364不幸少女とスタンピード
新章開始です。
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多様なダンジョンの出現から二年。長く続く第二首都を中心とする皇弟の反乱は未だ鎮圧されず、騎士の大多数がそちらにかかりきりになっている帝国。不十分なダンジョンの魔物の間引きが深刻化しようとする中、逆に帝国へと集まる者たちもいた。
魔物を斃し金を稼ぐ集団、冒険者である。
彼らは新たに多数のダンジョンが出現した帝国へと足を運び、本来なら手に入らなかったであろうダンジョン攻略者という名声と、ダンジョン最奥に必ず存在する攻略報酬の強力なアイテムを得ようとダンジョン攻略を進めた。
そんな者たちの中には、力をつけようという若き英雄の芽も存在し———
「ああああああああ⁉」
「燃えて——ファイアバレットッ」
若き英雄候補の冒険者たちの一角である四人——正確には冒険者三人と負傷した背負われる一般人——は、迫りくる魔物の波から必死に逃げていた。
きっかけは街の近くの荒野、その岩陰に新たに発見されたダンジョンの存在だった。おそらくは二年前に発生し、それから人の手が入っているかも不明なダンジョン。
若さゆえの短慮、あるいは人々を守るという熱い正義感からダンジョンへと進んでいた彼らは、到着目前にしてダンジョンの入り口と思われる暗い入り口から魔物があふれ出したのを見て、慌てて撤退を開始した。
スタンピード。ダンジョンの限界を超えて出現した魔物が、外へとあふれ出す災厄。不幸にもその現場に居合わせることとなった少年と少女二人は、流石は戦闘従事者と言うべきか、自分たちの手には負えないと即座に判断して街へと応援を呼びに走る。
その最中、不幸にも近くに居合わせ、そしてスタンピードの魔物の大群を見て硬直していた行商の男は、ダンジョンとは別口の魔物に襲われ、少年はその男を担いでの逃走を決意する。
「大丈夫、アイゼン⁉重くない⁉」
「問題、ないッ!この程度ッ」
熱意に満ちた十代半ばといった少年——アイゼンは、荒い息を吐きながらもその足を止めない。実のところとうに足の感覚は麻痺していて、重いそれを気力で前に出し、苦しい肺に無理やり空気を送り込むようにして動いていた。
幸いと呼べるのは、今回のスタンピードの原因が、比較的動きの遅いスライムの集団であったことだった。
「ねぇ、アイツ魔法が効かないんだけど⁉」
「まさかアンチマジックスライムか⁉Bランクだぞ⁉」
不幸中の幸いだと思われた存在は、けれど災厄に変わりはなかった。赤髪の少女が放った火魔法が直撃したスライムが、土煙の中から無傷で飛び出した。
銀色の光を帯びたそのスライムは、わずかな体積の減少もなく、からかうように半透明の体内で魔石が揺れていた。
魔法を無効化するアンチマジックスライム。
毒々しい黄色の、麻痺毒を持った粘液を飛ばすパラライズスライム。
同じく目に毒な紫色の、猛毒持ちのポイズンスライム。
強力な酸性の液体の体を持つ黄緑色のアシッドスライム。
物理耐性のある鈍色のアイアンスライム。
アイアンスライムを超える物理攻撃をほぼ通さない漆黒のアダマンスライム。
その大きな体で敵を飲み込むヒュージスライム。
通過した場所を灼熱の炎によって溶かす、溶岩で肉体が構成されたラーヴァスライム。
FランクやEランクの雑魚とはいえ数だけは多いブルースライムやそれなりの自己再生能力を有するグリーンスライム。
多種多様なスライムの大群が、荒野が見えないほどにうごめき、食事を求めて四人を追って跳ねる。ヒュージスライムの跳躍による振動を感じ、アイゼンは頬を引きつらせながら恐る恐る後ろを確認する。
先ほどよりも両者の差は縮まり、先制攻撃とばかりに四人のすぐ後ろにスライムから酸弾攻撃が放たれる。地面を溶かし、刺激臭のする白煙を立ち昇らせるそれらに、ただでさえ担いでいる男から流れる血が危険水準に達しつつある中で、アイゼンは恐怖と焦燥感に体を震わせる。
だが、その恐怖の行進は始まったばかりだった。
「様子がおかしい!」
「な、んだ⁉」
獲物を追うのに焦れたのかスライムたちがこれまでとは異なる動きをして見せたことに、黒い眼帯を身に着けた少女が反応する。
息も切れ切れにその内容を確認するアイゼンは、そして背後で見てはいけないものを見てしまった。
「は、ははははは……」
限界を超えて酷使されていた体は、その恐怖によって完全に停止してしまう。肩に担いでいた男は地面にずり落ち、けれどその無事を気にすることもできず、アイゼンはスライムたちの様子を呆然と眺めていた。
荒野を埋め尽くしていた色とりどりのスライムが、一か所に集まり一つになろうとしていた。融合する体液の中で核は中央へと終結していき、一つの巨大な核となる。多様な色の体液は混じり合い、その見た目は油膜のようなカラフルな色合いをしていた。
——レギオンスライム。大量のスライムが結合して一つとなる、発生原理不明のBランクの魔物が、アイゼンたちをしとめるべく誕生した。
「走るよ!」
ぐぐぐ、と体の中央あたりを後ろ下方へと引いて見せるレギオンスライム。その動きを脅威と見て取った眼帯少女が男を担ぎ、アイゼンともう一人の少女を叱咤する。
堰を切ったように走り出す三人の後ろで、一般家庭を優に超える巨大生命体が、宙へと跳び上がった。
「うわああああああああッ」
狂ったように叫びながら、影となったその場所から逃れるべく、アイゼンは死力を振り絞って両手足を振る。その両隣りでは同じように少女たちがレギオンスライムから逃れるべく足を進める。
間一髪、レギオンスライムの落下点から逃げ切った三人は、けれどその落下時の衝撃と、砕け飛び散る大地の欠片によって吹き飛ばされた。
「ごほっ、うぁ……」
視界が激しく回り、全身の痛みにうめきながらも少女は起き上がり、そして絶句する。すぐそばにそびえる巨大な極彩色のスライムは、まるで彼女たちをからかうように手出しをすることなくフルフルと揺れていた。建物にして十階建てはくだらないであろう、おそらくは彼女の見たことがある建物の中で最大の王城すら越える巨体の影に、彼女はうずくまっていた。
逃げなければいけないと心が叫び、けれど痛みに苦しむ体はいうことを聞きそうになかった。すぐそばに転がるアイゼンと男も、うめき声から生きていることこそわかるもののすぐには動けなさそうだった。もう一人の少女の姿は飛び散ったがれきの下敷きになってしまっているようで、彼女には居場所が分からなかった。
「痛ッ……うわぁ」
動き出そうとしたところで肌に感じる違和感に少女は片腕へと視線を下ろし、あらぬ方へ曲がった己の腕を見て思わずおかしな声を出した。片足も盛大に傷つき肉が見えていて、とてもじゃないが満足に逃走できるとは考えられなかった。
「う、うぅ……」
そうこうしている間に気絶していたアイゼンも意識を取り戻し、痛む体に眉をひそめながら立ちあがる。
まるでこの時を待っていたというように、レギオンスライムの巨体から鞭のように腕が伸び、三人のすぐわきの地面に振り下ろされる。いつでもお前たちを殺せるのだ——そんなレギオンスライムの宣言に、アイゼンがギリリと歯を食いしばり、射殺すような鋭い視線でレギオンスライムを見る。
腰の長剣を抜き、構えるその姿はけれどひどいへっぴり腰で。それをあざ笑うようにレギオンスライムは地面の鞭打ちを続け石くれを三人に飛ばす。
少女の頬が石で裂け、みぞおちに石が当たったアイゼンが呻く。
「二度と、もう二度と、仲間は殺させないッ」
強敵に向かって叫ぶアイゼンをあざ笑うかのように、第二の鞭が巨体から伸び、それが遠く離れたがれきをつかむ。
「ッ、チェパ⁉」
「クソッ、ふざけるな、ふざけるなよ、この魔物がぁッ」
がれきの下から現れた血まみれの少女を、レギオンスライムの腕がつかみ上げ、弄ぶようにアイゼンの視線の先で揺らす。スライムの体液が当たっている場所から服や肌が溶け始め、その顔色は毒によるもので急激に悪くなっていく。体がぴくぴくと震えるのは麻痺のためか。
「まって、アイゼ——ッ」
激昂するアイゼンがレギオンスライムへ向かって走り出そうとして——そこでようやく、レギオンスライムは明確な攻撃を彼らに向ける。少女チェパを握った鞭が、天へと持ち上げられ、そして振り下ろされる。
その大質量の一撃が、たった一撃が、なすすべもなく四人を殺す——その、はずだった。
「———転移」
涼やかな、この場に似つかわしくない落ち着いた声が、少女の耳に届いた。そして、走り出そうとしていたアイゼンの前、迫る腕の目前に一人の人物が姿を現した。
ゆらりと、流れるような動きで腕が振られる。その動きに合わせて、漆黒の得物の軌道の先が、割れる。太いスライムの腕が切り離され、そして腕の先にいたはずのチェパの姿が消える。目で追うこともできない一瞬で、その人物は地面に叩きつけられようとするチェパに追随し、その体を抱きかかえて救出していた。
「覚えのある魔力があるかと思えば……久しぶりですね、アリス」
チェパを救い、落ちてくるはずのレギオンスライムの腕をどこかへ消し去った白髪仮面少女が、アイゼンを止めようと手を伸ばした状態で呆然と立ち尽くすアリスへと話しかけた。ふんわりと、春の花が咲いたような、あたたかな笑みを浮かべて。
黒い肌に張り付く黒のインナーで両腕の肌を隠し、スラッとした長身を青い革製の装備に包み込んだ女性。手には黒い滑り止めつきの革手袋をし、脚はひざ下まで覆う茶色の革製のブーツ、腰には茶色のポーチと二本の得物。黒地に白い縦線が中央に一本入った目元と片頬を覆う仮面を身に着けるシャーロットが、ひらひらと手を振っていた。




