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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
8.聖女とドラゴン

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325不幸少女とキメラ戦

誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

 唐突だが、帝国はダンジョンと魔物と戦争と冒険者ギルドと、ドラゴンによって発展してきた。

 ダンジョンから得られる資源を糧とし、時折発見される神具をはじめとする強力な魔道具によって戦力を高め、国を襲う凶悪な魔物を斃して武勇を高め力を増し、戦争によって他国を吸収して国力を増強させる。冒険者ギルドが成立しその本部が帝都に設置されてからは、ダンジョンからの資源収集はますます活発なものとなり、冒険者に国内の魔物問題を一部委託することで任務ばかりであった騎士団にダンジョンでの訓練を課すことが可能となり、一層戦力を増していくこととなった。


 では、何をもって帝国はドラゴンによって発展してきたと言われるか。その答えこそ、目の前の帝国皇子に見られる現象の理由であった。彼の瞳は爬虫類のそれのように縦に割れ、体表に濃密な魔力あるいは炎が実体化した鱗が浮かび上がる。それはまさしくドラゴンの力であり、彼が「竜人」である証だった。

 ラーデンハイド王国が吸血鬼の血を王家に取り入れたように、アドリナシア王国が精霊の血を取り入れたように。フィレッツェン帝国では、ドラゴンの血を皇室に取り込んだのだ。


 発現した力によって凶悪にゆがんだ皇子の口からは牙がのぞき、吐く息には赤い炎が混じる。これこそが彼の、そして帝国の失われた奥義「竜化」であり、その戦闘能力は通常時とは比較にもならない。


「はァッ!はは、ははははッ。これが力かッ」


 ドラゴンの力になじんだクロノスが、その膂力をもって殴打でキメラの体を吹き飛ばす。拳にまとわりつく鱗、熱された鱗がキメラの獅子の毛皮に焼け跡を作り出す。


「まだだ、まだッ」


 クロノスの力が、魔力が、一段階上昇する。あふれる魔力が、クロノスの腕を変化させる。地上で発現した、ファイアドラゴンのそれに酷似した腕に変わる。


 鋭い爪が、マンティコアの体をえぐる。血が周囲に飛び散り、狂気に囚われたようなクロノスの哄笑が、ダンジョン17階層に響く。


『ガルルルル』


「ふん、来ないならこちらから行くぞッ」


 昂る感情が、あふれ出す力が、クロノスを前へと歩を進ませる。

 戦いは、クロノスの圧倒的有利で進んでいた。



「んー……ッ、これ、は……」


 一方シャーロットは、捕縛した騎士たちのもとへ近づき、その状態の観察を続けていた。シャーロットは冒険者でもあり、薬剤師でもある。シャーロットが騎士たちを診るのは役割分担という点でもひどく自然なことだった。

 騎士たちの口からもれる液体をわずかに指で掬い、シャーロットは匂いを嗅ぐ。無臭。

 それから指の先をわずかになめ、シャーロットは大慌てでそれを吐き出した。


「麻薬⁉それもかなり依存性の高い……ッ」


 魔物化した植物からとれる薬効成分は、総じて高くなる傾向がある。だからこそシャーロットはヒュージトレント化したリグナムバイタの樹を求めたのだ。同時に、麻薬成分を持つ植物も、魔物化によってより強い代物へと変化する。それはもはや薬にもならない猛毒で、一度捉えた人を死ぬまで離さない狂気の薬。

 多くの国が、帝国もまた所持も使用も禁じている違法薬物が使われた跡が、ここにあった。


「ッ、ウォーターッ……中和剤は……材料が足りない、いや、ミストルティンで代用が効きそうな……ッ、時間が足りないッ」


 この麻薬の恐ろしいところは、魔物化によって強くなった毒性が、人格すら壊していくことだ。その効果を魔道具で試せないかと愚かな試みをした国が、魔道具の暴走で一夜で壊滅するほどには悍ましい効果。それは、騎士たちが毒に侵されるのが長いほど、深刻なレベルでの汚染をしてしまう。


 だが、この状況では実験道具を取り出す場所も環境もない。出したとしても魔物の襲撃で破損してしまえば、ホノカのためのエリクサー調合すら怪しい。それが最大の問題で——


「楽しそうなことしてんなァ、兄上。俺も混ぜてくれやッ」


 合流したカイセルの剣の一撃が、無数に生える脚数本を斬り落とし、キメラの絶叫が響く。


「……落ち着け、今優先すべきはキメラの討伐。それから、ホノカの蘇生……よしッ」


 パァンと頬を張り、シャーロットが立ちあがる。頭痛も体のだるさも無視して、シャーロットは多少回復した体内の魔力を高ぶらせる。強固なイメージの元に、魔法を発動——


「サンダーランスッ」


 紫電の槍が、キメラの体に突き刺さった。


「うお⁉シャル、やるなら言ってくれッ」


「今のクロノス殿下には声など聞こえないと判断しました」


 先ほどから戦いに飲まれている様子だったクロノスが、少し理性的な目を取り戻す。相変わらずその口元は待ち望んだ戦いに歓喜の笑みを浮かべていて、けれどシャーロットの姿を見た彼は確かにホノカのことを思い出していた。


「俺もいるんだがな⁉」


 カイセルの発言は無視して、シャーロットは次の魔法の発動にかかる。


「はぁ、まあいい。これから惚れさせればいいだけだからな」


「カイセル、力だけではシャルを振り向かせられるとは思わないけれど?」


「決まっている、さらに強い力を見せればいいだけだッ」


 戦闘に愛されたカイセルが魔力を高ぶらせる。手本が隣にいる。その状況で、彼が新たな技能を習得できないはずがなく——


「カイセル、それは⁉」


「伝説とまで言われた竜化——兄上と同じ力だッ」


 その口に、莫大な魔力が寄り集まる。ただでさえ火魔法に高い適性を持つカイセルがファイアドラゴンに連なる竜化により力を高めた疑似ブレスが放たれる。


 対するマンティコアも、三つの頭部からそれぞれ火を噴き——


 カイセルの業火のもとに、なすすべもなく飲み込まれた。


「私の専売特許かと思ったんだが……」


「そんなわけがないだろ……ッ、まだかよ⁉」


 わずかに口の端に赤い鱗を生じさせたカイセルが苦々しくつぶやく。自分の最高火力を越える敵の出現に、一層気を高ぶらせる。気落ちした方が負ける、それがカイセルが戦場で培った真理だから。


「なんだ、あれ……」


 炎が落ち着いた先、そこにマンティコアらしき姿などなかった。獅子の皮に隠れていたのは無数の人間——だったもの。肌色のつぎはぎの獣は、その皮膚が焼けただれ骨を見せ、そして体のあちこちから肉を食い破って新たな体が出現する。


 長い胴体に、無数の腕が、体が、現れる。つぎはぎの人の達磨に、無事だった騎士たちも地面に座り込んだ。


「燃やし尽くすぞ。それだけがあいつらへの手向けだ」


「分かっているさ。行くぞ、カイセル」


 二人が、大きく息を吸い込む。肩を並べる彼らの口の先に、真っ赤な業火が生じる。それはやがて一つの大きな火球にまとまり、それが勢いよくキメラへと放たれる。


「「デミ・ブレスッ」」


 業火が、キメラに着弾する。無数の足をもって全力で二人の方へ走っていたキメラは、その攻撃によって吹き飛び、火だるまとなる。


「ウィンドストーム」


 シャーロットが業火へ酸素を送り込む。それから、収納から取り出した油入りの瓶をいくつも業火の中へと投げ込む。瓶が割れる音が響く度に、一層火柱は大きくなる。


『ガアァァァッ』


 火だるまとなったキメラが、全力で大地を蹴った。その巨体は砲丸のように勢いよくシャーロットの方へ進み、シャーロットはとっさに短剣を抜き払い——


「ッ⁉」


 視界が、揺れた。地面が揺らぐ。何とか踏ん張った時にはもうシャーロットの目の前に業火に包まれたキメラの顔が迫っていて——


『ニクイ、憎いにくいニクイニクイニクイ……ッ』


 キメラに最初から存在する三つの頭部、そこから涙が流れる。憎しみの涙が、業火によって熱されてシャーロットの頬に落ちて焼く。踏ん張るシャーロットへ、体から膨れ上がった大量の人だったものの手が襲う。四方八方から手がシャーロットを包み込み——


「水属性付与、ウォーターコートッ」


 シャーロットの体を、水流が包み込む。口元以外を覆うそれが、シャーロットを火から守り、突然のことにキメラが動揺して伸ばす手の勢いを弱めたところで、シャーロットがとっさに短刀を振りぬく。


 キメラの体が、斜めに両断される。上半身がずり落ち、そこから伸びる炎に包まれた人間の上半身一つが、シャーロットへと手を伸ばす。助けてと、あるいは道連れにしてやると。


「ごめんなさい——」


 腕で地面をはいずってシャーロットへ迫るそれに、静かに短刀が振り下ろされる。


 そして、業火の中でキメラは沈黙した。




「……それで、どうしてここにあなたがいるのでしょうか?」


 キメラから短刀を抜き、血をぬぐいながらシャーロットは振り向いた先にいる人物へと口を開く。彼の名は、エルマール。付与魔法使いであり、そして少し前にファイアドラゴンの背に乗ってリヴァイアサンとの戦いに乱入した人物だった。


「理由はあとでいくらでも話すよ。けれど、今はすべきことがあるよね?製薬の場所が必要なら案内するよ。ついて来て」


 歩き出したエルマールの背を追ってカイセルとクロノスが歩き出し、シャーロットはいぶかしがりながらその後に続く。捕らえた騎士たちは無事な四人に任せ、シャーロットはくるぶし上までの高さで水が流れる支流の一つをたどっていく。そうしてたどり着いたのは、変哲もない土壁。


 周囲の緑に紛れたその崖に、エルマールが手を触れる。位置的には18階層へ続く獣道を少し脇にそれたあたりだった。

 その場所に、シャーロットは記憶に引っかかるものがあった。眉間にしわを寄せて記憶を掘り起こししていく中、その答えをエルマールが告げる。


「以前、薬物にやられた冒険者たちが歩いてきたあたりだよ。」


 ああ、とシャーロットは記憶に引っかかっていたそれに気が付き、同時に浮かんできた疑問や違和感などを心の奥に押し込めた。


 体も頭もそれなりに疲弊していて、しかもこれから体力と根気が必要な調合作業が待っていた。そんな現状で、シャーロットはエルマールに抱いたそれらの感情を放棄することを選択した。

 何より、その選択によって悪い方向に向かうことはないだろうという直感があった。


 壁に手をついたエルマールが、小さく小声で言葉を紡ぐ。そして、壁が音を立てて動き始めた。

 遠くから響く鳥の鳴き声が、土壁の動く音によってかき消される。

 エルマールの掌が触れた部分を中心に壁が左右にスライドし、ぽっかりと開いた暗闇が彼らの先に現れた。


「これは……」


 開いた口がふさがらないクロノスと、ふんと鼻を鳴らして歩き出すカイセル。その後を追ってシャーロットはその入口へ飛び込む。

 ぼう、と先頭を行くエルマールの歩みに合わせるように、石畳の通路左右に備え付けられた魔道ランプの明かりが点灯する。やわらかいオレンジの光が包み込むその道は、土の地肌がのぞいた天然のもののようで、けれど地面やランプといったあたりはきちんと整備されていて、シャーロットは坑道や秘密基地といった印象を受けた。


「ここだね」


「……へぇ」


 シャーロットが感嘆の声を上げた先には、相当の設備の一室があった。製薬か、あるいは錬金術用と思しき一室には器具がひしめき、ランプの明かりに照らされたガラス器具が淡く光を帯びていた。対してアンバランスなのは、壁に設置された薬品棚と思しきスペースに何一つ素材が入っていないこと。一歩を踏み入れたシャーロットは、その備品の傷の無い状態に、それからほこりが積もっていない状態に首を傾げる。未使用のようで、けれど清掃だけはきちんと行われているそこは、まるでシャーロットのためにしつらえられたようで——


 そんな疑念を、シャーロットは頭を振って追い払う。今すべきはエルマールへの疑念を晴らすことではなく、製薬、ホノカのためのエリクサーと騎士たちのための麻薬成分の中和剤を作ることだ。幸いどちらもレシピ自体は知っているため、作ること自体は可能だった。


「シャル、何か手伝えることはあるか?」


「いえ、むしろ素人に手を出されると私の動きが止まりますから」


 手持無沙汰で不安ばかりが募っていくクロノスの提案を、シャーロットは拒絶する。そのまま収納から必要素材を取り出し、シャーロットは亡霊アルバート・クレイモアから叩き込まれた調合スキルを持って薬作りを開始する。


 風魔法が素材を切り刻み、加熱用の魔道具が素材から薬効成分の抽出を始める。乾燥すべき素材は水魔法により水分を引き抜かれ、逆に有機溶媒で抽出すべきものはその溶液を魔法で操作することで抽出を加速させる。風魔法で圧力をかけ、加熱魔道具の不足は時空魔法と火魔法で代用、アリス曰くおかしな料理と同じように空中に固定した容器の下に火球を発生させて加熱する。


 流れるような動きで素材が姿を変えていく中、その光景をクロノスははやる気持ちを抑えながら食い入るように見つめていた。同時に彼の心の中に広がるのはシャーロットの調合の腕に対する感嘆で。

 呪毒による伝染病の治療薬開発でわかっていたつもりだったが、シャーロットの能力は戦闘だけでなく調合においても異様だった。一体帝国が抱える宮廷薬剤師の何人がシャーロットほどの技量を持っているだろうかと、クロノスは視察で訪れた薬剤師たちの調合室での光景を思い出しながら嘆息する。


「……シャルと敵対するようなことはしてくれるなよ?」


「分かっているさ。あんな面白い存在をみすみす手放してたまるか」


 獲物を見定めた獰猛な笑みを浮かべるカイセルに、クロノスは心配そうに告げる。それと同時にカイセルは押し殺した声で笑う。肥大化した興味関心に囚われたカイセルの姿に、クロノスが天井を見上げて嘆息する。

 カイセルは、一度定めた獲物には非常に貪欲に食らいつくのだ。


 それが帝国にとって良い方向へつながるか——とそこまで考えたところで、クロノスはちらりと視線をこの場に居合わせたもう一人へ向ける。何を考えているか分からない笑みを浮かべる彼が、クロノスの視線に気づいたようでちらりと目を向ける。


「……よろしいので?ファウスト殿」


「殿なんていらないし、僕はエルマールだよ。それに、こういう未来だったからね」


 何かを飲み込むように告げようとした言葉を押しとどめたクロノス。それから静かに息を吐き、再び視線を部屋の中央へ向ける。鬼気迫る様子で調合を続けるシャーロットを見てから、クロノスは近くの椅子に座り込み、肘を膝の上に置いて組んだ両手を額に押し当てる。ただひたすらに、クロノスは祈り始める。


 活発で、クロノスの予想外の行動をして見せる、放っておけない少女。手のかかる、手をかけたくなる、自分の心を溶かした眩しい笑みを浮かべる少女。ホノカが、救われますように——

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