなかった。ただわずかに体を攻撃箇所からずらすばかりの行動。だがそれにより、シャーロットとスレイは自らの体が両断されるのを間一髪のところで防いだ。
だが、それだけではオスカーの攻撃は終わらない。
これまでの戦いは、神聖剣になれるまでの準備時間だった。ほとんど使ったこともないような膨大な魔力を暴走させないように余計な集中を強要され、剣の技も低くなるありさまだった。
だが、そんな時間も終わりを告げた。
オスカーが望み、けれど手に入ることのなかった無限の魔力が、手中にあった。ひたすらに戦い続けることを可能とする、持続力の象徴たる魔力を手にして、オスカーは笑った。
全能感に身を浸すオスカーが、シャーロットの目を見る。
そして告げる。
俺を超えてみろ。俺の剣を会得してみろ————と。
「——天凪」
空間が割れる。
腹部に深刻なダメージを負いつつ、シャーロットとスレイの二人は転倒するように地面を転がり、その頭上が割れる小さな音を聞いた。
攻撃の規模や強さと音や迫力が見合わぬそのありようはまさしく海が「凪」いだようで。そのアンバランスさに、そしてその攻撃が何度でも繰り返されうるということに、シャーロットもスレイも恐怖を感じずにはいられなかった。
言葉を交わすこともなく、二人は一時的に協力することを選んだ。
互いに意識を向けつつも、二人の攻撃がオスカーただ一人に向かう。
だが、剣も拳も魔法も、すべてがオスカーの振る神聖剣によって切り裂かれ、オスカーには届かない。
全てを斬り裂く——そんな神聖剣の性能を遺憾なく発揮させるオスカーは身をかがめ、一直線にシャーロットとスレイのもとへと走り出す。
「おおおおおおおおッ」
「はあああああああッ」
「ふッ」
スレイの腕が、神聖剣によって斬り飛ばされる。
シャーロットの獲物が斬られる。断たれたそれを手放して、シャーロットは前に踏み出す。踏み込み、握る拳を振りぬく。
当たった相手の内部に衝撃を伝わらせて絶大なダメージをもたらす一撃は、けれどオスカーの剣によって受け流される。わずかに伝わった衝撃により、オスカーの動きはわずかに悪くなる。
スレイの連打。元は金剛不壊スキルの活用によって一方的に殴り倒せるがゆえに編み出された防御無視の怒涛の攻撃。もはやなりふり構わないスレイが、片腕と脚でオスカーに全力の攻撃を浴びせる———はずだった。
最初の拳に、神聖剣が蛇のように巻き付き、その腕を上へと跳ね上げる。バランスを崩したスレイに神聖剣が迫り、スレイはその刃に嚙みついて防御する。
千載一遇のチャンスに、スレイはオスカーに向かって全力で蹴りを放ち、シャーロットもまた側面からオスカーへと拳を振りぬき、同時に背中へと魔法を放つ。
オスカーが、剣から手を放す。
勝利を確信したスレイの視界が、回転した。
空が地面になり、地面が空になった。
そう錯覚するほどに、一瞬でスレイの体は上下をひっくり返され、地面に叩きつけられた。
「ぐッ⁉」
スレイを衝撃が襲い、咥えていた神聖剣が宙を舞った。だが、オスカーはその剣を握ることもなく、無手のままシャーロットへと向き直る。
立てた腕でシャーロットの腕をはじき、手を下げながら外側へと腕を回転させる。シャーロットの腕を握ったオスカーが、右側を抜けようとするシャーロットに足を掛け、その体をひっくり返す。
「かはッ」
強く背中から叩きつけられ、息が漏れる。視界に空が映ったその次の瞬間には、宙を舞っていた神聖剣を握るオスカーがその切っ先をシャーロットの頭部へと振り下ろそうとするところだった。
「ッ⁉」
首をひねる。けれど、その刃先の軌道がずれてシャーロットの頭部へと吸い込まれるように迫る。
とっさにクロスして突き出した腕で頭部をかばう。
肉が固いものに貫かれ、骨が斬られ、異物が体内を通過する。
「ああああああああああああッ」
痛みから意識を反らすために叫びながら、シャーロットは貫通された両腕を動かし、目前に迫る剣の軌道を変える。
耳の端を斬り裂きながら、神聖剣がシャーロットの頭のすぐ横に突き刺さる。だが、貫いたシャーロットの腕ごと首を斬り落とそうと横向きの力が神聖剣に加わり——
「クソがァッ」
側面からタックルするスレイに対抗すべく、即座に剣を引き抜いたオスカーが体の向きを変える。
その一瞬、自分から意識がそれたことを感じ取ったシャーロットは、倒れながらもオスカーに向かって全力で蹴りを放った。
オスカーは横っ跳びでシャーロットの蹴りを回避し————転がるように肩から倒れこんできたスレイによって、オスカーの体が後方へと吹き飛ばされた。
「サンダーレインッ」
シャーロットが雷の雨を降らせる。
吹き飛ぶオスカーに向けて四方八方から雷撃が降り注ぐ。
オスカーの握る黄金の剣が煌めく。
流れるように振りぬかれる神聖剣によって、一つ、また一つと雷撃は斬り裂かれ、その魔力をすべて食らいつくされて消滅する。
だが、それを感じ取ったシャーロットが雷撃に干渉、オスカーの目の前に迫っていた雷の雨がそこで分裂し、無数の小さな雨となってオスカーに迫る。
「天斬りッ」
地面に手をつき、腕の力のみで跳ね、回転する。
その勢いをもって、オスカーは雷撃を吹き飛ばす斬撃を周囲へと放った。
ゴウと風がうなり、回転するオスカーの周囲へ斬撃が広がる。
もはや雨というより壁のようにオスカーに迫っていた無数の弱い雷撃のことごとくが散らされ——
「ぐ⁉」
だが、ごく弱い力とはいえ無数の雷撃すべてを一撃でかき消すことはできず、その攻撃はオスカーに届いた。
オスカーの体が一瞬硬直する。
そして、その瞬間を見逃すほどスレイは甘くはなかった。
「アガニー、もっとだ!もっと搾取しろッ」
その言葉と同時に、スレイの体に陽炎のごとき黒い力の残滓が立ち上る。禍々しい瘴気を思わせる力を手に、スレイが笑う。
握られた拳に収束するのは、怨嗟。
強烈な呪いへと変換された力を金剛不壊ではじきながら、スレイはオスカーへと叩き込む。
拳の軌道に、神聖剣が割り込む。黄金の刃は相手の勢いを利用してその拳を両断しようとしていた。
だが、もうスレイの拳は止まらない。
スレイは重症覚悟でさらに拳を振り下ろす力に体重を乗せ————
ギィンと、神聖剣が跳ね上がった。
側面からシャーロットが神聖剣を跳ね上げた。
持ち上げられた神聖剣の軌道は、すぐさまシャーロットを切り裂く方向へと変化する。
このままシャーロットが死ねば自分が神聖剣を手に入れて仕舞だと、そうスレイが完全勝利を予感しながら馬鹿なシャーロットを笑い——
その瞬間、スレイが見たのはどこかから飛んできた矢が、シャーロットの頭部を両断しようとしていた神聖剣をはじく場面だった。
困惑など浮かぶ余裕もなく、アーサーの拳がオスカーへと届く。
「おらァッ」
ドゴ、と鈍い音が響く。オスカーの腹部に拳を叩き込んだスレイは、その体内を蹂躙する衝撃を送り込む。
オスカーが血を吐き、けれどその目は死んでいなくて。
乱入者によって弾き飛ばされた神聖剣がスレイの首に迫る。
同時に、共闘を終わりと判断したシャーロットが、神聖剣によってスレイを相打ちに終わらせるべく、爆風によって神聖剣の剣速を上げ、蹴りによってスレイの首にその刃を叩き込み————
「アガニー!」
ふわりと、スレイの体から立ち上っているように見えた黒い陽炎が形をとる。それは人の形をとり、その黒い人型はシャーロットへと襲い掛かる。
とっさに発動した風魔法などそよ風とばかりに、その黒い人影はまっすぐシャーロットへと手を伸ばし、その体の中に入り込んだ。
「ッ⁉」
神聖剣をスレイの首へと蹴りこんでいたシャーロットの足が、剣を絡めて上へと跳ね上げる————シャーロットの意思とは勝手に。
「収納ッ」
その瞬間、シャーロットは頭上に開いた小さな収納の入り口から一本のガラス瓶を降らせ、頭に落とした。
ガラスが割れ、液体がシャーロットの頭に降りかかる。同時に、どこからか絶叫が聞こえてきた。
シャーロットの視界に影が入り、体から抜け出た人影がスレイのもとへと戻っていく。
「アガニー……憑依スキルですかッ」
無理やり足を振り上げられたシャーロットは当然のごとくバランスを崩し、背中から地面に転がった。
肩を軸に回転しながら後方へと下がったシャーロットの視界では、スレイが手の筋肉のマヒしたオスカーから神聖剣を奪い取っていた。
「死ねッ」
振り下ろされる剣に対して、オスカーが手刀を振る。
手刀は神聖剣よりわずかに早く振りぬかれ、驚愕に目を見開くスレイの頭部へと、斬撃が飛翔する。その技量はまさしく英雄にふさわしいもので。
けれどスレイは獰猛に笑う。迫る斬撃は、当然のごとく金剛不壊スキルによって阻まれてスレイを傷つけるに至らない。
そしてスレイは、握る神聖剣の切っ先をオスカーの首に突き刺した。
「み、ごと……だ……」
持ち上げられていたスレイの腕が地面に落ちる。
オスカーの目から光が消える。血に濡れた神聖剣を手に、スレイは獰猛に笑う。
「これで終わりだ。これで、俺の勝ちだッ」
神聖剣の中に存在する膨大な魔力を感じながら、スレイは己の勝利を確信した。勝利、したはずだった。




