353不幸少女と諸悪の根源
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「——錬金術」
収納から取り出した腕輪を身に着け、シャーロットはとあるスキルを発動する。
スキル名を告げると共に、シャーロットはそれぞれの手に持つ霊核とロケットペンダントを近づける。まるで生きているかのように流動するペンダントの蓋の金属が霊核を飲み込み、元から装飾の一部であったかのように蓋の中心に緑の石が収まった。
ユキの一部を肌身離さず身に着けることができるようになったことを喜び、けれどそんな浮ついた感情はすぐさま消し去り、シャーロットは暗く長い廊下の先を睨む。
進むたびに瘴気も、それから悍ましい呪いのそれと思われる魔力が濃くなっていた。シャーロットの予想が正しければ、その呪いは帝国全体に広がりつつあったクォーツ化の原因で。ここ最近の面倒事の元凶がそこにいる可能性に、シャーロットは一層気を引き締める。
ジャラリと、鎖がこすれる音が静寂に満ちた暗闇に響いた。音の発生源である少女がゆっくりと眼を開く。ぼんやりとした視界はそのうちに焦点が定まり、そして彼女の思考は急速に働き始める。
「ドクターッ」
立ち上がる彼女は、けれど自分の魔力が鎖へと吸い取られていくような不快感と、魔力を失うことによる虚脱感に膝をつく。妹の復讐相手と思しき男の場所に乗り込んだ結果が、敗北と監禁という現状だった。
己の無力さに、そして今後自分に待ち受けているであろう実験を思い、少女、ローザは体を震わせる。
「落ち着け、落ち着きなさい……鎖から抜け出してアイツを殺す。絶対にッ」
集中し、奪魔の腕輪と魔力の綱引きを開始する。全力の魔力操作と共にイメージを固め、発動するのはとある神具。
使用者の体は霧に変えることができる魔道具を生み出し使用することで、ローザは難なく脱出を遂げる。
「……次は、油断しない。隙をついてでも、この命に代えてでも、殺して見せるッ」
お粗末な束縛から逃れたローザは、怨敵を探してネクロの拠点、天帝の塔内部での活動を開始する。
「ようこそ、儂の城へ!」
暗闇の先、うす暗い部屋に入ったところで、シャーロットは前方から照射されるスポットライトの光に照らされて顔を手で覆う。
「…………どなたですか?私はここへ来たはずのエインツィヒ侯爵を殺しに来たのですが」
「ヒヒ、ヒヒヒヒ。儂か?儂はドクター。偉大なる創造者よ!……ヒヒ、なるほど。欠けた魂の補填のために融合・力の獲得を成し遂げるとは!流石にファウストが直々に勧誘するだけのことはあるな」
芝居のような、自分に酔った発言をするのは白衣の男。逆光に照らし出されたその人物は、おそらく相当の年齢と思われる人物だった。腰は曲がり、お世辞にも強いとは感じさせられない彼に、けれどシャーロットは男の言葉すら聞き流して一層神経をとがらせる。
男の横、宙に浮いたおぞましい存在がシャーロットの目に映ったためだ。
うごめく漆黒の浮遊球体、その表面にはびっしりと眼球が存在していた。そのどれもが異なる魔力を持っていることが、ひどく気持ちが悪かった。しかも、すべての目が対になっていない、つまり同じ存在のものであったと思われる目は存在しなかった。別の生き物の目を移植——それを移植という言葉で表現していいかは不明だが——されたと思しきその存在が持つ目の数だけ、犠牲者がいるということを意味していた。
「これが気になるかね?ミュータントスライムを元に生み出した私の目であり実験道具、キラーボールアイズだよ。実にエレガントな見た目だろう?」
そんな悍ましい化け物から伸びる一筋の黒い線は、男のモノクルへとつながっていた。きらりと光るレンズの向こう側には、知的な光と、そして興奮交じりの狂気をはらんだ瞳があった。少なくともそこには、隣に並ぶ化け物を気持ち悪がる感情などあるわけがなかった。エインツィヒの言葉が正しいとすれば、目の前の男は彼の師匠「ドクター」なのだから。
「そうそう、我が愚鈍な弟子にはまだすべきことが残っていてね。儂が相手をしてやろう。……さあ、儂の実験の成果を見るがいい!顕現せよ、パンドラボックスッ」
照明の光が、消える。否、光を遮るようにして、男の両脇、キラーボールアイズのさらに隣に、漆黒の箱が出現した。男の二倍はあるかというおそらくは立方体のキューブ、そのシャーロットへと向いた一面が開かれ、中から多数の動く存在が姿を現す。その影に、魔力に、シャーロットは覚えがあった。
「ドール?いや、これは……ッ」
二重の意味で記憶に残っていたその存在たちは、人形。アドリナシア王都のとある闇組織のアジトで戦った。ドールという名のネクロ幹部だという女性。彼女と同じ改造された非生命の体を持つ集団が、ドクターの周囲に並び立つ。それから、その集団の中の一人。
見覚えのある顔の少女に、シャーロットはわずかに目を見開いた。
(クドゥ村の長——⁉)
デーモン戦の時に共闘した少女と呼べる年齢のクドゥ村の代表、リリエール。彼女が、暗い瞳をシャーロットへと向けていた。
そして、リリエールは己の拳を開くとともに歌を開始する。今度こそ、シャーロットは驚愕に思考が埋め尽くされた。
「ははっ」
もはや笑うしかなかった。ここまで自分をコケにするのかと、あざ笑うのかと、シャーロットは世界を、神を、運命を呪う。
リリエールの手のひらの中から現れたのは、シャーロットが“助けられなかった”ドールが所持していた神具。呪歌魔法の効果を強める凶悪な魔道具が起動され、シャーロットを音の速攻が襲った。
乱立する岩の針の間隙を縫い、シャーロットはドクターによって生み出されたと思しき人形たちへと魔法を放つ。一方、人形たちのスキルは強力無比で、リリエールの呪歌魔法を中心にシャーロットの魔法などたやすく吹き飛ばし、敵へと攻撃を届かせる。
あらぬ方から飛ぶ魔力すら感知できない不可視の斬撃が、溶岩が、突如床を突き破って現れる樹木の枝や根が、分裂し着弾までに本数が数百までに増加する矢が、シャーロットを襲う。
胴体を深く切り裂かれ、腕の皮膚が焦げ、木の根は跳んで回避し、風魔法で矢の雨を吹き飛ばし、シャーロットは自己治癒スキルによって回復しながらも全力で人形の懐へ飛び込む。いつの間にかドクターは一歩離れたところで戦いを観戦していた。
「はッ」
短刀が振りぬかれ、その軌道にそって斬撃が飛ぶ。直感的に放った一撃が不可視の斬撃と衝突しシャーロットは人形の一体の攻撃への対処に成功する。同時に身体強化スキルをより強く発動し、急加速によって敵の魔法攻撃網を潜り抜け、その刃を敵の体へと届かせる。
呪歌魔法を続けるリリエールを止めるように暗黒魔法を放つ。ドールに比べれば弱いと言わざるを得ない術者であるリリエールに、シャーロットは情け容赦なく魔法を叩き込む。同時に体のひねりを加えた強烈な横薙ぎによって人形の一体を両断する。
上半身と下半身が泣き別れてしまった人形の体から、人のものとは思えない色をした液体が零れ落ちる。それこそが、目の前の存在が人形という強制的に人という道を外れてしまった者であることの証明だった。そして、だからこそシャーロットはためらわない。
目の前の者たちのような存在をこれ以上生み出さない、そんな偽善のような思いを実現するためにも、彼女らに守られたドクターという男を殺さなければならないから。
「サンダーレインッ」
頭上へと打ち出された雷球が爆発四散し、周囲へと降り注ぐ。制御された軌道は無秩序なように見えて、地面にぶつかりそうになる瞬間に非物理的な曲線軌道を描き、人形たちに四方八方から襲い掛かる。
雷の一撃は人形たちの防御に阻まれ、けれどその隙に隠密系スキルを総動員して素早く移動していたシャーロットにより、また一人人形はこの世から消え去る。
「ヒヒ、思ったよりやるじゃあないか!」
ドクターが余裕に満ちた感想を告げる間にも、人形は次々と斃されて行き、残されるのはリリエール一人となった。そのリリエールも、シャーロットが生み出した石の針によって腹部を貫かれてその場に縫い留められていた。
その首を、遠くからの飛ぶ斬撃によって刎ねた。
シャーロットがドールとの戦いに苦戦した最大の理由は、狭い空間を支配するほどの範囲攻撃と、それによって足場を奪われることにあった。
この広い地下空間において、ドールより弱い呪歌魔法しか使えず、何よりデーモン戦を含め呪い系統へとそれなりの耐性を獲得したシャーロットには呪歌魔法の精神干渉が利かなかった。加えて面制圧もかなわず、シャーロットは鍛えた体を十全に使って縦横無尽に行動、リリエール含め人形全てを撃破して見せた。




