373不幸少女と邪神教
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「うわああああああッ」
「このッ、このぉぉぉおおおおッ」
「嫌だ!助け——ぐぼぁ⁉」
阿鼻叫喚の悲鳴が、そこで響いていた。その冒涜的な光景を、シャーロットは静かに、けれど音が出ない程度に奥歯を強く噛みしめて見続ける。
(あの神にして教会組織あり、ですね……)
目の前に存在するは、コロシアム。ガラス張りの壁の先に広がるのは、少年少女の殺し合いだった。
泣き喚き助けを求める者、壊れたように笑い死んでいく者、血濡れた両手を見て床に嘔吐する者、血の海の中で痛みにもだえる者、取っ組み合いの末に相手の喉元を噛みちぎる者、嬉々として周りを殴り殺していく者——
時間が経つにつれて広がる血の世界で、絶叫が響き続ける。その世界に、シャーロットは踏み込むことをしない。少年少女の救助の前に、たとえその時間で彼らの大部分が死んでしまうとしても、シャーロットはこの狂気を企む者たちからの情報収集を優先した。果たして、そのおぞましい実験の全貌を、シャーロットは知ることになる。
研究者たちの資料を見て、彼らの話を盗み聞き、シャーロットはこの実験について理解する。
「蠱毒の子」の誕生実験。神は子どもを愛する——その教義にのっとり、神の寵愛を受けるにふさわしい子ども、すなわち次期天使を作り出そうとするのがこの実験だった。
本来は在野に生きる子どもを神が祝福し、試練の果てに至るのが天使という神の僕にして教会の最高戦力である。だが神の祝福は信仰心に比例しない。天使の多くは教会重鎮の命令になど従わず、神の啓示によってのみ行動を起こす。つまり、天使とは最高戦力でありながら非常に使い勝手の悪い目の上のたん瘤だった。
それを解決するための手段が、この「蠱毒の子」の誕生実験。神が愛する「子ども」を殺し合わせ凝縮させた存在を作り出し、神にその子どもへと祝福を授けてもらって天使を人工的に生み出す——そんな非科学的で冒涜的な実験だった。
彼らにとって殺し合いは「神の試練」、生き残った者は試練を乗り越えた者という認識であった。まだ碌な力も持たない生き残りは洗脳の末、教会に忠実な天使へと育て上げる。殺し合いが試練になるという道理もなく、殺し合いが神の愛する「子ども」という存在を凝縮させるものとして機能するかも定かではなく——大量の子どもを殺してしまっているわけで常識的に考えてそのような理屈が成立するはずがないのだが彼らはその事実を見ようともしない——、加えて生き残りに神が祝福するとも限らない。
だが、なまじ一度目の実験において神が生き残った子どもに祝福を授けてしまったこともあり、彼らの正しさは半端に証明されてしまい、そして次なる次世代天使を生み出そうと彼らは実験を繰り返していた。
「今回も失敗ですか。一体神はなぜ次なる祝福を授けてはくださらないのでしょうか」
「我らがシリウス神は子を愛すると言っていた。であれば主神の祝福を受けるのにこの試練は最適なはずだ」
「儀式としての格が足りないのではないか?子どもの数か、あるいは選んだ子どもの質か、もしくは場所か。……神聖性を取り込めば神は更なる祝福を授けてくださるものと思うが、どうか?」
(シリウス神?主神?この世界の神はあのクソ神一柱だと思っていたのですが……)
実験の勝者が、たった一人生き残った少年が、コロシアム中央にて床に膝をついて天を見上げていた。妹と共に拉致されこの場にて殺し合いを強要された彼は、妹を守るために戦いに身をやつし、そして当の妹を守ることもできずに生き残った。
あふれる涙が、血に濡れた頬を伝って流れ落ちる。血まみれの世界で冷たい少女の体を抱く少年が、のどが張り裂けるほどに慟哭する。
世界への、理不尽への怒り、己に対する無力感、自分たちを弄んだ存在への憎悪——
迸る暗い感情に、けれど研究者たちは見向きもしない。ただ淡々と廃棄の結論を下し、コロシアム空間へと毒霧を流す。
「滅びろ」
フランの街で起こっている猟奇殺人には無関係の事件。街で子どもが多数行方不明になるという情報は入っていないため、おそらくはどこかから拉致してきたものと思われた。哀れな少年はそうして毒に沈み、けれど復讐に心を染めた彼の願いは確かにかなえられた。
うす暗いガラス張りの世界の先に、漆黒の影がよぎる。次の瞬間、強化されたガラスの向こう側の世界で、自分たちを殺し合わせていた人間の首が宙を舞った。一つ、二つ、三つ——空を舞う首とほぼ同時に、その影の延長線上のガラスに横一文字にひびが入り、ガラスは砕け散る。
「あり、が、とう……」
体から力が抜け、血に埋め尽くされた床へと倒れこんでいく少年の心は、確かに満たされた。砕けたガラスの先で、真っ黒なフードをかぶった人物が、血に染まった得物を握りながら少年を見下ろしていた。ゆらりと、復讐対象を殺しつくした影が、視界から消え去った。夢のように、儚く、けれど確かに、少年を悪意の渦へと叩き込んだ者たちは死んでいた。
「マリア、ベル……いま、いくから——」
痛みも心の悲鳴も消え去り、静寂が体を満たしていく。その結末に、その最後に、少年はもう抗おうとはしなかった。ただ倒れてなお、首を折られ死に至った少女の体を抱き続け、少年は死んだ——
「…………え?」
死んだ、はずだった。
「まったく、私も甘いですよね。その無力感も、怒りも、憎しみも、知ってしまっていますから。だから、ほんのお節介ですよ。暗い記憶は消えず、両手を血で汚した事実も変わらず、けれどその記憶があるのなら、今度こそ必ず、守って見せてくださいよ」
気が付けば自分は見知らぬ小屋で寝ていて、フードをかぶった黒い、おそらく女性だと思われるその人物が何かをしゃべっていた。夢見心地でぼんやりと彼女の言葉を聞いていた少年は、その片手に握る熱に、心地よさを覚えながらかっと目を見開く。
「マリアベル⁉」
飛び起きた少年は隣で眠る少女を——死んでしまったはずの自分の妹を見てその体へと近づく。少年の片手は眠る妹の手を握っていて、妹の手のひらは温かくて。
すぅ、と小さな、穏やかな呼吸の音が聞こえて来て、少年の視界が揺らぐ。
あふれ出す涙を乱暴に袖でぬぐい、鼻水をすすり、少年は妹の頬へと手を伸ばす。
「あたたかい……」
伝う涙が頬を濡らし、見下ろす妹の顔に落ちる。少女が身じろぎし、それからゆっくりと、その目を開く。焦点の合わぬ薄紫の瞳が揺れ、それがゆっくりと少年の顔を捕らえる。
「おにい、ちゃん……」
くしゃりと、少女が笑う。無事でよかったと。
そこに、死の痛みも、悍ましい実験による苦痛もなかった。ただただ、兄の無事を祝って、彼女は少年の体にきゅっと抱き着く。
「う、あ、あぁ、うあああああぁぁぁぁぁあッ」
あふれ出す涙は、嗚咽は止まらなかった。腕の中の温かな命を掻き抱いて、少年はひたすらに泣き続ける。その叫びは悪感情によるものではなく。
互いの無事に、その奇跡に、少年は歓喜して泣き続けた。
そこに、黒いフードの人物はもういなかった。
すでにお気づきの方が多いかと思いますが、完結保障と銘を打たせていただきました。
というのも、コツコツと書き溜めていた拙作はとうとう最後まで書きあがりました。最終話が690話ほどです(あと300話ほどあります)。
現状、誤字脱字の修正と、より面白くなるように改稿を進めています。
そのため、全話を予約掲載こそできていませんが、基本的に更新を止めることなく進めていけると思います。
それと、拙作は一周年となりました(気づきませんでした……)。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
そして、今後も投稿が止まる心配をすることなく、安心して拙作をお楽しみください。




