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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
12.亡国に響く狂奏曲

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427不幸少女と紛争地帯の王

誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

「……失敗したな」


「だから言ったじゃない!1級は常識が通用しない化け物だって!」


「シャルなどという1級冒険者に聞き覚えはないぞ」


 マーブル模様に視界がゆがむ壁に囲まれた異常な空間で、三人の男女が部下を無視して言い合いをしていた。


 遠く、闇に飲まれて消えていく巨石を見つめて、一人の男がポツリとつぶやいた。砂で汚れた外套を纏う赤髪の男は、けれど口とは裏腹にその失敗に歓喜していた。獰猛に笑い、瞳をギラつかせるのは戦闘狂ゆえか、あるいは獲物を見定めた獣らしい感性故か。


 そんな男の失敗に文句を言うのは灰色の髪を肩で切りそろえた背の低い女性。その顔には黒い斑が描かれており、瞳は光を失った鈍色をしていた。


 そしてもう一人、二人に肩を並べられる強さを有する男が、強者の波動を感じながらつぶやく。彼は冒険者であり、冒険者ギルドの中でもかなり特殊な立場にいる男であり、とある組織の諜報員でもある。その本業故かフードを深くまでかぶって顔を見せないようにしている彼に、リーダーの赤髪の男が話しかける。


「魔道具を解除しろ。全面戦争だ」


「えー、めんどくさ!あんたひとりで戦ってきなよ。イグナイトもそう思うでしょ?」


「……了解した。魔道具を停止する」


 フードを被った男は、地面に置いていた魔道具のスイッチボタンを押して起動を停止させる。そうすれば、景色をゆがませていた壁は消え、すぐ近くにとある街の外壁が姿を現した。

 彼らが使用していたのは、ディメンションボックス。

 魔道具を中心に二十メートル四方の空間を世界から切り離すことができる、最強の防壁であり隠密移動用魔道具だった。それは、感知はもちろん、あらゆる外界からの干渉をはねのける。その一方で、内部から外部への干渉を可能とし、なにより魔道具を動かせば隔離空間もまた動き、誰にも気づかれずに敵拠点の目の前に移動が可能なまさしく国宝レベルの神具である。


 もちろん、万能に思える神具に欠点がないわけではない。それは、この魔道具によって生み出された隔離外壁は、あらゆる物体を透過させず、たとえどれほど柔い壁でもヒョロヒョロの枯れ木でも、進路にあるものは外壁にぶつかり、そして外壁の動きを完全に妨害する。進路にあって問題ないのは、せいぜい風で折れ曲がる草くらいのものだった。

 この魔道具による隠密行動が可能なのは、進路がこうした何もない更地だからだった。砂漠と荒野と草原が国土の大半であるからこそ、この神具による隠密行動が可能で、そして彼らは戦闘準備が整っていない敵の虐殺を繰り返してきた。


 赤髪の男、その名はスレイ。

 虐殺王を名乗る彼は、カタリナ諸国で幅を利かせる麻薬王であり、武器商人であり、暴力の王であり、終わらない紛争を続かせる元凶の一人だった。

 国の疲弊あるいは反戦の民意などによって紛争が終わりかけるたびに、彼は自らのビジネスのために暗躍し、その場をひっかきまわし、紛争を悪化させてきた。

 まさしく、彼はカタリナ諸国における死神で、そうして虐殺を続けた彼のレベルは非常に高く、天性の暴力の才能と相まって並びうるもののいない強者へとスレイを押し上げていた。


 そんな彼にとって、カタリナ諸国に平穏をもたらしうるグランスミス王国は目の上のたんこぶだった。保守的なグランスミス王国にもしカタリナ諸国の再統合を狙う王が即位したら、きっとこの地域に平穏が訪れてしまう。それでは遅いと、スレイは考えた。

 そうなってしまう前に、自分がグランスミス王国を滅ぼせばいい。そうして元グランスミス王国である弱小国家が資源を求めて殺し合い、自分から武器を、薬物を、奴隷を、購入すればいいのだ——


 彼は走る。嗜虐心に満ちた凶悪な笑みを浮かべて。

 虐殺王スレイの毒牙にかかる街が、今日もまた一つ——




「サンダーランスッ」


「ハッハァッ、ガイアウェーブッ」


 言葉は、いらなかった。侵略者と防衛者。二者は会敵するなり全力で魔法を発動する。詠唱を省略して、街を守る外壁のすぐそばで、強力な二つの魔法が一瞬で展開される。

 シャーロットは十八番となりつつある雷の槍を、対するスレイは地面を全力で踏みしめ、その衝撃をもって大地を隆起させて目の前に壁を生み出す。


 せりあがった土の壁が、雷槍を阻み、けれどその一手でスレイの視界からシャーロットが消える。同時にシャーロットは潜伏・生命反応隠蔽・魔力隠蔽スキルを発動し、奇襲を試みる。

 シャーロットが風魔法を使って巻き上げた砂埃が、視界をふさぐ。


「スレイ、右よッ」


「おうッ、ストーンバレットッ」


 大地から大量の石礫が飛び、シャーロットが走る方向へと放たれる。その攻撃を、シャーロットはよけない。コラテラルダメージとばかりに一直線で敵の中で最も強敵だと思われる存在を排除すべく、シャーロットはスレイに迫り——


「シッ」


「ら、ぁッ」


 シャーロットがマチェットで鋭い突きを放ち、スレイがその刃を片腕で止める。スレイの籠手が、刃を防ぐ。ギィンと金属質な音が響き渡り、同時にシャーロットもスレイも、どちらもさらに前へと一歩を踏み出す。


「天斬りッ」


「インパクトォッ」


 互いが、全力で敵をしとめるべきだと判断していた。そして、持ちうる手札の中でも強い一撃を、お互いが繰り出した。


 天すら切り裂く師匠オスカーの斬撃、それをあえて刃にとどめて切れ味を極限まで引き上げたシャーロットの一振りが、防御をしたスレイの金属籠手ごと彼の左腕を深く斬り裂く。

 スレイの右フックが、シャーロットの腹部にヒットし、体内に衝撃を浴びせる。口から血を吐き、けれどシャーロットはさらに腕に力を籠め、スレイの片腕を斬り落とそうと試みる。


「なめんなァッ」


 再び、シャーロットの体に衝撃が走る。全力の拳打によってシャーロットの体は吹き飛び、大地を転がる。


 全身がかき混ぜられたような激痛と気持ち悪さが襲う中、シャーロットは痛覚遮断スキルで痛みをできる限り無効化し、自己治癒スキルによってスレイの一撃によって絶大なダメージを受けた臓器の回復に努める。

集中スキルで意図的に極限集中へと精神を引き上げ、並列思考で魔法のイメージを固めながら、シャーロットは飛び起きるように立ち上がり、振り下ろされたスレイの拳を皮一枚のところで回避する。


 スレイの拳が大地を割る。ひび割れた地面が意思をもったように隆起し、シャーロットの機動力を落とそうと足に絡みつきにかかる。


「スワンプフィールドッ」


 大気中から魔力を奪い取り、シャーロットはスレイの魔法を上書きする。詠唱なし魔法名なしのスレイの即興魔法の制御を奪い取り、逆にシャーロットがスレイの足元に沼地を生み出す。


「魔力量なら、負ける気がしねぇなぁッ」


 どういうわけかすっかり回復した左腕でシャーロットの攻撃を弾きながら、スレイが体から全力で魔力を吐き出し、大地に干渉する。シャーロットの足先を起点に広がっていた沼地は、スレイの魔力とぶつかり合って干渉を奪い合う。泥と土がぶつかり合い、そして一部だけ水を抜いて固めた足場を蹴って、シャーロットは跳びかかってきたスレイと切り結ぶ。


「殺戮王スレイッ」


「俺も有名になったなッ、1級冒険者ァッ」


 剣と籠手がぶつかり合い、激しい火花が散る。膂力はスレイが上で、機動力はシャーロットが上。魔力量は収納に消費したためにシャーロットが圧倒的に劣っていてスレイ優勢、魔力制御能力はシャーロットのほうが上。得物は剣と拳。近距離と超近距離だが、そもそもの体格や腕の長さなどで差はほとんどない。


 二人ともが、怪我を負っても逆再生のように驚異的な回復を見せる。その事実に、スレイが一層笑みを凶悪なものにして笑う。


「自己治癒、持ちかッ。同胞にあったのは初めてだぜッ」


「私も、ですよッ」


言いながら、二人はさらに動きを加速させていく。

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