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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
10.破滅へと続く道

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370不幸少女と事件調査

誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

「ここがフランの街一番の食事処です。昼頃しか開いていないので昨日はお話ししませんでしたが、フランの街に滞在する以上、一度は訪れておくべき場所になります」


 馥郁たる香りが漂ってくる店内は、大勢の客の熱気で満ちていた。街の冒険者ギルドや商業ギルドにも匹敵する大規模な店の中には、数十人が席についてなお余りあるほどのテーブルが並び、十人に近い人数の店員がせわしなく厨房とテーブルの行き来をしていた。


「この店は以前隣り合って競い合う二つのライバル店でした。どちらも大衆向けの安くておいしい食事処を目指し、互いに衝突を繰り返す中、互いの店の娘と息子が恋に落ちました。二人は艱難辛苦の末にお互いの親を説得し、ついに結ばれてこのフランの街最大の料理屋フレーゲンが誕生しました。依頼競い合っていた店はお互いの技術と知識を融合させることで更なる高みへと至り、店を大規模に改修、一つの店となっています」


 それからここはフランの街の恋人たちの聖地のひとつでもあります、とそう告げながらメルティアーゼはおすすめの料理をいくつかシャーロットに提案する。

 注文からわずか数分、メニューが少ない代わりに到着が非常に早い食事に、シャーロットはごくりと喉を鳴らした。


 豪快に斬られた巨大な肉塊に、茶色のシチューのようなソースがかけられていた。熱い鉄板の上に広がるソースは泡立ち、食欲をそそる匂いが周囲へと広がる。こんがりふんわりした白パンに、後は炒めた野菜の皿が一つ。値段も良心的な代物で、シャーロットは食前の挨拶もそこそこにシチューへと手を付け、そして満足げに頬を緩めた。


「肉はその前日手に入った魔物肉を独自の方法で柔らかく加工して旨味を引き出しているそうです。魔物によってソースの味付けにも微妙に手を加え、ソースを絡めるパンもふわふわな中に仄かな甘みがあり、箸休めの野菜炒めも加えたナッツによるアクセントでそれだけでも食が進むようになっています。貴族向けの料理屋を除けば、この料理屋に勝る店はないと地元民の私が断言しましょう」


 きちんとしたテーブルマナーで、それでもいつもより比較的早いペースで食事を進めるメルティアーゼ。その話を軽く聞き流しながら、シャーロットは無心で——とはいえ並列思考の一つを無心にしていたにすぎなかったが——食事を進めた。



「それで、何が望みですか?」


 昼食後も街の様々な名物から知る人ぞ知る伝説、街の地下に眠る古代遺跡の入り口など、一つの街にこれほどの観光場所があるのかと言いたいほどに多様な場所を案内したメルティアーゼ。狭くも緑あふれて落ち着きのある広場のベンチで隣り合って座りながら、シャーロットは彼女にそんな言葉を投げかけた。


「望み、ですか?」


「ええ、これほどまでに警戒する相手に街を案内する。どう考えても不自然ですよ?」


「それは……」


 この二年でシャーロットが培ってきたのは戦闘能力だけではないのだ。昇華した探知魔法の技量は、もはやわずかな魔力の揺らぎで感情を察することができるまでに至っていた。シャーロットの緻密な魔力制御能力がなせる業だが、幼くも貴族の一員として権謀術数の中で育ってきたメルティアーゼには、自分の感情がシャーロットに悟られた驚きで一瞬言葉が出なくなる——これほど感情を露わにしてしまっている時点で未熟と言うほかないのだが。


「教えてはくれませんか。まあ構いませんが、あまり深入りするのはお勧めしませんよ。碌なことには……それはもう、碌なことにはなりませんから」


 これまでの経験上、わずかにでも関わりをもってしまった面倒事に引き寄せられて来たシャーロットは重い言葉を告げる。ガーゴイルの時も吸血鬼の時も、デーモンの時も、リヴァイアサンの時も、帝都ダンジョンのスタンピードの時も、シャーロットは一歩、あるいは半歩先には死が待ち構えているような険しい道をたどることとなった。交わした言葉が、培った交流が、仲を深めた相手の存在が、シャーロットに見捨てるという行動をとらせなかった。

 あるいはそれはシャーロットの人の好さが原因なのかもしれなかったが、少なくともかかわりがなければシャーロットはいつだって逃げるという選択肢を真っ先に挙げていたはずだった。


 地上に進出したガーゴイルと戦おうなどという発想がわくこともなく、たった一人の救出のために盗賊——の振りをしていたネクロ——の拠点を襲撃することもなく、王都の往来で吸血鬼と死闘を繰り広げることもなく、グール化したラナにエリクサーを飲ませて王家に狙われることもなく、村を守るために盗賊団を殲滅しデーモンと死闘を行うこともなく、リヴァイアサンと戦うこともドッペルゲンガーと戦うこともなく、エインツィヒ侯爵邸を襲撃することもネクロ拠点で戦闘を繰り広げることも、スタンピードから帝都を救うために戦うこともなかったはずだった。

 すべての戦いにおいてシャーロットにその選択肢を取る明確な動機があったわけでもなく、あるいはその場に流されるようにして戦いの中に身を置いた。


 現状が戦いにつながるかどうかはわからず、けれどきっと、事件の真相を解明しようとすれば事件そのものがこちらによって来ると、シャーロットの直感はそう告げていた。

 だから、シャーロットは問うのだ。深入りする覚悟はあるか、と。


「この街でいたずらに人を殺害するジョーカーを、私は、私の家は、許しません。必ず罪を償わせます。そのためならば、毒をもって毒を制すこと——体内に自ら毒を取り込むことだってしてみせます。それが貴族ですから。なので、ネクロ幹部のシャル様。私は、貴女だって利用します」


「……訂正が、いくつか。まず、私は毒とは限りません。そして、私はネクロの幹部などではありません。ネクロのリーダーと知り合いで、時々お使いを頼まれるようなその程度の間柄ですし、名前こそ勝手に与えられましたがそれを名乗ってもいません。それから、もう一つ。今この街で殺害を重ねている男は、ネクロの幹部のジョーカーなどではありません」


 淡々と、シャーロットは語る。目の前の少女は自分とは異なる価値観の中で育ってきた人物だった。だからシャーロットは、これ以上止めないし忠告もしない。シャーロットはどこまでも、シャーロットのために行動するのだ。たとえ一時的に場の雰囲気に流されるようなことがあっても、最終的な行動選択の決定を下すのはシャーロット自身だ。

 多くの敵と戦ってきたシャーロットは、いつだって強くなるためにその手を血で染める選択をして来たのだ。



「おかえり。思ったよりも早かったな?外泊しても良かったんだぞ?女同士だからって気にするな」


「……外泊はしませんし、ましてや敵の胃の中に好き好んで突っ込んでいこうなどしませんよ。それで、シュガーの方は情報は集まりましたか?」


「ばっちりだ。今日一日遊んでいた同僚に言われたくはないぜ?」


 街の散策を続けながら、シャーロットは影人形を元に情報収集を行い、同時に潜伏者の捜索を行っていた。未だシャーロットの分担領域では怪しい人物こそ見つけられていないが、敵が網にかかるのは時間の問題かと思われた。


「敵の潜伏拠点は地下であってい——ッ⁉」


 あっていますか、とシュガーに確認をしようとしたところで、シャーロットは影人形の一体が視界に捉えた死体に、遠くにいながら目を見張る。


「……まさか、シャル。お前もか?」


「も?ということは、まさかシュガーの方も⁉」


「ああ。このタイミングで新しく死体が二つ……遊ばれてんな?」


 シャーロットが合流を果たしたタイミングでの死体の発見と、これまでにない一日で二件の殺害事件発生。血の海に沈む死体はやはりと言うべきか顔の皮がはがれていて——そして、体のあちこちに獣に食われたような傷と歯型があった。

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