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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
7.帝国へ

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256不幸少女と帝国の街

誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

「ここが帝国……って、アドリナシアとほとんど変わりませんね」


 関所を避けて国境を越えたシャーロットは街道に戻り、そうして国境に最も近い帝国の街に足を運んでいた。あまり仲が良くない二国とはいえ、直接の戦争はゼロに等しいため国境を越える者はそれなりに存在した。帝国は国土の大部分が荒野であり、農業大国であるアドリナシアから食物を運ぶ商人などがとりわけ多く見られた。

 自国の食糧自給率の低い帝国より、ラーデンハイドとの方が戦争が多発しているというのは、きっとアドリナシア王族の業とでも呼ぶべきものなのかもしれない。——地理もまた大きく影響しているのだろうが。


 ガラガラと馬車が通りを往来する。アドリナシアよりも石造りの建物の割合が目立つのは、荒野で雨が少ない乾燥した地域で、火事の心配があるからだろうか。通りを歩く馬車、それを引く生き物の中に、シャーロットは興味深い存在を複数見かけて立ち止まった。


「ラクダに……トカゲ?」


 近くの屋台で昼食を購入して話を聞くと、どうやら地竜——とはいえドラゴンではなくトカゲの一種——という魔物だという。正式名称はアースリザード。馬車牽引用に改良されており、性格は温厚、力があり、何より低燃費であるという。がっしりとした体格でありながら、実に馬の半分ほどの食糧で済むのだという。

 馬車馬のための食糧すら満足にはない地域もある食料不足気味な帝国において、この地竜は非常に重宝されているのだという。


「面白い魔物がいるのですね……」


「ああ、嬢ちゃん、アドリナシアから来たんだろ?他にもリザードランナーっつう二足歩行で走るトカゲもいるんだ。そいつは優秀な冒険者であれば所持していたり、ランクによっては冒険者ギルドが依頼用に貸し出していることもあるらしいぞ。魔物への早期対処のためだな。何せ生産量の少ない農家は、一度の魔物の襲撃で大打撃だからな」


 帝国にも農家はいるし、農業も行われている。だが、それも土のせいで収穫高は低く、草木を食べる魔物が畑を襲った場合、根こそぎ食べられてしまうことも多いのだという。帝国としても自国の食糧自給率の低さを問題視しており、一刻も早い解決のために冒険者ギルドと交渉、ギルドにリザードランナーやアースリザードの貸し出し業を行ってもらうこととなった。

 ちなみに、交渉がややあっさりできたのは、冒険者ギルドの本部が、ここ帝国の帝都にあるからである。


「やはり乗れるにこしたことはありませんか。馬にすら乗ったことがないのですが……」


「あー、最初はそれなりに苦戦するらしいな。けれど、8級以上の冒険者は、一度は乗馬……いや、乗トカゲか、まあその講習を無料で受けられるらしいからな。興味があれば受けておくべきだろうぜ」


 実にためになる話を聞き、シャーロットは不味い串肉をかじりながら、屋台の店主と別れた。シャーロットが長話できていたのも、おそらくは屋台の料理が不味いことが知れ渡っており、シャーロットの後ろに並ぶ客がいないためであった。

 屋台店主の男の料理の腕の低さに顔をしかめながら、シャーロットは血の味しかしない臭みの強い獣肉をかじった。


 その足で向かった冒険者ギルドは、この付近では大きな街であるからか、相応の大きさをしていた。基本的に冒険者ギルドは街にのみ存在、たまに近くに有用なダンジョンがある村やダンジョンの入り口などには、簡易ギルドあるいは出張ギルド支部などという派生があったりするが、その程度である。そして街の大きさイコール利用者の数であり、帝国の中でも比較的大きなこの街の冒険者ギルドも、相応の大きさをしていた。

 二階建てのしっかりとした石造りの建物。一階部分は煉瓦模様になっており、二階部分の白壁とのコントラストが印象的なその建物にシャーロットは足を踏み入れる。


 昼過ぎという微妙な時間であるためか、冒険者の姿は少なく、併設の酒場で昼間から酒に浸る飲んだくれ、あるいはそれなりに金回りのよさそうな、整った装備をした余裕のありそうな一団が依頼が張られるボードの前で依頼表を見ているくらいであった。盛況時には五人ほどが並ぶと思われる受付カウンターには、今は受付嬢一人しかいなかった。


「おう、邪魔だぜ」


 ガラガラと車輪付きの荷台を押してギルドに入って来た冒険者。オーク丸々一頭を乗せた荷車を押しながら向かった受付で二言三言交わし、彼らは解体場のあるスペースへと進んでいった。


(……へぇ、荷車。それにあれはリュックサックですよね?んー、地球人が関係していますか?他にも見覚えのあるものがちらほらと……)


 何よりシャーロットの目を引いたのは、受付嬢がめくる白い紙であった。そう、羊皮紙ではなく、紙である。高級品であるはずの紙を惜しげもなく使うその状況、しかも手にもあっているのは筆ではなく鉛筆らしきものであった。

 量を生産できないはずの、書籍にできるほど高価かつ高品質の紙がそこには大量にあった。


(帝国にも転生者がいる?)


 その可能性を頭の隅に留めながら、シャーロットはひとまず近隣の魔物についての情報を集めようと、依頼掲示板の方へと歩き出した。近づいてきたシャーロットを見てわずかに表情をひきつらせた一団を気にも留めず、シャーロットは依頼書に素早く目を通していく。


(この国、魔導国家と未だに戦争をしているのですよね?魔物の被害が多いのはそのせいでしょうか?あるいは、これがいつものこと……?)


 依頼書はだいたい魔物の討伐七割、素材採取依頼二割、雑用一割といったところであった。これまでシャーロットが見て来た依頼掲示板の依頼書は、およそ討伐五割、採取三割、雑用二割。とはいえ地方で解決できない難易度の依頼は王都に集まる傾向があり、なおかつシャーロットがこれまで見て来た依頼はアドリナシア王国の冒険者ギルドのものであり、国によってはさらに討伐依頼の割合が高いところすらあるのが実情だった。そして帝国は大陸の中でも、魔物が跋扈する危険な土地を多く抱えている国である。アドリナシア王国に比べれば討伐依頼が多いのは当然のことだった。

 シャーロットは受けることはなかったが、アドリナシア王都の冒険者ギルドには、国境付近の街などの依頼も存在していた。中には希少素材の採取兼地方までの運搬などという面倒な依頼などもあったが、基本的に王都まで回ってくる依頼というのは討伐依頼であった。


 つまり、帝国はそれなりに魔物の被害があると言うことである。


(……依頼を選ばなければ、それなりに仕事はありますね。それに、脅威になりそうな高ランクの魔物は少ないようですし……)


 すでに王都支部に依頼が回っている可能性もあるが、シャーロットが見たところBランク以上の魔物討伐の依頼は存在しなかった。

 依頼レベルでいえば、国境の山脈に入って霊薬の素材を取ってくるという3級以上指定という難易度の依頼があるくらいであった。こんなもの、馬鹿でなければ誰も受けないだろうが。


(んー、帝国を知るという意味でも、とりあえずこの辺りの依頼を受けておきましょうか)


 シャーロットが選んだのは、常設依頼。街周辺の荒野に出る魔物、Dランクのサンドゴーレムの討伐依頼である。ゴーレムは、いうなればガーゴイルの劣化個体である。砂や岩で体が構成されるゴーレムは、けれどその肉体を土魔法で変形させることも、周囲の砂や岩を取り込んで即時回復することもない。肉体が半壊するか核を取り出されれば死ぬ——生命として滅びる存在であり、シャーロットにとってはそれほど脅威には映らなかった。


「……あっ」


「?どうかなさいましたか?」


「いえ、なんでもありません」


 依頼を受け付けにもっていったシャーロットは、そこでこれまでの習慣から「シャル」名義の冒険者カードを出してしまっていた。とはいえ今更「シーラ」名義のカードに取り換えるというわけにもいかず(その方が勘繰られるし、なにより二重登録は推奨されていない)、結局シャーロットはドキドキしながら受付嬢の反応を待った。


「依頼の受理が完了しました。それではお気をつけて」


 何も反応することなくカードを返され、シャーロットは内心安堵の息を吐きながらカードを回収してそそくさと冒険者ギルドを後にした。思えば、基本的に受付ではカードの名義とランクを確認して、依頼受付を魔道具に記録するくらいである。依頼達成時には同じく魔道具に依頼の達成を記録、貢献度が一定基準を満たした場合には昇級試験を受けさせるなど、事務的な対応に留まる。

 世界に広がる組織が、たかが一国家が指名手配したところでそれに従う義務も、「犯罪者」の現在位置などの情報を国に伝える必要などないのだ。また、冒険者ギルドの職員が、ギルドの記録などから得られる情報を国にもらした場合、厳重な処罰が下される。そういう意味でも、この国ではシャーロットは「シャル」で居続けることが可能であった。


 さっさと冒険者ランクを上げて高位ランクになり、貴族の理不尽を跳ねのけられる権力の獲得を目指すシャーロットにとってもありがたい話であった。


「これがゴーレムですか。問題は、ぱっと見、サンドゴーレムなのかロックゴーレムなのか、見分けがつかないことですかね」


 近くに落ちていた拳大の石を拾い、シャーロットは風魔法でゴーレムに向かって射出する。体高一メートル半ほどのゴーレムは、高速で飛来する石が肩にぶつかり、バキ、と硬質な音を響かせながら肩から先が地面に落下した。


「……石ですね。ロックゴーレムでしたか」


 外れを引いたことを感じながら、探知魔法での魔力の微妙な違いも相まって、中々思うようにいかない依頼だと判断。一般的な冒険者がどうやって二種の魔物を見分けているかに興味を持ちつつ、ひとまずは殲滅を試みる。土魔法で作り上げた地面の土を圧縮して作った剣で、ゴーレムの体を叩き砕いていく。

 体が上下に割れた時点でロックゴーレムは動かなくなり、シャーロットはゴーレムの胴体、生物であれば心臓部分から魔石——核を取り出した。


「普通の7級冒険者にとっては、DランクのサンドゴーレムとCランクのロックゴーレムの違いは脅威ですよね。……まあ、私はどちらもあまり関係なく斃せますし、識別できずとも問題はありませんが」


 最初に肩を砕いたおかげか、体のバランスが崩れたゴーレムはその腕を振り回す攻撃が思うように行かず、完全にシャーロットの攻撃の的と化していた。似たような戦闘を重ねること二十三回。十体目のサンドゴーレムを叩き斃したシャーロットは、核である魔石を回収しながら息を吐いた。ようやくサンドゴーレムとロックゴーレムの違いを、魔力の性質の違いから見分けられるようになっていた。どうやら魔力量自体は両者にほとんど差はなく、個体によってはむしろDランクのサンドゴーレムの魔力の方が、Cランクのロックゴーレムの魔力より高いことさえあった。


「ようは体の硬さ、と」


 核を取り出すための解体作業中に襲ってきたスコーピオンを殺し、シャーロットはしばらく考えてからその死体を担いで街への帰還を決めた。初の魔物、しかも明らかに毒を持っていると思われる個体であり、シャーロットは自分の解体の腕に自信がなかったため、冒険者ギルドの解体専門家に任せることにした。何度も解体したカエルなどならまだしも、たかが一匹、それもサソリなどという体のつくりすらいまいちわからない魔物の解体を、シャーロットはうまくできる気がしなかった。


「……重い」


 適当にひもで縛った体高八十センチメートルほどのサソリの魔物の死体を担ぎ、シャーロットは街への帰路についた。

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