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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
12.亡国に響く狂奏曲

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453不幸少女と敗北

誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

 目を血走らせたエジテーターがローザに迫る。


 下から拳、傘でかばう。

 背後に熱、火魔法。しゃがむ。

 眼前に足が迫る。


「こ、のッ」


 イリガーの刺突。

 エジテーターが後方へ回避。

 開いた間を、ローザは詰める。その手に新たな魔道具を生み出しながら。


「ッ」


 口の中に錆のにおいが広がる。

 回復しきっていない体の傷が開く。

 魔力が底をつきかけ、肉体が悲鳴を上げる。


 前へ、前へ。

 ローザが魔道具の引き金を引く。

 魔道銃。開発されたそれは魔物には効かず、けれど人類相手にはひどく有効な殺戮兵器。


 乾いた発砲音が響く。

 しゃがんで躱される。

 床に落ちていた儀礼用の剣を広い、エジテーターが構える。


 二度目の発砲音。

 エジテーターが剣を振りぬく——そこに、匠を思わせる技量はない。

 斜めになった剣身の上を弾丸が滑る。

 衝撃で剣が揺らぐ。エジテーターの顔がゆがむ。


 イリガーが迫る。

 剣同士がぶつかり合う。火花が散り、押されて後方に半歩下がるのはエジテーターで。


「なぜ、なぜ⁉この肉体性能であれば、このレベルであれば、この程度の戦闘で負けるはずなど——」


「起きろよ、シャルッ」


 イリガーが吠える。憤怒に燃え上がる瞳が、シャーロットの肉体——その奥に眠るシャーロットの魂に呼びかける。

 何をしているのだと。さっさと起きろと。……ノーマンを殺した言い訳でも聞かせてみろと。


 激情にかられるイリガーの思考には、死の恐怖がない。その動きは加速する。

 対してエジテーターは動揺で動きがさらに悪くなる。


 ローザの援護が加わった戦況は、一方的なものだった。


 エジテーターの表情が怒りでゆがむ。

 こんなはずではなかったと、その顔が怒りに染まっている。

 シャーロットの腕が、イリガーの剣の腹で強打される。


 苦悶に顔をゆがめるエジテーターが一歩背後へ飛び、そこで獰猛に笑みを吊り上げる。


 ぞっと、背筋に寒気が走る。何かを告げようと口を開き、けれど恐怖に縛られた心は叫ぶことを許さなかった。


 ローザの声は、届かない。


 そして、悪意に満ちた技が発動される。


「———憑依ッ」


 何かを感じ取ったイリガーがエジテーターに迫る。エジテーターが、シャーロットの体が、前方に倒れこむ。

 イリガーは止まらない。剣を握る手にさらに力がこもる。

 その歩みは加速する。


 低い体勢で突撃し——イリガーの剣は、シャーロットの腹を貫いた。


「はは、ははははははははははっ」


 笑う。イリガーが、笑う。

 それがイリガーの言葉でないことなど、ローザには嫌というほど理解できた。


 イリガーの体が握る剣、その先端が下を向く。

 ずるりと、シャーロットの体が床に投げ出される。

 虚無をたたえた瞳が、イリガーの体を捉えて、そのまま床に沈む。


 足元に、新たな血の花が広がっていく。


 ぽたりと、剣先から赤いしずくが滴る。


 前髪を掻き上げたイリガーが——イリガーの体に憑依したエジテーターが、笑う。剣を逆手に持ち変える。

 両手で握りしめられたその先端の先にあるのは、シャーロットの頭部。


「さあ、贖罪の時ですよ!」


「やめてッ」


 ローザが叫ぶ。遠くでノーマンに呼びかけるラピスの涙声が聞こえる。

 イリガーの体で剣を振り下ろすエジテーターの狂気がシャーロットに迫る。


 ローザの背後に、大量の魔道具が出現する。

 視界が赤く染まる。割れた額から大量の血が流れる。胃の奥から血がこみ上げる。


「あああああああああああッ」


 大量の魔道具の攻撃が、宙を切り裂く。イリガーに迫る。

 一発でも人ひとり木っ端みじんにできるほどの過剰な攻撃の波に、イリガーとシャーロットが包み込まれる。


 閃光が空間を満たす。

 轟音がとどろき、床が大きく揺れる。


 後悔がローザの胸の内に広がる。

 それは、絶望の色を宿してローザの心を闇にいざなう。


 白く染まった視界の先は、まだ見えない。

 けれど、その先にある絶望が、ローザには予想できてしまった。


 ——私が、シャーロットを殺した。私が、この手で、殺してしまった……


 ゆっくりと視界に色が戻る。鳴り響いていた耳鳴りが止む。


 どさりと、体が地面に倒れる。痛みに悲鳴を上げる肉体でこれ以上立っていることは、ローザにはできなかった。あるいは、それは心を埋め尽くす恐怖による足の震えのせいだったかもしれない。


 それでも。

 それでも、ローザは己の手で行った行為の先を見るために、煙の先に目を凝らす。顎を床につけ、目を細めて先をにらむ。


 心の中に、ほんのわずかな希望があった。

 シャーロットなら、シャーロットなら、きっと今の攻撃から自分の身とイリガーの体を守ってくれるかもしれないと。


 心折れてただ生きるばかりだったシャーロットが、己の身を守れるわけもないのに。


「あ、あああ……」


 わかっていた。わかってしまっていたのだ。

 シャーロットもイリガーも、助からない。あのレベルの攻撃にさらされて、無事なはずがない。


 砂塵の晴れた先に、下半身が吹き飛び、首に折れ曲がった剣が突き刺さるシャーロットと、大きな床石につぶされて横たわっているイリガーの姿があった。


 絶望が心に満ちる。

 虚構の世界とはいえエルニアを救えたという事実は、それによる意識変化は、けれど今この時、役に立つことはなかった。


 お前が殺したのだと、見える世界が、ローザに事実を突きつける。


 けれど、絶望だけでは終わらない。

 ただの絶望だけで終わるほど、世界は優しくない。


「あ、ぁ?」


 ずぶりと、腹部に異物が通るような感覚があった。続いて広がる激痛に、ローザは声にならない絶叫を上げる。


「あの程度で殺せたとでも思いましたか?」


 聞き覚えのある声。けれど、その声にしては聞き覚えのない口調。

 顔を上げる。上げるなと、見るなと心が叫んでいるのに。


 背中から腹を貫いた剣が、視界に入る。

 そして、その剣をローザに振り下ろした、ラピスの姿がそこにあった。


「ぇ、あ……」


 エジテーターが強力な憑依の条件を満たした相手はシャーロットとローザ、そしてイリガーだけではない。神聖国辺境の村で行ってしまった儀式には、当然ラピスも参加していた。


 イリガーの体に魔道具による攻撃が到着する少し前、エジテーターは憑依を解除してラピスの体に乗り移っていた。

 それは全身を襲う痛みを完全には遮断できないと悟ったからであり、同時に、ローザをさらなる絶望に陥らせるためでもあった。


 エジテーターが笑う。ラピスの体で、ラピスの声で。


 ローザの瞳から、光が抜け落ちていく。絶望の淵に沈んでいくローザには、もはや足掻くなどという選択が思い浮かぶことはなかった。


 体から力が抜けていく。熱が、命が、零れ落ちていく。


 床に頬がつく。哄笑が、どこか遠くから響いていた。


 かすんでいく視界の先に、銀の光が映る。

 彼は——エジテーターが敬う男は、じっとローザを見ていた。そして、ローザの意識は闇に沈む。


 消えた祝福はもう、奇跡を起こさない。

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