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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
8.聖女とドラゴン

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305不幸少女と誘拐

誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

 ドンドンッ。


「シャル、いるか⁉」


 まどろみの中から呼び覚ます声に、シャーロットは慣れしたんだ魔物はびこる森での感覚を思い出して目が覚めた。

 殺気と、尋常でない緊迫感。それはシャーロットに向けられたものではなく、いつもであれば寝起きしばらくはぼんやりしている頭は嫌にさえわたっていた。


 喫緊の事柄。それも、窓の外がまだ暗く、人の気配もないような時間に訪ねてくるほどのこと。


「はい。少し待って下さい」


 寝巻の上に外套を羽織っただけの格好で、シャーロットが宿の扉へと向かう。そこにあった既視感はつい最近聖女ホノカが訪ねて来た時のもので、だからかシャーロットはホノカが傷つき倒れている様子を幻視した。


「シャル、エヴァを、エヴァを知らないか⁉」


 開錠した瞬間に蹴破るように開け放たれた扉。そこから飛び込んできたアーサーがつかみかからん勢いで——実際にシャーロットの肩をわしづかみにしようとして躱され——まくしたてる。

 震える手を手持ち無沙汰に握りしめ、吐き出すように告げるそこには焦りと後悔がにじんでいた。


「昨日別れたきりですよ」


 昨日も夜遅くまでエヴァと二人で魔道具作りを続けていたシャーロットだが、あまり入り浸るのもどうかという思いから昨日は日をまたぐ前に宿へと帰ってきていた。


「エヴァが、攫われた。敵の正体も分からない。だが、あれは、あれは魔物だったッ。白い化け物だ。トビスとリシュは別行動で、俺は急いで、増援を、だが信頼できる者なんて……エヴァが、エヴァ……」


 段々と支離滅裂になり、か細くなっていく魂からの叫びに対して、シャーロットは困惑しながらもその「白い化け物」という単語にピクリと肩を震わせる。

 それはシャーロットにとって、アドリナシアの王都で大量虐殺を犯した己の罪を想起させるものだった。


「白い、化け物……交戦したわけですか。不意打ちに加えエヴァさんと人質に取られたとはいえ1級冒険者で太刀打ちできない……厄介ですね」


 心からあふれ出した雑多な感情が涙となってアーサーの頬を伝う。何かを口に出そうとするたびに、嗚咽がそれを遮る。

 一方シャーロットも、腹の底から沸き起こる怒りに震えていた。


 短い間とはいえ、命を救い、そして魔道具作製のために議論を重ねた相手。自分に対してひどく丁寧な、けれどどこか温かみのある女性。エヴァがさらわれたことは、シャーロットの感情を大きく揺さぶるものだった。


 探知魔法を発動して宿の付近を探るシャーロット。その感知の中に入ったのはアーサーを監視する誘拐犯のものではなく、アーサーと同等、あるいはそれ以上の決死の感情を宿す存在の接近だった。

 だから、シャーロットは足を止める。その情報が、朗報か、あるいはさらなる凶報かを確認するために。


「シャルさん!クロノス皇子殿下より伝言です!ホノカ嬢がさらわれ、協力を命令するとッ」


 凶報と共に飛び込んできた背の高い男は、息を切らしながら皇室の紋章つきの命令文を見せる。それは、皇子にとってシャーロットが手に入らなくなる最悪の選択で、けれどそうせざるを得ない状況が、そこで生まれていた。


 アーサーが、目を見開いて男を見る。シャーロットもまた、深くしわの刻まれた眉間をもみほぐしながら情報をまとめる。


「……あまりに、タイミングが重なりすぎていますね。偶然、ではないとしたら……」


「はッ。申し遅れました、私はクロノス皇子殿下直属宮廷画家カシュール・サルマリスです。ホノカ嬢は自宅滞在中に賊に襲われ行方不明、警報用の魔道具が反応したことから現場確認へ向かい誘拐が確認されております。建物は半壊、そこにホノカ嬢の姿はありませんでした。また、目撃者の情報からクロノス皇子殿下は半魔によるものと判断、帝都外の森に潜む逆賊の襲撃命令を発令しております」


「半魔?……皇子殿下はすでに動いておられるのですか?それから現場に何か痕跡はなかったのですか?例えばホノカさんを返してほしくば何々しろ、のような」


「はッ、殿下は現在翌日……いえ、本日夕刻よりひかえております戦勝会の準備に追われており手が離せません。動かせる手駒すべてを総動員してことに当たっていますが、人手も情報も足りません。また、襲撃場所にそのような犯人からのメッセージは見つかっておりません」


「……なるほど。では、ひとまずは情報収集からです。協力はしますが、半魔襲撃の前に帝都内にホノカさんとエヴァさんがいるか確認します」


 シャーロットの返事にわずかに不快そうに顔をしかめたカシュールは、けれど皇子の言葉を思い出して口をつぐむ。シャルならば思わぬ方法で解決へと続く道をたどるかもしれない、彼の敬愛する上司は目の前の少女についてそう評していた。


 とはいえその確認は絶望的だった。丑三つ時とはいえ帝都は広く、加えて迷宮と化した地下全体を捜索しようと思えば一日や二日では足りない。その間にホノカやエヴァが悪意にさらされ続け、その先に最悪の未来が待っているだろうことは明らかだった。——だから、シャーロットは行動を開始する。吐き気すら覚える可能性に、奥歯を噛みしめながら。


(……エインツィヒッ)


 それは、あくまでも数多ある可能性の一つ。シャーロットの周囲の人間が同時に攫われ、そしてそのさらった敵が魔物である可能性があること。そして、皇子が動けないタイミングでの襲撃は、明らかに貴族に通ずる者が犯人だと告げていた。皇子とシャーロットとホノカとエヴァ、全員が巻き込まれる可能性があるのは、それに他ならなかった。


「ッ、ブラッドミスト——影遊びッ」


「何をッ⁉」


 吸血鬼としての戦いを経験し、デーモン戦でその吸血鬼としての能力の奥底に触ったシャーロット。次なる強敵を前に生み出したその技に、アーサーとカシュールはぎょっと目を見開く。


 ベッドに置かれていた短刀をひっつかんだシャーロットはその刀身を鞘から引き抜き、月夜に照らされた緋色の刃で自らの手首を切りつけた。

 間欠泉のように噴き出した血液が宿の床を濡らす。それはシャーロットの呪文によって霧と化し、続いてシャーロットの足元が揺らぎ、影があふれる。


 叩き割るように開かれた扉から、紅交じりの漆黒の蝶が舞う。ひらり、ひらりと夜の帝都に散る蝶の大群は不吉で、そしてひどく美しかった。


 水魔法と風魔法の併用による疑似的血液操作。強固な防壁にも矛にもならない血液は、けれどシャーロットの肉体の一部であり、シャーロット自身の影と合わさることで無類の強さを発揮する。

 その効果は影転移の実現であり、そしてもう一つ。


 収納から取り出したドランザの遺品の杖を胸に、シャーロットは目を閉じて並列思考スキルと、感覚共有スキルを発動する。

 血影人形が、シャーロットの感覚共有の補助をして、並列思考も合わさったシャーロットの耳は、実に五十を超える。


 あらゆる音を高速で回る思考で処理しながら、そしていくつかの血影人形は視界を共有し、シャーロットは捜索を開始する。


 つぅ、とシャーロットの鼻から血が流れだす。頭に上った血によって顔は赤く、同時に明らかに無理をしているとわかるほど額の血管が浮き出て青白い脈を打つ。


 噴き出していたはずの手首の傷口は自己治癒スキルでとうに癒えていて、だからこそ再び床を濡らした鮮血がひどく目立った。


「……大丈夫、なのか?」


 アーサーの疑問に、返す言葉はない。どこまでも深く、どこまでも広く感覚を広げたシャーロットは、自らの周囲を気に掛ける余裕はなく——

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