31不幸少女と美食感知
アドリナシア王国に入っても、シャーロットは相変わらず街道を避けて進んでいた。アドリナシア王国は平野部が多く、時折草原を走ることもあったが、現在は森の中を歩いていた。抜身の短刀を片手に、フードをかぶりマフラーを巻き、目隠しをした様子はまさに変人だった。
「寒いですね。そろそろ冬も半ばを過ぎた頃でしょうか。日付がいまいち分からないのは問題ですね」
短刀で枝を切り落としながら、シャーロットはうっすらと雪が積もった森を進んでいく。
「途中街によってみましたが、これといった情報は得られませんでしたね。王都への道のりが分かったという点は助かりましたが」
街へ寄る、と軽い感覚で話しているシャーロットであるが、その実、外壁を越える不法侵入である。もはや野生児どころかただの犯罪者であり、足跡を残さないことに集中しているシャーロットは、そのあたりの倫理観があいまいになっていた。
街では、王都方面への街道の確認のみを行ってすぐに出発したわけだが、シャーロットはすべきことの一つを思い出して溜息をついていた。
「そういえば、いい加減この刀の鞘を用意しようと思っていたのでした。いつまでも抜身のままでは不便ですし、何より街で持ち運べないというのはいざという時困りますからね。さすがに木工細工はできませんし、鞘を土製にするなんてもっての外でしょうしねぇ」
シャーロットの生産能力は、それなりの保存食づくり以外、そのほとんどが魔法頼みであった。とりわけ土魔法を多用しており、浴槽作りやガラスナイフ作り、ガラス製の針作成と、非常に重宝していた。
それゆえ土魔法でできないことは不得手としており、鞘の自作などできるはずがなかった。
「まあ、できないものは仕方ありません。私は万能超人ではなくごく普通の一般人ですからね。できないものはできないで構いません。その代わり、できる分野を伸ばしていけばいいのですから」
そこまで告げてから、シャーロットは不思議な感覚に足を止めて、街道と反対側、森の奥へと視線をやった。
「おや……これは?……行ってみましょうか」
心の奥底から生じるわくわく感に首を傾げつつ、シャーロットは近くの幹に短刀で目印を刻んでから歩き始めた。
「んー、このあたりの気がするのですが……これ、でしょうかね?」
シャーロットの目の前には、ひょろりとした一本の木が生えていた。他の木々に比べて頼りなさげな外見のその木は、上の方に二つ三つの赤い果実を実らせていた。
「多分あれですね。——ウィンドカッター」
同時に放たれた二発の不可視の刃が枝を切り裂き、落下してきた果実をシャーロットは見事キャッチして見せた。甘い匂いのするその実に顔を近づけ、しばし匂いを嗅いでいたシャーロットは、ものは試しとかぶりついた。
「~~~~~ッ!甘い!」
口内に広がる深い甘味とくどさを抑えるわずかな酸味が、シャーロットをとらえて離さない。
「………美味でしたね。残り二つ……ああ、先ほどの感覚は美食感知スキルですか。すっかり存在を忘れていました。ということは、美食感知スキルを使えば、この果実を探し出せるかもしれない、ということですか」
美食感知。ラーデンハイド王国の森での生活で手に入れたそのスキルが、シャーロットを美食へと導いていたらしかった。本来勝手に発動しないはずのスキルが反応したのは、この果実がそれほど美味なものだったのか、それとも使われなさ過ぎて拗ねたスキルが存在を主張したのか。
ともかく、追加入手の可能性を見出したシャーロットは、残りの果実を貪るように食べてから、森を徘徊し始めた。
「……森を二時間歩き回って、この収穫ですか。微妙ですね。季節が悪いのか場所が悪いのか、それともスキルレベルの低さが原因か……」
シャーロットの目の前に並べられた収穫は、キノコ三種類計五本、小さな黄色い果実四つ、ハーブのような植物二種類のみだった。
「結局あの果物は見つかりませんでしたか。一つ残しておいて、街で名前を調べればよかったですかね。まあ、食べていきましょうか」
久々のごちそうに目を輝かせたシャーロットは、早速とばかりに果実にかぶりついた。
「にっが⁉何ですかこれ、想像と違いすぎます」
先ほどの果実の甘さを想像して口に入れた果実はそれほど甘くなく、シャーロットは苦虫をかみつぶしたような顔で水と一緒に飲み込んだ。
「これは……外れですかね?まさか、『美食』というのは『高級食材』を指すのではありませんよね。ゲテモノも含まれますか?」
渋い顔をしながら、シャーロットは次にハーブらしきものの葉を一枚摘んで口に入れた。
「ん?んー、そのまま食べるようなものではなさそうですね。決して不味くはありませんが……調味料系ですか?」
癖のある味に首をひねりながら、シャーロットは火を起こして収納から干し肉や土魔法で作った鍋や食器などを取り出して調理を始めた。
調理とは言っても、鍋に刻んだ肉とハーブらしきものを放りこみ、水を加えて煮込むだけだ。後は収穫したキノコを枝に刺し、火の傍に突き刺してあぶっていく。
「んー、野営食というのはこんな感じでしょうか?スープは多少ましになりましたが、塩味が足りませんね。街で買っておくべきでしたか。それと、キノコの方は……おいしいですね。香ばしい香りがたまりません。欲を言えばバターが欲しかったですかね」
調味料が足りなさすぎる、とシャーロットは空を見上げて息を吐いた。すでに周りは薄暗く、食べ終えたシャーロットは野営地周りに魔物よけのルーシャの実のしぼり汁を撒き、焚火のそばで座ったまま毛皮にくるまった。
「温かいですね。ぽかぽかしてきました。それに、汗もかいてきましたね……ん?汗?」
べっとりと湿った肌を撫で、そこでシャーロットは腕の震えに気が付いた。体の状態を認識してみれば、全身が思うように動かせなくなっており、そこまで考えたところで、シャーロットは姿勢を保っていられず、ぱたりと地面に倒れ込んだ。
「なん、れすあ……ッ」
(ッ⁉口がまわらない。毒⁉でもなぜ?盗賊に不意打ちを食らった……食らった?先ほどの食べ物ですか?ははは、まさか、ねぇ)
どっと冷や汗が吹き出すのを感じながら、シャーロットは探知魔法を切らすことなく、必死で思考を巡らせた。
(美食感知スキルって、もしや「調理によって美食となる」食材を見つけるスキルなのでしょうか?まさか、日本で使えばフグの肝なんかにも反応する仕組みですか?はは、多分、そうなのでしょうね……)
こうして、シャーロットの眠れぬ夜が幕を開けたのだった。
風による葉擦れ、遠くで響く魔物の遠吠え、虫の鳴き声。それら一つ一つに怯えながら、シャーロットは恐怖の時間をすごした。
翌朝。すがすがしい朝日が照らす中、シャーロットは疲れた顔で地面に腰を下ろしていた。
「結局一晩近く体のしびれは取れませんでしたね。やはり見たこともない食べ物はやめておくべきですか。とはいえ、思わぬ収穫もあったのですよねぇ」
〈シャーロット
レベル:13
職業 :なし
生命力:42/51
魔力 :280/280
スキル:風魔法Lv.3、水魔法Lv.3、火魔法Lv.2、土魔法Lv.3、自己治癒Lv.3、美食感知Lv.1、潜伏Lv.3、不屈Lv.3、剣術Lv.2、体術Lv.3、身体強化Lv.2、空間魔法Lv.1、探知魔法Lv.2、頑強Lv.1
称号 :(転生者)、忌み子、逆境の申し子、ゴブリンキラー〉
シャーロットがいずれ取っておきたいと考えていたスキルの一つが、今回の一件で入手出来てしまっていた。
「頑強……確か、体が丈夫になって、病気や毒につよくなるのでしたか。攻略対象の一人が持っていて、その人物はメシマズな主人公の毒料理を食べてぴんぴんしていましたか。優秀なスキルですね……美食感知と違って。そうなると、スキルレベル上げに毒を食べるべきですかね……森でその選択はありませんか。追々考えていきましょう……そういえば、ステータスが見えていますね。いえ、見えるというより、分かると言ったほうが近いですか?目は閉じていますし、探知魔法ではステータスは把握できていないのですが……不思議ですね?」
実体のないステータス画面に手を突き刺し、探知魔法に集中してステータス画面を認識できないか試し、結局何の成果も得られないまま、シャーロットの探求は終了する。
「神かだれかの、超常的なちからでも働いているのですかね?ならばステータス画面を開かなくてもステータスが把握できてもいいと思うのですが……それはできないのですよねぇ」
徹夜で疲れた上でさらに酷使させた頭を、冷たい水で顔を洗うことで覚醒させ、シャーロットは森を歩き始めた。今度は食材探しはなしである。
とはいえ、美食感知スキルに対するやるせない気持ちから、進む先で魔物を殲滅していくのだが。




