351不幸少女とエインツィヒ戦5
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「サンダーランスッ」
凶悪な紫電の槍が四人に襲い掛かる。アーサーたちと戦闘を続ける「お気楽道楽」の三人、そしてノーライフキングへと至ったエインツィヒへと迫る攻撃は、けれどエインツィヒが即座に放った土魔法によって消し飛ばされる。
『邪魔だ、貴様は後悔の中で死んで行け』
あくまでもシャーロットの絶望が見たいと、ノーライフキングはエヴァとアーサーにより苛烈な攻撃を始める。それは少しずつ二人の逃げ場を減らし、生傷を増やす。
「ブラストウィンドッ——ッ⁉」
アーサーに迫るノーライフキングの魔法を吹き飛ばそうとするシャーロットの風魔法は、けれど失敗に終わる。射線上に割り込んだ敵の男が、シャーロットの魔法を弾き飛ばした。いや、正確な表現をするのであれば、風を燃やし尽くした。
炎を纏った痩身の男は、くぼんだ眼窩で剣呑な光を宿す瞳をまっすぐシャーロットへと向ける。生気が抜け落ちたかのようなその体を取り巻く炎はまるで彼の命を燃やすように一層の熱を帯び、陽炎のように揺らぐ炎は蛇のような姿を取る。
「妖精……いや、精霊ですか」
「ご名答。正しくは精霊憑きだ……燃やせッ」
突き出された男の腕に巻き付いた炎の蛇の精霊がシャーロットへと口を開く。火炎放射器のような攻撃が、勢いよくシャーロットへと襲った。とはいえ身体強化を全力でかけたシャーロットは素早い身のこなしで攻撃を回避、側面から敵へと進む。
「暗黒魔法——カースドバインドッ」
「余裕だな⁉」
シャーロットが発動した魔法の対象はノーライフキング。今にもエヴァに向かって石で作った巨大ハンマーを振り下ろそうとしていた動きが確かに止まり、その隙にエヴァはガントレットから放った浄化効果付きの糸でノーライフキングをからめとる。
目の前の敵を無視して別の存在への攻撃を行うシャーロットへと、男が殺気を叩きつける。戦闘での余裕など命取りだと、彼は吠える。そうして死んだ幾人もの仲間を見て来た彼は、だからこそ反射的にシャーロットの隙をつく。
「フレイムピラーッ」
しっかりと踏みしめた両足の裏から魔法を放出、意識がよそに逸れたシャーロットの隙をつくようにして魔法を完成させる。シャーロットの足元から、まるで間欠泉のように炎の柱が吹きあがる。
「鬱陶しいですよッ」
それがシャーロットの正直な感想だった。とっさに魔法を回避したシャーロットは、けれどそれでもわずかな火花が被弾し、火の精霊憑きだという特異な男の異様な威力の火魔法は、そこからシャーロットの外套を焦がす。
水魔法を頭からかぶったシャーロットは全力の身体強化で男の懐へと滑り込み、短刀を振るう。両者の間に立ちふさがった炎の壁は横一直線に切り捨てられ、熱を帯びた短刀は男を横一文字に切り裂き肉を焼く。
「ぐぅ⁉」
ふらつく男と、それに対比するように存在感を膨張させる火の精霊。赤かったその体は青白い炎に変わり、呼吸に合わせて小さなドラゴンブレスのような炎を吐く。
『シャアアァァァッ』
青い体の一部、鱗は白銀の炎となり、空気すら焦がす火に愛されし存在がシャーロットへと躍りかかる。
(水魔法はおそらく効果なし!吹き飛ばす、いや空間魔法!ディメンション——)
その時、シャーロットの視界に黒い影が割り込んだ。まるでこのタイミングを待ち構えていたかのように前に現れた彼は剣を振るい、そして火の精霊は跡形もなくその場から姿を消した。男、カルマルの剣は火の精霊のそれと同じくする青白い輝きを放っていた。
「それ、は……そうか、魔剣か……」
火の精霊にありったけの魔力を注ぎ込んだ男は、そうして呆然とつぶやきながら地面に顔面から崩れ落ちた。
「行ってくるわ」
振り向いた半身が、その横顔が、シャーロットに告げていた。その体は確かにカルマルのもので、けれどまじりあった魔力とその口調が、間違いなく彼女の存在を主張していた。
「私も行きますよ?カルマル、カトレア——」
にぃと笑って見せるカトレアの魂を内包した存在が、ノーライフキングへと走り出した。
「ストーンバレットッ」
『だから、邪魔だと言っているだろうがァッ』
生命反応隠蔽、魔力隠蔽、潜伏スキルを同時発動したシャーロットの奇襲に、ノーライフキングとなったエインツィヒは即座に対応して見せた。
続いて放たれる雷の雨が、四方八方からノーライフキングへと襲い掛かる。膨大な魔力と、それによる攻撃にノーライフキングは防戦一方となる。その弾幕はただの一つも彼の体にはたどり着かず、けれど確かな布石となった。
「やあああぁぁぁッ」
シャーロットへと気を取られたノーライフキングの背後から、その身に青白く燃える魔剣の刃が突き刺さった。灼熱の剣はノーライフキングのローブを焼き、骨を焼き、彼に多大なダメージを与える。
シャーロットが宙に生み出した岩を足場に空を駆けたカルマルが、ノーライフキングへと強襲するに至っていた。
『オオオオオオォォォ⁉』
「カルマル⁉」
どうしてここに、あるいはどうして参戦したと迫る響きのこもった声が、オグライの喉から飛び出す。それに気を取られることはなく、カルマルは全力で剣を振り上げる。骨を溶解させながら進む魔剣が、ついには下からノーライフキングの頭蓋骨を縦に両断し、宙に浮いていたその体が大地へと落下を始める。
「やった!」
ノーライフキング討伐に気を抜いたカルマルへと、「お気楽道楽」の一人、巨大ハンマー使いのドワーフによって吹き飛ばされた大きながれきが襲い掛かる。
「ッ、ブラストウィンドッ」
動き出した「オリエンテ」とシャーロット。オグライはこれ以上弟子へと余計な攻撃をされてなるものかと彼自身の師匠の一人でもあるドワーフの男へ猛攻を開始し、アーサーは爆裂矢をカルマルへと飛来するがれきにぶつけることでそれを弾き飛ばし、シャーロットは地面へと落下していくノーライフキングの体を暴風で吹き飛ばした。
その次の瞬間、ノーライフキングの体から噴き出した漆黒の光線が、カルマルから少し逸れた空間を焼いて空に昇って行った。
「ッ⁉そんな、斃したはずじゃあ⁉」
地面に落下したノーライフキングの双眸には、相変わらず青い炎の輝きがあった。ゆっくりと起き上がったその頭蓋骨の傷はすでに再生されていて、燃え盛っていたローブの炎すら、気が付けば消えていた。全てが元の状態に戻ったノーライフキングが、空中のカルマルへと怒りの咆哮を上げる。
カルマルの周囲、全方位に火の、土の、闇の、魔法で生み出された槍が取り囲む。それは一斉に飛翔し、カルマルへと猛然と襲い掛かる。
「強制転移ッ」
カルマルの魔力による妨害すら越えて彼の体を転移させたシャーロットは、けれどその代償に一気に消費された魔力による倦怠感に膝をつく。慌てて収納から追加の臨界魔石を取り出し、自身の魔力と魔石の魔力を呼び水に大気中の魔力すら使用しながらエルフ少女への刻傷転移と己への自己治癒スキルを継続させる。
地面へと瞬間移動したカルマルは慌てて周囲を見回し、それから自分へと殺気を向けるノーライフキングへと向かいあう。
「どう、すれば……」
カルマルのつぶやきに、シャーロットは答えない。答えられない。
死を内包し、死すことで死を超越したノーライフキングは死なない。その死なずの王を殺す術はない——カルマルにも、シャーロットにも。
防戦一方となったカルマルの魔剣からは次第に火の精霊による熱も減り、攻撃の威力が落ちていく。シャーロットもまた魔法の全力発動の連発による頭痛にふらつきながらも、接近戦すらこなしてノーライフキングの攻撃からカルマルを守り、時にノーライフキングへの攻撃を重ねる。だが、暗黒魔法を含めたすべての魔法も、物理攻撃も、ノーライフキングを倒すことはできない。その体は再生し、倒れることはなかった。
ノーライフキングの莫大な魔力は少しも減ることはなく、それどころかシャーロットの感覚が正しければ、戦闘による消費量以上に回復、あるいは総魔力量が増加しているように思われた。
「……まさか、まだノーライフキングへの転換途中?」
魔物に生まれ変わるという禁忌を犯したエインツィヒ侯爵、彼が行った術の詳細をシャーロットは知らない。彼が研究していた死霊魔法も、果たしてどのようなもので魔法と呼べる代物なのかさえも知識がない。だから、シャーロットはばかげた妄想をこねくり回す。
目の前のノーライフキングは、未だにSランクのノーライフキングという化け物に完全に変わってはいないのではないかと。彼は戦っている現在もその至高の存在へと己を変化させつつあり、完全にノーライフキングへと至ろうとする過程で、総魔力量が、あるいは器が、上昇しているのではないかと。
それが正しいのだとすれば、間違いなくシャーロットにはノーライフキングを倒すことはできない。その絶望がシャーロットの動きを悪くする。
援護不足に陥ったカルマルがノーライフキングの魔法の直撃を受け、吹き飛ぶ。シャーロットもまた、耐え切れぬ魔法の連打によってその身が宙を舞う。怪我こそ常時発動している自己治癒スキルによって癒えるものの、その痛みも、魔力の減りも最悪と言ってよかった。
「痛ぅ……」
地面をバウンドし、大きながれきの一つにぶつかってシャーロットの体は静止する。強烈な耳鳴りと激痛にうめくシャーロットは、けれど周囲の世界すべてを飲み込むような肌に突き刺さる濃密な殺気を感じ、顔を上げる。
浮遊するノーライフキングが、シャーロットの視界の中で倒れるカルマルへと近づいていた。
「やらせるかよッ」
「飽食強化ッ」
アーサーがエヴァの収納より取り出された矢をノーライフキングへと打ち込んで動きを阻害し、オグライは一刻も早くカルマルの援護に回るべく手札を斬り、怒涛の攻撃を開始する。
トビスとリシュは巧みな連携で「お気楽道楽」の一人、韋駄天の男を翻弄し続ける。
「サンダー、ランスッ」
高速で飛翔する雷の槍がノーライフキングに迫り、けれどそれは伸ばされた骸骨の腕によってつかみ取られ、握りつぶされる。その一連の行為に、少しもノーライフキングがダメージを受けた様子はなかった。濃密な魔力はノーライフキングの体から溢れて体表を覆っており、おそらく無意識のうちに纏う形になっているその魔力が、魔法を手づかみしてもダメージを与えられなかった原因だと思われた。
『その魔力、体内に存在するもう一つの魂。それに、お前には見覚えがある。下賤な平民の顔など……ッまさか貴様、あの娘の関係者、息子かッ!はは、ははははははッ、今日という日に、あれの研究を今度こそこの世界から消し去り、加えてその息子を惨殺ことができるとは!私が殺したあれが何もできずに息子を殺され、死後もなお絶望する様がうかぶわッ』
ノーライフキングの体が、ついにカルマルの下へとたどり着く。その腕が、顔を上げたカルマルへとゆっくりと伸びる。カルマルの絶望の表情に、彼は笑った。シャーロットを、そしてみじめに這いつくばり、これから己に命を奪われる弱者を、弱者の息子を、嗤った。
伸ばされた手のひらの先に、漆黒の渦が巻く。練り上げられた濃密な魔力は激しいスパークを生み、その一撃はおそらくカルマルの肉体全てを消滅させて有り余るだろう一撃で。
妨害すべく放たれるアーサーの矢も、エヴァの糸も、シャーロットの魔法も、走り出したシャーロットの斬撃も当然ノーライフキングに届くことはなく。そして凶悪な魔法が放たれる———
はずだった。
『な、にが⁉何が起こった⁉』
ノーライフキングの魔力が、霧散した。世界にはびこっていた瘴気が、急速に上書きされていく。あるいは、吸い取られていく。
彼がカルマルへと伸ばしていた腕は肩のところからずり落ち、その腕が再生することはなかった。
「ユキ………?」
神聖な森の息吹が、温かな緑の魔力が、空間に吹き荒れる。血に濡れた体を持ち上げた少女が、ゆっくりとした足取りで歩き始めていた。明らかに致命傷の、シャーロットのスキルで無理やり延命を続けられていた少女が、ノーライフキングへと血まみれの腕を伸ばす。その口が、ユキの声が、言葉を紡ぐ。
「———吸収」
『ガ、アアァァァァ⁉』
ノーライフキングの存在が、低下する。残る彼の片腕が、霞のように大気中へと消えていく。還元された瘴気は、一直線に伸ばされたエルフの少女の手の中へと吸い込まれていく。吸収される。彼女の紡ぐ、言葉通りに。
『なぜだ⁉私の計画は完璧だった!何が起きている⁉お前は何だ、どうして私の邪魔をする⁉』
痛みか、あるいは自己中心的に耳にどくな叫びを続けるエインツィヒが気に障ったのか、少女の眉間に深いしわが寄る。その体が、ただれ、端から朽ちていく。ぶら下がっていた白い柔肌をもった片腕が黒く染まり肩から腐り落ち、大地へと落下する。肉や骨が見えていた腹部もまた、瘴気によってただれていた。
「何、を……」
止めるべきだと、心が叫んでいた。ユキを、ユキの姿をした少女を失って堪るものかと、心が悲鳴を上げていた。けれどシャーロットの体はその思いに反して指先一つ動くことなく、ただただ立ち尽くした。わずかに向けられた少女の瞳が、困ったように笑っていた。その顔に、表情に、見覚えがあった。忘れることのない、ユキがシャーロットに姉のように向ける顔だった。
『私は最強に至った。私が最強だ私が至高の存在だ。私は、師を越えた英知を手にしたノーライフキングだッ』
エルフ少女の吸収を上回る速度で、エインツィヒの魔力が膨れ上がる。漆黒の魔力の渦が巻き起こり、そして暗黒の光線が縦横無尽にばら撒かれる。
「ユキ———ッ」
咄嗟に走り出したシャーロットは、温かな少女を腕の中にかばいながら、暗黒の光線の奔流に飲み込まれた。




