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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
12.亡国に響く狂奏曲

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458不幸少女と転移先1

誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

 空間が揺らぐ。

 それは、魔女たちの無意識のうちでの転移への反発に起因する、魔法の揺らぎ。


 空間のはざまに飛び出ようとする転移対象の肉体を必死で誘導する。もし転移途中で魔法を失敗してしまえば、どうなるか分かったものではなかった。最低でも座標がずれて地中や空高くに転移してしまって死亡。あるいは肉体がいくつもの破片に分かれてしまったり、肉体の部位が消失してしまったり、場合によっては魂の消失すら考えられた。


 ぶり返した痛みに悲鳴を上げる脳を酷使して、転移マーカーの一つへと体を飛ばす。


 その座標が、シャーロットの感知には確かに動いているように感じられた。

 実際に、転移先の座標基準となるはずのマーカーが、物理的に移動していた。


 魔法の破綻がより近くなる。


 絶対に死なせるものかと、シャーロットは吠える。

 ありったけの魔力をつぎ込んで、崩壊しようとする魔法を補強する。


(絶対に、無事に送り届けて見せますッ)


 揺らぎが増幅していく。

 転移先の選択ミスを痛感しながら、シャーロットは我武者羅に魔法維持を続ける。


 そうして、一瞬——けれど永遠に等しい体感時間の後、シャーロットは無事に全員を転移先へと送り届けた。


「……え?」


「ひゃ⁉」


「ッ、どうなってんだよ⁉」


 三者三様な発言を聞きながら、シャーロットはその場所——宿の一室の床へと倒れこんだ。


 大量の血液の喪失と再生によって、過回復薬の大半は体外に抜け出ていて。

 正常に機能し始めた自己治癒スキルで肉体が完全に癒えるかどうかといったところで、シャーロットはついに意識を手放した。




「……で?」


 宿の一室、頭を振りながら起き上がった男に、少年が声をかける。その手は腰の剣に添えられていて、彼の視線は地面に倒れる一人、シャーロットへと向いていた。

 明らかに敵愾心のにじんだ声音に、アーサーは一瞬硬直、それからまず状況を確認しようと周囲を見回す。


 石造りの建物の一室。ベッドと、机と椅子、それからわずかばかりの荷物に灯り。

 宿の一室だと結論を出し、アーサーは腕の中へと視線を向ける。


 目のあった魔女が、数度瞬きを繰り返す。

 その様子がおかしくて、微笑を浮かべようとしたアーサー。けれどそんな甘い感情は、すぐさま霧散した。


 ありふれた宿の一室に充満する血の匂い。

 そして、倒れる女性三人と仲間のヴィヒ。


 息をのみ、思考が空白に染まりかけながらも、アーサーと魔女は自分たちがとるべき最良の選択をして、行動を開始した。





「で、いきなり何もないところから現れて、説明もなしかよ」


 棘のある声に魔女がむっとする。言い返そうとした彼女は、けれど同じ気持ちを共有するはずのアーサーに言葉を止められ、不満は増幅するばかりだった。


「……落ち着け、けんか腰で話したってどうにもならないだろ?」


 椅子から浮かびかけていた腰を下ろし、目をつむる。任せたというそのしぐさに、アーサーは仕方ないと言わんばかりに髪を乱雑に掻く。


「どこから説明したもんかな……」


 ヴィヒと共闘者たちの治療は何とか無事に終わった。その治療の間、彼は状況理解のために思考をめぐらし続け、ある程度の把握には至っていた。だが、それをどう話し、どこまで他人でしかない少年少女に伝えるのか、そのあたりの判断がつかなかった。


「……どうしてあんたはその化け物と一緒にいるんだよ?」


 言葉を詰まらせるアーサーの代わりに、少年が、アイゼンが口を開く。吸血鬼「シャーロット」の殺戮の記憶を持つ彼は、その復讐心から来る嗅覚で、眠る一人がそのシャーロットであると理解していた。

 思っていたものと違う疑問に、アーサーの思考が止まる。助けを求めるように視線をめぐらせれば、同じように疑問符を浮かべた魔女と目が合った。


「化け物、というのは誰のことだ?」


「そいつだよ、その、吸血鬼シャーロットのことだ」


 今にも剣を抜き放って襲い掛かりそうな様子で告げるアイゼン。けれどその行動が現実のものとなることはない。


「……余計なことをしたら、斬るよ?」


 底冷えした声でつぶやくアリスが、斬りかかりそうなアイゼンの体を硬直させる。

 治療の最中、目を覚まさないシャーロットをこれ幸いと仕留めようとしたことに、アリスは怒り心頭だった。それこそ、アイゼンのことを仲間などとは思えなくなるほどに。


「吸血鬼……?こいつが?」


 床に敷いたマントの上で眠るシャーロットを見る。その瞳の色は、アーサーの記憶では赤などではなかった。白髪という特徴は一致するが、それは別に吸血鬼に限った話ではない。

 とはいえ吸血鬼である可能性を考えてみれば、シャーロットの異常な回復能力にも説明がつく気がした。あれだけ絶望的なけがを負っていながら痛みでショック死することもなく、そしてアーサーたちが最初に治療にあたろうとした時点で、シャーロットの傷は表面的には一つも見つけることはかなわなかった。


 おかげで、最も重症だったローザに、高価な回復薬を投与することができた。側頭部に大けがを負ったローザが一命をとりとめたのは、シャーロットの治療が不要だったということも大きかった。


「そうだ。アドリナシア王都を襲った吸血鬼シャーロット。それがこいつだ。こいつは王都の住民を殺しつくしたんだ。みんな、死んだんだよ……」


 脳裏に虐殺の光景を思い浮かべて話すアイゼンの言葉には、確かな重みがあった。だからこそ、アーサーにはわからない。


 アドリナシア王都は滅んでなどいないし、王都民が吸血鬼によって蹂躙されてはいないのだ。


「……それは、王弟が吸血鬼となったあの事件のことか?」


 だから、思い当たる内容を探した。自分が伝え聞いた以上に、あの一件の被害は深刻で、そしてシャーロットがそれに加担していたのかと。


 だが、アイゼンはかぶりを振る。

 小さな嘆息。

 ピクリと肩を震わせたアイゼンは口ごもり、代わりにアリスが口を開く。


「彼が言っているのは、ありえたかもしれない可能性程度に思っておいてください」


「ありえたかもしれないじゃなくて、あったけど皆が忘れている事実だろうが⁉」


「少なくとも私は知らない。それはあったかもしれないし、シャルお姉さんも否定はしていなかったよ。けれど、少なくともアイゼンの妹も両親も死んでいない、でしょ?」


「だが、あいつは殺したんだ。殺して、その首を切り落として、血を浴びて笑っていたんだッ。あいつは化け物だ。ここで殺しておかないと、また……」


「あー、なんだ。まあ話題を何があったかに戻すと、だ。神聖国で戦闘中だったシャーロット……いや、シャル、だったか?そいつらと合流して敵と戦っているところで、死にかけてな。そこのシャルの転移によって、命からがら逃げ伸びたってわけだ」


 いつまでも本題に入れないであろうことを察したアーサーが強引に話題転換して、これまでのあらましを語る。


「神聖国?」


「ほら、シャルお姉さんは空間魔法が使えるから」


「それで転移したのか……そのまま死んでおけばよか、ッ⁉」


「次にそんなことを言ったら、パーティーを抜けさせてもらう」


 ごくりと、唾をのむ音が部屋に響いた。

 思わぬ音量だったそれにアイゼンは顔を赤らめながら凍り付き、それから意図的にのどを鳴らして空気感を変えにかかる。


 ちなみにこの会話の間、アイゼンとアリスの仲間であるチェパは、シャーロットたちをかいがいしく世話していた。

 水を絞る音が響く。シャーロットの腕が顔をのぞかせ、血で赤く染まった肌をきれいにしていく。


「…………なんで、ここに転移を……」


 眉間に深いしわを刻みながら、アイゼンは再度口を開く。

 その疑問に、アーサーと魔女は答えられない。代わりに、アリスがそういえば、と記憶を掘り起こす。


「あれじゃないかな。あの、シャルお姉さんの魔力が籠ってる、っていってアイゼンが持ってきた……」


「ああ、あれか」


 背負っていた袋を下ろし、中から円盤型の物体を取り出す。視線の先、ベッド脇の棚の上に無造作に置かれた魔道具らしき物体が光を点滅させていた。

 淡い水色の光は一定のリズムで点滅を繰り返すばかり。あいつの魔力を感じる、などと言い出したアイゼンが近くの森でそれを掘り出したのが昨日の夜のこと。結局何かの魔道具らしいということしかわからず、アイゼンは解析を断念したそれを鞄に放り込んで眠りにつき——今に至っていた。


 窓の外から鳥が鳴く声がする。太陽はもう高く昇っていた。


 日が昇るタイミングに合わせて装備の準備をしようとしていたところでシャーロットたちが部屋に現れ、何もかもがアイゼンの思考から吹き飛んでいた。

 それから数時間、瀕死のローザたちの治療に臨み、それにアリスが協力、何より今晩の寝床にもなるはずの宿をシャーロットの知り合いに何かされてはたまらないという警戒心から、アイゼンは部屋に残って話を続けるに至っていた。


「これは、なんだ?」


「…………さぁ?」


 アーサーも魔女も、アリスすらも、答えられない。だが、情報は十分だった。予想はできる。とはいえその見解を述べてもいいのか、それがシャーロットにとっての不利益になりはしないか、考えるうちに言葉はのどの奥へと入り込んでいき——


「転移のマーカー……基準となる座標を得るための魔道具ですよ」


 わずかな静寂を打ち破ったのは、そんな弱々しい声だった。

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