39不幸少女とコボルト戦1
「今日は行けますかね?大丈夫ですよね?」
昼前の冒険者ギルドで、シャーロットは依頼書とにらみ合っていた。コボルト討伐の常設依頼。昨日受注を却下されたそれを片手に、シャーロットは受付の列に並んでいた。
普段は複数人いる受付嬢も、交代で昼休憩を取っているためか一人しか存在せず、シャーロットは前の冒険者が受付嬢と話す様子を探知魔法で感知しながら、内心緊張に震えていた。
(どうでしょう、昨日ゴブリンをあれだけ斃したわけですし、受け付けてもらえると思うのですが。まあ、試してみるほかありませんか)
「次の方どうぞー」
「あ、はい。依頼を受けます」
「はい、ええと、コボルトの常設依頼ですか。少々お待ちくださいね」
(さあ、いけますでしょうか?どうでしょうか?)
受付嬢が冒険者カードを魔道具にかざすのを見ながら、シャーロットはきゅっと手を握りしめていた。
「シャルさんは……ああ、昨日もコボルト討伐を依頼されていた方ですね。ええと……」
(まさか、同じ人ですか⁉そういえば、声が似ている気がしますね。探知魔法は便利ですが、やっぱり人の識別は顔を見るのが一番ですからね。私の探知魔法のスキルレベルでは、残念ながら顔の輪郭などをはっきり認識することはできませんから。精進あるのみですか)
しばらく顎に手を当てて悩んでいた受付嬢は、それから、大丈夫でしょう、とうなずいて手続きを進め始めた。
「受注させてくださるのですか⁉というか、受付嬢が独自に判断するものなのですか?」
シャーロットのテーブルに飛びつくような行動に、受付嬢はくすりと頬を緩ませ、それからええ、と答える。
「冒険者の方たちを見極めるのも、受付嬢の仕事ですからね。見込みのある冒険者に長く動物狩りや薬草採取ばかりさせているのはもったいないので、ある程度は受付嬢の判断で決められますよ。最も、これほどの柔軟性ができて来たのはここ最近のことではありますけれどね」
ふふ、とシャーロットにウインクを決めた受付嬢は、それから手続きを終えた冒険者カードを返却する。
「それでは、気を付けて行ってきてくださいね」
にこやかに告げた受付嬢に会釈を返し、シャーロットは意気揚々とギルドを出た。
「さて、今日は稼ぎますよ」
屋台で適当に朝食を済ませ、シャーロットはすぐさま王都を出る。
大図書館の予定が変更になってしまった無念さを込め、シャーロットは意気込み十分で森に足を踏み入れた。
「さて、探知魔法に……ゴブリンだけですね。やはりある程度棲み分けがなされているのでしょうか?まあ捕食者と被捕食者が同じ場所で、のんきに生活しているということもありませんか。ふむ、では昨日Eランク以上の魔力反応が増え始めたあたりまで進みましょうか」
短刀を抜いて握り閉め、もう片手にはガラス弾を持ってシャーロットは軽い足取りで森を進んでいく。これほど緊張感なく森を進めているのは、探知魔法という強力な奇襲対策をシャーロットが持っているからである。一般の冒険者は魔物の奇襲に備え、また魔物を奇襲できるように、気配を殺し、聞き耳を立て、ゆっくりと森を進んでいくものである。
受付嬢がシャーロットを心配して昨日依頼の受注を断り、そして今日は手のひらを翻したのは、ひとえにシャーロットの索敵能力のすごさを理解したからである。
普通の10級冒険者は、半日でゴブリン四十匹以上の討伐をソロで行うことなどできないのだ。シャーロットは受付嬢にとって文字通り異常な人材だった。
(よし、数は三。人型、魔力反応からハイゴブリンレベル。おそらくこれがコボルトですね。……では行きますか)
潜伏スキルを発動させ、シャーロットは今回も射線が通る場所まで気づかれないように移動した。
(さて——ストーンバレット!)
放たれた三つのガラス弾は、二匹のコボルトの顔に、そして一匹の右肩に当たった。
(二匹死亡。後一匹。もう一度——ストーンバレット!ッ⁉外れましたか。それなりの脚力、さすがにEランクだからと侮りすぎましたか)
コボルトはその集団戦闘と敏捷性からEランク認定された魔物である。さすがにゴブリンに確実に当てる程度の速度の魔法では、避けられる可能性は十分に存在した。
(速いッ、ですがダークウルフほどではありません。なら、先ほどより魔力を込めて——ストーンバレットッ)
仲間が殺され、自分は右腕を貫かれた怒りから一直線にシャーロットへと向かってくるコボルト。
シャーロットは、その俊敏な動きに驚きつつも、慌てることなく第三射を行った。
単純に魔法の速度が上がった上、一直線に進むことで相対速度も上昇した弾丸を、今度はコボルトも避けることができず、その片目に直撃した。
「よし。魔力反応問題なし。討伐確認。……ふう、それなりに強い、のでしょうね。少なくとも接近戦では苦戦しそうですね。さて、コボルトは……牙と爪、魔石、それから毛皮でしたか?」
シャーロットは手早く毛皮と魔石、それから牙と爪を回収していく。これだけで、背負い袋の大部分が埋まってしまい、シャーロットはこの後どうするかと悩みながら、次の獲物を求めて歩き始めた。
(んー、これは少し魔力反応が強いですかね?Cランク……いえ、Dランクですか。ダークウルフと同じ強さと考えると足がひけますが、私もあの時よりだいぶ強くなっているわけですし、戦ってみましょうか)
魔力反応がひと際大きい個体を見つけ、シャーロットはその相手にゆっくりと近づいて行く。おそらくは四足歩行の獣型の魔物、それから頭部に突起物らしきものがうかがえることから、シャーロットはイノシシ系の魔物だと判断した。
(魔力反応が動き始めましたね?こちらに近づいて来ますか。では、罠をはってみましょうか。——アースホール……それから、土よ、この穴を覆い隠せ)
強くなることに貪欲なシャーロットは、格上との戦闘を想定した、からめ手の実践にも余念がなかった。土魔法で地面に穴を掘り、それから適当な呪文で穴の後を消し、シャーロットは姿を隠した。
(さて、潜伏を発動して……もうすぐですね。あと十メートルほど。……ん?)
探知魔法で獲物の様子を確認していたシャーロットは、魔物が地面から鼻を上げたのを見て眉間にしわを寄せた。
(気づかれましたかね?匂い、音、……魔力?とにかく、それなら作戦変更です)
身を低くした状態で、シャーロットは素早く木々の間を走り抜ける。そのまま大回りをして魔物の背後を取り、シャーロットはわざと音を立てて魔物を追いたて始める。
「はああぁぁぁぁッ——ストーンバレット!」
叫び駆け寄るシャーロットへと魔物は振り向こうとして、鼻先をガラス弾がかすめて慌てて方向転換を中止、シャーロットから逃げるように駆けだした。
「まだです!ストーンバレット!ストーンバレット!……よしッ」
向きを変えようとするたび、鼻先を、あるいは顔の毛皮を魔法が削り、直進に進み続けることとなったイノシシは、そのまま罠である地面を踏み抜き、穴に落下した。
「できました!……あれ?」
シャーロットが作った落とし穴は魔物の体に対してだいぶ小さく、イノシシ型の魔物は前足と頭を穴に半ばほど突っ込んで停止し、もがき始めた。
「失敗……ですかね。とりあえず、とどめを刺しておきましょうか」
暴れて後ろ蹴りを繰り出す魔物の背後から移動し、シャーロットは首を切り落として魔物を斃した。
「んー、方針自体もいまいちでしたかね?そもそも私の格上が相手の場合、牽制の魔法も通用しないでしょうし、そうなると罠への誘導ができません。やはり魔物の足元に直接落とし穴の魔法を発動しますかね?ですがそちらの場合も、魔力や振動、土の動きなどで察知されて躱されてしまうでしょうし、ダークウルフあたりの敏捷性の高い魔物には全く効果がなさそうですよね。現に、ゴブリンキングは穴から飛び出して来ましたし、せいぜい行動を一歩遅らせるくらいですか?」
首から流れる血が地面に掘られた穴に落ちていくのを見ながら、シャーロットは血抜きには便利ですか、と戦闘とは関係ないところで結論を得た。
ある程度噴き出す血が減ったら、シャーロットは短刀で皮を裂き肉を剥ぎ取り、牙を折り魔石を回収する。
「……短刀、ものすごく使いづらいですね。お金がたまり次第、すぐにでも解体用のナイフを買いましょう。あの鍛冶屋の店主の方、こういった場合を想定して解体用ナイフのことを話してくださればよかったのですが……商売、向いていないのではないでしょうかね?」
名前も知らない鍛冶屋の店主に文句を言いつつ、シャーロットは解体を終え、そして固まった。
「この肉、どうしましょうか?魔石と牙、それから毛皮は持ち運ぶか、もしくは収納に入れておくとして、この量の肉は……収納に入れて置いたら腐るだけですし、かといって街まで運べる量ではありませんよね。空間魔法の存在は知られたくありませんし……持てる分だけ持って、後は捨てますか」
結論を出したシャーロットは早速、その辺の葉を残している木から葉をむしり、肉をくるんで鞄にしまっていく。
「んー、この重さの荷物を運ぶのも、解体にかかる時間も、割に合いませんね。次からは獲物を選んで狩りましょうか。それか、牙だけへし折って回収しますかね?」
物騒なことを告げながら、シャーロットは先ほどの戦闘の失敗を思い出して溜息を吐いた。
「まあ、色々試していくしかありませんね。幸い魔物の数には事欠かないわけですし、どんどん狩って行きましょう。……まずはコボルトですけれど。さて、この魔力反応が正解ですかね?」
解体を終えたシャーロットは、若干血のついた服に眉をひそめ、それから再び獲物を求めて歩き始めた。




