幕間11神域にて
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「なぜだ、なぜだあああぁぁぁぁぁッ⁉」
純白の空間に、絶叫が響く。
それは、長い髪をかきむしり、けれど次の瞬間には短髪の少年にその姿を変化させていた。
少年の——さらに姿が変わった少女の視線の先には、真っ白な床だけがあり、けれどその瞳はさらに先の光景を確かに認識していた。
その先で、自分がつい先ほど下界に送り込んだ存在が、魂を喰らうという禁忌をやってのけていた。
「なぜ、魂を喰らう⁉なぜ搾取する⁉『ゲームの世界』に関われるのだぞ⁉それでどうして満足しない⁉なぜシャーロットで満足しなかったんだ⁉」
老人に姿が変わったそれ——神は、血走った眼で呪詛をまき散らす。そうしている間に、地上ではオリアナ・オルベルの魂を送り込んだ転生者が食らいつくしてしまった。
「せめて対処を……これ以上魂喰らいなどさせないために、魔法封じを……」
魂は、魔力によって干渉しうる。だから魔法の適性が高いものが長い時間をかけて研鑽すれば、魂への干渉、攻撃は可能だ。とはいえそれは容易なことではなく、今回の件はイレギュラーだった。
オリアナ・オルベルが「共感」という特殊な力を持ち、世界との繋がりが大きかったこと。それは魂が世界と癒着しているということで、オリアナの魂への干渉が比較的容易だった。だが、あくまでも「比較的」でしかない。もう一つの理由は、オリアナを喰らった転生者がスキル強奪という魔法の先にある特殊な力の素質を持っていたからだ。だからこそ神は彼女を転生させた——それが、裏目に出ていた。
「クソがッ」
罵詈雑言を口にする神の思考では、急速に次善策が、あるいは今後の方針が組み立てられていく。あまたある分岐した可能性という未来、あるいは定められた運命。それを思い出しながら、神は選ぶべき道を、己がなすべきことを考え始める。そこには当然オリアナ・オルベルが転生者に魂を喰われる未来などなく、そのことが神を一層いらだたせる。
それは、全能であるはずの、そうであるべき自分が全能ではないと突き付けられたということを意味するから。
「あのゲームに、思い入れが少ない人間を追加で転生させるべきかな。それから、できるだけこの世界の人間と干渉しなさそうで、それでいて人間を切り捨てきれないお人よし……」
そうして、神は世界に送り出すべき今回二度目の転生者を見繕った。
「違う、そうじゃない……なぜだァッ⁉」
相変わらず、神域には神の絶叫が響いていた。
オリアナを喰らった転生者の次に送りこんだ者にはゲーム知識を与えなかった。だが、世界の滅亡を戯言と判断した彼は、自由気ままにふるまい始めた。当然、オリアナの軌道修正にも、世界の滅亡を救いうる存在にも、なるはずがなかった。
しかたなく、神は新たな転生者を選んだ。
その人物は、神の思惑通りシャーロット・ガードナーの肉体に入った。入りは、した。だが、そこからの行動は神の予期しない、望まぬものだった。
転生者は、人間に対する不信が強かった。人間に殺された事実が、人に頼るという手段を彼女に切り捨てさせるに至っていた。シャーロットはガードナー公爵家の騎士たちが自分を迎えに来ることを待たずに村を出て、いくつもの死亡フラグ——あるいは死の可能性の運命を乗り越え、そうして気が付けばアドリナシア王国で吸血鬼として覚醒し、蹂躙を始めた。
さすがにこれは看過できないと、神は天使を動員することに決めて神託を下した。そして、あろうことかシャーロットは、遥か過去に自分が生み出した最後の勇者の協力を得て天使を殺した。
「クソ、くそ……なぜだ、サリステラッ!お前は、親友が虐殺犯となっていて、なぜ敵対しない⁉なぜそいつを許容する⁉殺せ、殺すんだッ」
加えて、予測不能な、神の知る未来にない行動を繰り返すシャーロット対策として転生させたサリステラもまた、神の思い通りには動かなかった。修正された「運命」では、サリステラは狂気に落ちたシャーロットを討伐するはずだった。だが、今の二人は再会の喜びを分かち合い、そしてシャーロットはまたしても勇者の「スキル暴走」によって力不足の過去移動すら行って見せた。
「天使、天使よッ、今すぐ逆賊シャーロット・ヴァン・ガードナーの討伐をッ」
もはやなりふり構わず、これ以上シャーロットに力をつけさせてなるものかと神託を下せば、シャーロットは天使の攻撃をうまく利用して姿をくらませた。
神託スキルがない天使に直接物申すことができない神は、悠々と王都から脱出するシャーロットを、ぎりぎりと歯を食いしばりながら睨み続けた。
「転移者、だと⁉私の世界に時空のほころびが生じたのか⁉」
シャーロットが接触した人物は、確かにこの世界の魂ではなかった。そして自分が過去に送り出した転生者の魂とも違うものだった。
世界が、自分の手から離れていっている。その予感が、神を追い詰める。
転生者という毒を使って、世界はゆっくりとあるべき形——滅亡を乗り越えた形へ戻るはずで。それは神が何度も行ってきた既定路線で、けれど今、急速にその毒が世界に広がっていた。
回復魔法使いとして覚醒し、信徒として大いに貢献するはずの有望な少年は、シャーロットという存在によって歪められた。
裕福な商人として一生を終えるはずだった、予期せぬ強スキル持ちの少年が復讐を決起した。
死ぬはずだったアリスやネクロに囚われていた人間が死なず、代わりにたくさんの人間が——特に悪人が、死んだ。
転魂の秘儀によって一人の男の魂が消滅した。
多くの存在が、数多あった未来の分岐が、シャーロットという猛毒によってその先を失い、あるいは歪められていく。
もう一度、神は視線を下ろす。その先に広がる下界の国は大陸北に位置するレリウス皇国。その国へ、神は怨念すら可視化できるような強い視線を送り続けた。
「自由気ままに動くエルフどももそうだが、そろそろこちらも対処すべきか?」
神はしばし熟考し、そしてレリウス皇国へ天使を派遣することを決めた。
「があああぁぁぁぁッ」
予期せぬ痛みが、神を襲う。それはあの忌々しいレリウス皇国を牛耳る存在の手によるもので。けれど神はその対象となった存在を理解したところで狂ったように笑い始めた。
「私が手を下さずとも罰が下ったか、サリステラ・ヴァン・アスタレオッ」
サラの転生者としての記憶が、「ユキ」の人格が消えていく。その事実に神は狂喜乱舞して——
「くそッ」
そのおぞましい魔道具が世界にもたらす影響に、世界があげる悲鳴に、神はのたうち回った。世界の痛みのフィードバックが、神を襲っていた。
「なぜだ、なぜうまくいかない⁉私は神ですよ。全能である僕がなぜ予想もつかない行動を取るの⁉オレは全能だ。全知全能、万能の神だ。そうだ、私は全知全能の神ですよッ」
ブチ、とナニカを引きちぎる音が、何もない空間に響く。それまで神を形どっていた少女の姿が移り変わる。引きちぎられたのは神自身。その時点で神の痛みは消失し、そして神の手から光の球が零れ落ちる——それに、神は見向きもしない。
その行いが世界を滅亡の道へといざない、その速度を加速させているという事実を、神はすでに忘れてしまっていた。
「強力な手駒がいる。強力で、そして従順な……この実験の勝者が天使に育てばあるいは……」
ただ狂ったように目を血走らせて下界を睨み続ける神の後ろで、その光は神域の床を通り抜け、そして下界へと落ちていった。
「ここ、は……?」
下界で、一人の少女が眼を開いた。
周囲は一面の森で、見渡す限り人はいなかった。
再度、少女は首を傾げる。そこには、黒目黒髪の、耳の長い少女が——エルフがいた。
明日から新章に入ります。
すでに一章すべて書きあがっており、毎日投稿が続きます。
(予約投稿済みです。)
また、新しい連載を始めています。
『母を訪ねて~転生妖狐の成長記録~』
全28話、こちらの不幸少女の方とは異なり、シリアス控えめ、少年(?)主人公の狐のお話です。
こちらもぜひお読みください。




