表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/938

3不幸少女と初めての戦闘

 森に入ってから30分ほどが経ち、この時点でシャーロットは疲労困憊で今にも倒れそうだった。

 地面から顔をのぞかせる木の根っこに足を取られないよう注意し、生い茂る枝葉をよけ、魔物が近くにいないか警戒しながら斜面を進む。小さな小屋の中で過ごしてきた体力不足のシャーロットには苦行でしかなかった。


「なるべく早く村を離れたいですね。まず追っ手は出さないでしょうけれど、もし公爵家が私を探してきたときに見つからないくらい遠く、できれば他国に……」


 日本で生活していた頃よりも独り言が増えたシャーロットであるが、本人にその自覚はなく、荒い呼吸がさらに乱れるだけだった。

 やせ細った足は既に震えており、限界を感じたシャーロットは足を止めて幹にもたれかかった。


 幸いというか不幸というか、シャーロットが今いる地域には明確な四季が存在しており、現在は秋。食事の心配は減るが、この後の寒さを考えれば厄介なことこの上ない。

 隙間風吹きすさぶ小屋の中、ボロ服一着で体を壊さずに冬を越せたことが奇跡なのだ。

 荒い呼吸を整えながらも、シャーロットは頭上を走る枝葉を見渡し、果実の類を探していた。


「思ったより見つかりません……いえ、ひょっとすると道中にはあったけれど見落としていましたか?けれど地面を見ずに歩くのは危険ですし……今日も雑草スープでしょうか」


 杖替わりの木の棒で前方の枝葉やくもの巣を払いながら、シャーロットは森の奥へと進んでいく。

 遠くから聞こえてくる鳥の声から焼き鳥を連想し、「私を食べて」と言っているように聞こえてきていた。重症である。


「ありました‼多分柿ッ」


 右斜め前方に見覚えのある果実を実らせた木を見つけ、シャーロットは走り寄った。この幸運が他のタイミングで訪れないのか、はたまたこういった機会に幸運を消費してしまっているのか。ともかく異世界で知識にある果実らしきものを見つけたシャーロットは木に登ろうと細い腕と足で幹を這い上がろうとして——力不足でずり落ちた。


「こんなところで諦めてたまりますか!」


 実を落とす方向に路線変更し、シャーロットは手近な小石を拾い上げ、実が密集している場所に向かって放り投げた。小石はひゅるひゅると上に向かい、一番下の枝に届かずに落下運動を始めた。


「は、ははは……ま、まだ、魔法があるわ」


 絶望に崩れ落ちそうになりながらも、シャーロットはあきらめない。記憶にある限り初のおいしい食事がとれる機会をみすみす逃す気などなかった。目を閉じ、脳裏に魔法をイメージする。

 鋭い風の刃が枝を切り裂き、果実が落下する様子を思い浮かべる。


「ウィンドカッター!」


 知識にあるゲームでとある攻略キャラが使っていた魔法を参考にした風の刃が進み、目的の枝に切り傷をつけ、葉っぱ数枚を散らした。


「これなら……ウィンドカッター!ウィンドカッター!」


 3回目にして最初に付けた傷に重なるようにして風の刃が刺さり、果実の重みに耐えきれなくなった枝が折れて落下した。駆け寄ったシャーロットは水魔法で実を洗うと即座にかぶりつき


「~~~~~ッ⁉」


 口の中を蹂躙する「渋み」に悶え、実の破片を噴きだした。


「じ、渋柿!で、ですが……食べますよッ!~~~ッ⁉」


 口内の皮膚から水がしみだしてしぼんでいくかのような渋みの猛攻に水魔法で対抗しながらもシャーロットは一つ目の実を食べつくした。ちらりと目線を落とせば、先ほど落とした枝についた実が2つ。眉間にしわを寄せて思考にふけり、それからシャーロットは渋柿へと手を伸ばした——


「これなら食べられないことはないですね。焦り過ぎましたか。第一、見覚えのある食べ物だからといって毒が無いとも限らないのですし……ここは異世界なのですよね。まだ魔法くらいしか実感できるものがありませんが。でもゲーム……いえ、もっと注意しないといけませんよね」


 その後シャーロットは何度も風魔法を放ち、ついに完熟しきった柿を落とすことに成功した。時期的問題か、日の当たる上の方に完熟した実が集中していて余計な実をいくつも落とすことになったが、そのおかげでおいしい柿を手に入れていた。

 完熟した渋柿は食べられるほどの甘さになる。昔だまされたと思って口にした渋柿の甘さを思い出しながら、シャーロットは無心で頬張った。


「んー、おいしいですけれど、熟れすぎていて持ち運びが難しいのが困りますね。固い柿は枝を少し残した状態で、蔓で縛ればいいのですけれど。……はぁ、当分は渋柿で我慢しましょうか。さて、ステータスは、っと」


〈シャーロット

レベル:1

職業 :なし

生命力:5/6

魔力 :9/25

スキル:風魔法Lv.1、水魔法Lv.1、火魔法Lv.1

称号 :(転生者)、忌み子〉


「魔力が残り9……しばらく休んでから動きましょうか。今のうちに蔓で柿を持ち運べるようにして……ん?生命力の値が減っていませんか⁉ダメージを受けた?いつ……柿?……いえ、疲労でしょうか。打たれ弱いどころの話じゃありませんね」


 生命力の数値「5」を何度も見返しては体の貧弱さを呪う。とはいえ体力の減少の原因が疲労だと確定したわけでもないのだが。

 その間にも蔓の三つ編みに柿の実に近い「T」の形をした枝部分を巻き込むようにして固定して、移動準備を整える。


「じゃあ出発しま——ッ⁉」


 ガサ、と草をかき分ける音に背筋を伸ばしたシャーロットは、近くにあった木の棒を拾い上げ、慌てて音がした方に振り返った。


(緑色の肌、人の子供くらいの体格……ゴブリン!渋柿が他の生き物のえさになっている可能性になぜ気付かなかったのですか⁉いえ、今はそんな場合じゃない!とにかく落ち着いて——ッ)


 冒険者ギルドが定める最低ランクであるFランクの魔物。

 スンスンと鼻を鳴らしたゴブリンは、柿の木への進行方向から若干視線をずらし、蔓を得るために移動していたシャーロットの姿を目に留めた。ニヤリ、とその醜悪な相貌をゆがめて、グギャギャと醜悪な笑い声をあげた。

 獰猛な輝きを宿す目に射すくめられたシャーロットは、空回りする思考を振り払うために頭を大きくふり、ゴブリンをにらみつけた。


「大丈夫ッ!私ならできる!水球を生み出してゴブリンの顔を覆う。魔力は少なめでとにかく長く維持できるように、ウォーターボール!」


 目の前に突如現れた水の塊に目を見開いて立ちすくんだゴブリン。その頭部めがけて水球が進み、ゴブリンの顔を飲み込んだ。


 魔法の修行に取り組んだ4日間で、シャーロットはある魔法の発動を試みていた。それは、魔物討伐用の魔法。魔法を練習して、試行し、シャーロットの精度高めな魔力操作を生かし、単体用で最も確実に倒せると判断されたのが、この〈ウォーターボール〉の魔法だった。

 近づいてきた魔物の頭部に向けて水の塊を放ち、顔を水で覆って呼吸を妨害する。弱い魔物の単体、しかも移動速度が比較的ゆっくりな魔物にしか効果がないが、一番再現性が高く、そして確殺性があったのがこの魔法だった。

 他の魔法では相手を傷つけることはできても、一撃で斃せるとは考えにくかった。全魔力を一撃に込めるなら可能性はあったが、そうでなければ威力が足りない可能性が高かった。


 水球で頭部を狙い撃ち、包み込み、その状態を維持する。

 一連の魔力操作は間違いなく高等魔法に分類されるであろう難しさだが、シャーロットは生まれながらの魔法適正故かそれをこなしてみせた。


 ガボボ、と吐き出した空気が泡を作る。パニックになったゴブリンは無茶苦茶に棒を振り回し、手からすっぽ抜けた棒が、シャーロットが突き出していた右手に偶々直撃した。


「ッのお!そのまま斃れろッ!」


 痛みに顔をゆがめるも、シャーロットは魔法を維持し続けた。一瞬形を大きく崩し、一部が崩壊して地面に落ちるも、顔の周りの水だけは維持した。数秒の後、ついにゴブリンは地面に倒れ込んで動かなくなった。けれどシャーロットは魔法を解除せずに維持し続け、魔力が切れて膝から地面に倒れ込んだ。

 バシャ、とゴブリンの顔を覆っていた水が地面に散らばった。


「どうなりましたか⁉ゴブリンは……動かない?」


 うつ伏せに倒れた姿勢で気力を振り絞って地面から顔を上げ、シャーロットはゴブリンの生死を確認する。しばらくにらみつけているうちに立ち上がる気力が戻り、棒を杖にして起き上がってゴブリンの下へゆっくり進む。


「突いても反応なし。ですが、死んでいると確証が持てるわけでもありませんし、息を吹き返すかもしれません。だから……やりますよ!できます、できないときっと駄目です……ッ、えいッ」


 確実に止めを刺すために、シャーロットは地面に横たわって痙攣するゴブリンへと、逆手に持った木の先端を振り下ろす。


 木の棒の先端を思いっきりゴブリンの首元に突き刺せば、人と同じ赤い血が雑草を染めるように地面に広がっていく。生き物をしとめる感覚に顔から血の気が引く中、シャーロットは2度3度と首元に棒を突き刺した。

 胃の奥からこみあげてくるすっぱいものを押しとどめようと、シャーロットは目を閉じて手のひらに持つ棒を思いっきり握りしめ、地面に突き刺して口を強く結ぶ。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 ふと気が付くと夕日が森に差し込んでおり、シャーロットは放り出していた渋柿の束を拾い上げ、慌ててその場を後にした。

 達成感と、初めての殺しの実感に、シャーロットは疲労でおぼつかない足を無心で動かし、その場を離れて行く。


 魔物の時間である夜が近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ