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300不幸少女と武具錬金

誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

 翌日。シャーロットが足を運んだのは珍しくダンジョンの方ではない冒険者ギルド——本部の方の建物だった。昨日の夜、宿に届いていた手紙でエヴァが話があるということで、シャーロットは待ち合わせとしてそこへ足を運んでいた。


「お久しぶりです、シャルさん」


「久しぶりです。エヴァさん、それからアーサーさんにトビスさん、リシュさんも」


「ええ、久しぶり。元気そうね?」


「おかげさまで。……ところで、どうしてアーサーさんたちは顔に青あざを作っているのでしょうか?」


 シャーロットの視線の先、アーサーの右目とトビスの右ほおにくっきりと丸い青あざがあった。


「アーサーが師匠に怒られたのよ。無茶しやがって、ってね。トビスはその巻き添えを食らったの」


「そうですか……アーサーさんの師匠というのは、オグライさんの師匠と同じ方のことでしょうか」


「そうだ。というか、オグライとどこで接点を持ったんだ?最近のあいつは何をしているのか知らんかったんだが、急にシャルのために剣を作ってほしいとエヴァに頼みに来たんだが?」


「オグライさんなら姉弟冒険者の師匠をしていますよ。ダンジョンで会いまして、そのまま一緒に攻略をして来ました」


「へぇ、オグライが師匠か」


「アーサーも弟子をとってみたらどう?」


「嫌。多分アーサーは弟子のことで一生懸命で、私にかまってくれなくなるわ」


「お、おう……」


「はいはい、いちゃつくなら二人だけの時にしてね?」


「それで、魔道具の……魔剣?に関する話でいいのですよね?」


「はい。国から許可も下りましたので、シャルさんに剣を作らせていただきます。今日はその相談をしようと思いまして」


「そうだシャル!お前どうやって国から許可なんてもらったんだよ⁉オグライの時もあの人が帝国を出ないことを条件に半年ほどかけてこぎつけたんだぜ?」


 トビスが興奮してまくしたてるのに、周りの冒険者が聞き耳を立てる。高位冒険者が少ないこちらの冒険者ギルドでは、強くなることに貪欲な冒険者たちが多かった。


「貴族のつてですよ。少々皇子殿下とつながりがありまして」


「皇子⁉まさかカイセル皇子か⁉」


「いえ、クロノス皇子の方ですね」


 シャーロットがその名を告げた瞬間、ギルド内の時が止まった。シャーロットがそう感じるほどに静かで、そして硬直から溶けたトビスがガシとシャーロットの両肩をつかんだ。


「おま、今クロノス皇子殿下って言ったか⁉あの嗜虐のクロノス殿下か⁉」


「嗜虐……はい、その嗜虐心あふれる帝国第一皇子殿下ですよ」


「まじかぁ。よくこれまで無事だったな」


「そう、ですね。そこまで無理強いをされてはいませんし、それに最近は少し丸くなったのだと思いますよ」


 聞き耳を立てていた冒険者たちから漏れ聞こえるような残虐性は、今のクロノスにおいては鳴りを潜めていた。その理由が好きな相手ができたからだとは、情報量の少ないシャーロットでは断言できなかったが。


「まあ『戦争狂い』に目を付けられるよりは嗜虐皇子に目をつけられた方がましか。あ、いや、どっちもどっちだな」


「まあそういうわけで即座に許可が下りたのだと思います。オグライさんのつてのおかげというのもあったのかもしれませんが」


「それじゃあひとまず移動しましょうか。エヴァもそれでいいでしょう?」


「はい。むしろ素材や刃渡り、重心などを考えると広いスペースであった方がいいですから」


「じゃあ私たちのパーティーハウスに行きましょうか」


 歩き出したリシュの後をついていく一行。その目的地は意外と近く。商業地区からも門からも便利な大通り一本裏手の、貴族屋敷と見まがう場所だった。


「元貴族屋敷で合ってるぜ?まあ曰く付きで安かったけどな」


 ギィときしむ黒い鉄柵を開き、柵に沿って生える木々の間を抜ける。その先には整えられた平らな土地と、その奥に建つ白い二階建ての豪邸があった。


「戦闘用と訓練用のグラウンドだ。まあこれを作る際に元の持ち主に泣かれたよ」


 少し遠い目をするアーサーの記憶にあるのは、美しい噴水とバラの園を壊す彼らに対する元住人の貴族のゲリラ戦——市民扇動に正義を名乗る「義賊」の派遣などなど——の苦い思い出だった。


「なるほど、まあ冒険者としては普段から体を動かせるスペースが近くにあると便利ですよね。それに、できれば人目につかないといいですが」


「ああ、地下の食糧保管庫を改装した秘密の訓練場がある。だからこっちは体がなまらないための運動用だな」


 踏み固められた土地を抜ければ、緑に映える純白の建物が目の前にそびえる。貴族らしい凝った装飾は曲線を描き、重厚さの中に柔らかさがあった。


「ここでいいでしょ。アーサー、お茶を汲んできなさい」


「なんで俺が……まあいい」


 早速アーサーを使いっ走りにしたリシュはシャーロットにソファーを勧め、自分はその対面に座る。リシュの隣にエヴァが、テーブル右にある肘置きなしのソファーにトビスが座る。


「茶だ」


 ぶっきらぼうに告げたアーサーが五人分のカップを置き、トビスの対面、シャーロットから見て左側の入り口に最も近いソファーに座る。どうやらこれが定位置らしかった。


「さて、シャルさん。魔剣を……オグライの類似品が欲しいと聞いていますが、その詳細を聞かせてください」


「そうですね。まず、リーチが自由に変えられるとありがたいです。これまで短刀で慣れているので、即座に得物の刃渡りを変えるのは大変そうなので。種類としては短刀から大太刀まで、もしくは剣の形にもなるとありがたいです。丈夫さ優先でお願いします。それと、できれば雷を流さないと嬉しいです」


「雷を流さない?そうすると植物を軸に錬金することになりますか。切れ味は微妙で、代わりに粘りが生まれますかね」


「それで大丈夫です。素材は何が必要ですか。手持ちのものがあれば提供しますし、足りないものは採取に向かいますが」


「そう、ですね。成長速度が大きく硬い植物——植物魔物ですか。その核と枝は必須ですね。それから魔力を大量に宿した、自然との親和性が高い鉱石と、再生のための高ランクのスライムの魔石ですか。あとはエルダートレントの樹液と、フォレストリーダーの魔力回路部分、ムギョウの核は……まだ在庫がありましたね。それとできればフォレストドラゴンのうろこと……あとはお好みで魔物素材を加えると毒や対属性効果がつけられるかもしれません」


「オグライさんの魔剣、そのレベルの代物でしたか。確かに可変性を持つ時点で神具レベルですよね」


「いえ、実はサイズ変更自体はそれほど難しいわけではないんです。素材とする魔物の再生・成長能力をうまく生かせば類似した性質の武器が作れますから。問題はサイズを変える際の形の調節や密度、刃となる部分の鋭さなどをどのようにして生み出すかが難しいところです。今回は植物を中心とするので回路を刻むあたりはかなり容易ですし……」


「回路……ああ、そういえばヒュージスライムの粘液は大量にありますよ。あとエヴァさん、錬金の魔法陣盤を持っていませんか。あれば貸してほしいのですが」


「貸すのは構いませんが、錬金術スキルがなければただの金属板ですよ?」


 錬金の魔法陣盤は、時折ダンジョンの宝箱から発見される、錬金術スキルの補佐的効果を持った魔道具である。魔力を魔道具の素材に流し込む際の流れや量の調節に始まり、最終的なイメージを補強、より高性能な魔道具が作れるため、錬金術師にとっては垂涎の一品だった。


「ああ、そういえば話していませんでしたか。私も錬金術は使えますので」


「「は?」」


 重なった言葉は、おそらくアーサーとトビス、それからリシュによるものだろう。だがエヴァもまた硬直し、ポカンと口を開いたまま固まっていた。


「あの戦闘の技量に加えて錬金術の素質持ち⁉どうなってんだ⁉」


「いえ、そこもだけれど、錬金術、と言わなかったかしら?武具錬金でも、簡易錬金でもなく……」


「あー、もう笑うしかねぇな。すごい才能の塊だな」


「どうも?」


「えぇと……シャルさん、ひょっとしたらシャルさん自身が作る方がいいかもしれませんよ?使用者と製作者が違うとどうしてもイメージ通りとはいきませんから」


「いえ、残念ながらスキルレベルが低いので。それにせいぜい模倣した劣化品を作れる程度で、あまり腕がありません。……ああ、そういえばこれがありました。報酬もかねて見ます?」


 収納から取り出した分厚い書籍。長い年月をうかがわせる黄ばんだ表紙のそれを開き、硬直。すぐさま意識を取り戻したエヴァは目を見開きながら驚異的な速度でそれを読み進めていく。


「エヴァ、そんなにすごいものなのか?」


「すごいなんて、そんなものじゃないんです。……シャルさん、これ、秘伝書ですよね。グランドメジャスの」


「はぁ⁉」

「嘘だろ⁉」

「冗談……じゃないのね?」


 その事実は今度こそ四人のキャパシティを超えるもので、もはやシャーロットへ畏怖の視線を注ぐほどだった。


「シャルさん、どこでこれを手に入れたのですか⁉ああいや、これを私が見てしまってもいいのですか⁉あの魔道具師にとっては何よりも大切な英知が、グランドメジャスの集大成がこの手に……」


 嬉々とした様子を隠しもしないエヴァが、それまでの穏やかな雰囲気を脱ぎ捨ててまくしたてる。


「集大成かどうかはわかりませんよ。確かに秘伝書と告げられて受け取りましたが、それがすべてとも、完全なことが書かれているとも限りませんから。最も、一応今のグランドメジャス?でしたか、その息子を名乗る方からもらったものですが」


「ええと、ヴォルディッヒ・グランドメジャス殿の息子……トランレビア・メジャスね?」


「はい。よくご存じで。アドリナシアで帝国軍に……いえ、ネクロにつかまっていた彼を救出して、そのあと素材提供などをしましてね。その対価です」


「そう、帝国が……え、ネクロ?ネクロと言いましたか⁉」


「あー。エヴァ、落ち着け。こいつかなり異常だ。このまま話を進めると俺らが戻れる保証がない。あんまり踏み込みすぎるなよ」


 アーサーの忠告に、立ち上がったエヴァが再びソファーに座り直る。それから数度深呼吸を繰り返し、まっすぐシャーロットを見つめる。


「わかりました。いえ、ほとんどわかっていないと思うけれど、少なくともシャルさんから得られた情報を口外はしません。なのでこれを見せていただいても?」


「かまいませんよ。それで私の相棒がよりよいものになるのですから」


 食い入るように秘伝書を読み始めたエヴァをよそに、シャーロットは開いた収納の中のアイテムをあさり、床に積んでいく。


「成長速度が大きく硬い植物魔物……硬いかどうかはともかく、これまで一番強かったのはミストルティンですかね。魔石は砕けてしまっていますが、枝は十分ですかね。次は魔力を大量に宿した、自然との親和性が高い鉱石……自然との親和性が高い?地中深くに眠っていた鉱石?それとも自然界の魔力を多く取り込んでいる鉱石?ああ、再生したガーゴイルの体についていた鉱石あたりですかね。もしくはクォーツ魔物の鉱石?再生のための高ランクのスライムの魔石は、せいぜいヒュージスライム……こちらは少々ランクが低いですか。あとでダンジョンで採取ですかね?確か22階層あたりに巨大なスライムの目撃報告がありましたか。エルダートレントの樹液は……ないですね。アドリナシア王都付近の森でとったヒュージトレントのものはありますが、この程度で妥協はなしですよね。それから、ええと、フォレストリーダーの魔力回路部分……フォレストリーダー?後にしますか。ムギョウの核はよくて、フォレストドラゴン……は遭遇したことがないですね。これくらいですか。お好みで魔物素材……毒や対属性効果となると、毒と風属性で敏捷強化、生命力強奪?……コカトリスの嘴、ファントムスパイダーの毒牙、シャドウイーターの魔石、リッチの……ドランザの遺灰、マッドグリズリーで筋力強化などは無理ですかね?フェンリルの牙で風属性?後は……ああ、魔道具作製用の触媒も必要ですか。ヒュージスライムの粘液に、万能純化薬……薬の類はこれから作りましょうか。薬草は……」


 次々と積み上げられる魔物素材と、独り言から漏れ聞こえる強力な魔物名。死亡とともに大半が大気へと抜けてしまうはずの魔力は、元の魔物の保有魔力のせいか明らかに異様な量をはらんでいる素材ばかりだった。


「おいおい……」


 もはやそれ以外の言葉が出てくることはなく、アーサーは茫然と山となった魔物素材を眺める。明らかにこれまでの討伐した魔物のごく一部に過ぎないとわかってしまうのは、シャーロットが収納から引っ張り出した素材を見て、これは違う、これは傷のせいで魔力がだいぶ抜けてしまっている、などと選別をしているから。


 シャーロットの異常性を、アーサーは理解したつもりでいた。その歳不相応な戦闘能力も、同じく不相応な落ち着きや口調も。むしろ今もシャーロットが首から下げている母の形見だというロケットペンダントを手渡したとき、アーサーはシャーロットが涙を流したことに安堵すらした——シャーロットもまた「普通の」人であることを感じられたからだ。


 だが、先ほどからの会話で、そして今積み上げられる魔物の素材で、アーサーの中にできていた少々おかしな、けれど子どもらしい一面も残ったシャーロット像はガラガラと崩れ去った。言いようのない恐怖からエヴァに依頼を断ろうと口を開きかけ、けれど嬉々として秘伝書とやらを読み進めている彼女の姿を目にしてアーサーは我を取り戻す。


(できれば、面倒ごとに巻き込まれそうな魔導国家グランドメジャスの秘伝書なんて見てほしくはないんだけどな……)


 惚れた弱み。それが、シャーロットとアーサーの離別を防ぐ。


 エヴァを見ながらにやにやとした笑みを浮かべ始めたリーダーに、トビスとリシュが処置なしといった様子で肩をすくめて首を振った。

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