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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
6.出会いと別れ

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閑話「主人公」オリアナの転生記5

本日5話目です。


誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

 翌日から始まったオリアナのダンジョン探索は、実に順調だった。六人の戦闘用奴隷の二人を荷物持ちとしてローテーションし、高みの見物を決めるオリアナは、時折思い出したように精霊魔法を放って魔物を斃し、スズメの涙ほどの経験値を稼いでいた。その左右には執事のクロムと、ヒーラーの少年を従え、オリアナの一団は破竹の勢いで——とはいえシャーロットのそれに比べればはるかに遅く——ダンジョンを進んでいった。


「そろそろ休憩にしましょうか。四号、食事の準備をしなさい」


 命じられた奴隷がダンジョンの一角に敷物を敷き、そこへ携帯食料を入れた革袋をとりだして置く。


 周囲を奴隷たちに見張らせ、オリアナは不味い食事を無理やり腹に詰め込んでいく。ダンジョン探索で不満があるとすれば、食事の不味さであり、オリアナは料理のできる奴隷を連れてこなかったことをひどく後悔した。とはいえその辛さもヴィンセント王子との甘い日々のための苦難だと思えば耐えられないものではなかった。


「ほらあなたも早く食べなさい」


 ヒーラーの少年が、背後から注がれる執事の鋭い視線に体を縮こませながらもそもそとした固パンをかじる。部外者でありオリアナの雇われである立場的に中途半端な彼は、回復役は万全であるべき、というオリアナの持論によって彼女と二人、心休まらぬ食事を続けていた。


 自分の肯定者であれど、オリアナは貴族の子どもで、彼の心の中では言いようのない感情が渦巻いていた。


 オリアナたちの食事が終わり次第、奴隷たちと執事が二交代制で食事を摂り、先へと進む。今はおよそ昼。日の当たらないダンジョン内ではすでに体内時計という勘頼みの生活サイクルとなっている。微妙なリズムの乱れと、睡眠時においても心休まらないという状態が、少しずつ一団の精神と体力を削っていく。何より、奴隷である彼らの精神的疲労は顕著なもので、けれどオリアナはそんなことが気にならないくらい疲労で一杯いっぱいであった。


 転生前の彼女はただの一般人であり、この世界においてもまた、苦労などほとんど知らない貴族の令嬢として快適な生活を送って来た。魔物との戦闘経験こそあれど、それは綿密な計画のもとで行われた安全マージンの高いもので、泥臭い戦闘など全く経験がなかった。そこにきてのダンジョン探索で、何よりオリアナにはこのダンジョンについての詳しいゲーム知識がなかった。その事実がオリアナの精神をすり減らしていき、それによって一層一団を暗い雰囲気が包み込んでいく。


(ふん、この程度か。麒麟児も一皮むけば花も恥じらう貴族の乙女、か。陛下はどうしてこのような矮小な存在に関心を示していらっしゃるのだろうか)


 オリアナの一団の中で唯一余裕があるのが、執事のクロムであった。国王陛下子飼いの影として生きて来た彼にとって、障害にもならない魔物の襲撃と、自分の四分の一ほどの年齢の小娘のお守り。それよりも彼の心をざわつかせるのは、そんな取るに足らない小娘が、陛下の関心をかっているという事実だった。


(なぜ、私がこのようなぽっと出の小娘の動向調査などに出なければならんのだ。奴隷で人形遊びをするいかれた娘だぞ⁉これを婚約者候補にするとは、陛下はどうなさってしまったのだ!)


 オリアナはまだ知らないが、クロムがオリアナの下へ来たのは、ひとえに現国王が第一王子ヴィンセントの婚約者候補にオリアナを検討しているからである。同様に幾人もの子飼いが婚約者候補の候補者の下へとあてがわれており、数年かけて彼女らの調査が進められていた。とはいえクロムがその事実を知ったのはつい最近で、もともとはオリアナ・オルベルの未来予知の精度を知り、国で囲い込むための情報集めが任務であった。第一王子の出生を隠すために影の中でも重鎮である自分が情報規制にあったという事実もまた、クロムの心に重くのしかかっていた。



「ようやくついたわね。ここがダンジョン三十階層……」


 小高い丘の先に鬱蒼と生い茂る密林。オリアナの視界の先のそれは、けれどあちこちが炭化し、森林火災の跡を見せる悲惨な状態になっていた。


「ここにいる……いえ、いたみたいね」


 オリアナの目的である力の持った高位精霊の捕獲。その終わりが見えて来たことにオリアナは安堵の息を吐く。ここまでの道中で奴隷たちにもダメージと疲労が蓄積し、これ以上深層へ向かうのは命の危険が大きすぎた。


「これが自然階層……」


 オリアナの後方でぽかんと口を開けてつぶやくヒーラーの少年の言葉がおかしく、オリアナは小さな声で笑う。その笑い声を聞いて彼は頬を赤らめ、によによと相貌を崩した。そんな一団をクロムは冷めた目で眺めそれから眼下に広がる森に首を傾げる。


 基本的にダンジョン内では地上のような法則は適応されず、普通は森林火災など起こらない。ありえないことが起こっている。それが意味するところは、おそらくつい最近までこの階層に冒険者が訪れていて、その冒険者の行動によって、あるいはダンジョンのギミックの作動などによって、森に火が付いたということ。そして、その森に向かう自分たちもまた、大規模な森林火災に巻き込まれる可能性があることを意味していた。

 この火災がダンジョンのギミックによるもので、例えば森の土壌に石炭などが豊富に混ざっていた場合、未だ火種が残っている可能性もあり、階層の情報がなくギミックの内容が分からない以上、深入りは禁物だった。


 だが、引き返したいというクロムの思いとはよそに、オリアナは森の探索を決定する。その言葉にクロムは否定こそせずとも、内心で舌を鳴らした。


「ふぅん……思ったよりも森なのね。それに魔物も出ない……これは当たりなのかしら?」


「……当たり、というのは?というか、このダンジョンへはどのような目的で入ったのですか」


 今更ながらの少年の質問に、オリアナはしばし逡巡してから口を開く。


「精霊に会うためね。それ以上は秘密よ」


 ふんふんと頷く少年は、けれど肝心の精霊という言葉に首を傾げる。彼の知る精霊とは、物語の中に出てくるいたずら好きの存在で、あえてこのようなダンジョン深層に会いに来るような存在ではなかった。とはいえこのご令嬢のことだから何かとてつもない理由があるのだろうと一人納得し、彼は疲労感を感じさせない様子できょろきょろと森の中を見回して進んでいく。


 ところどころ焼けて炭化した木々。森の損傷は奥へ進むほどひどくなっていき、やがて木々が全焼した広い場所に出る。青空に上る疑似的な太陽の光が降り注ぐ炭化した世界には、けれど若々しい新芽が顔をのぞかせ、わずかに緑が戻っていた。


「——へぇ」


 オリアナはサークレットから伝わる感覚にわずかに頬を釣り上げる。「自分たちに近い何か」の接近を伝える精霊の思いに、オリアナは内心舌なめずりをして時が来るのを待つ。精霊に近しい——精霊と交わったアドリナシア王族の血を引く者か、その手の市井の凄腕冒険者か、あるいは半精霊ともいえる妖精か。


 その存在は炭化した木々の隙間からそっと顔をのぞかせ、そしてぎょっと目を見開いた。自分たちの住処である森を破壊する存在であり、自分たちを殺していったあの少女の同類——人間。

 その目に宿った恐怖に、オリアナは困ったように首を傾げて口を開く。


「出て来てくださらない?森妖精さん?」


 ぎょっと目を見開くクロムと状況を把握できない奴隷プラス一人をよそに、おずおずと開けた場所に姿を現した森妖精——緑色の髪と目をした人間の子どもほどの背格好の存在が、手に持った木槍をオリアナたちへと突き付けながら声を張り上げる。けれどその声にはどうしようもなく恐怖が滲んでいて、それが一層クロムにはおかしく映った。

 森妖精は森をはぐくむ存在であり、地域によっては神のごとく崇拝される対象である。その森妖精を怯えさせるほどの何かをした愚物の存在が、クロムには理解できなかった。彼ら森妖精をラーデンハイドに連れて帰るだけでオリアナのヴィンセント王子との婚約が確定するほど、森妖精とは重要視される存在であった——が、そんなことを当のシャーロットが知る由もなかった。


「何の用だ、人間。我らは森の再生作業で忙しいのだ。これ以上森を荒らさず帰ってくれ」


 悲痛な森妖精の叫びに、オリアナは困ったように顎に手を当て、それから地面に膝をつく。ぎょっと目を見開く森妖精とヒーラー少年をよそに、オリアナは真摯な目で森妖精を見据え、そして魅了スキルを発動しながら口を開く。


「私がここへ来た理由は、このダンジョンに捕らえられている火の高位精霊に用があったからです。おそらくこの火災を引き起こした元凶だと思うのですが、その居場所に心当たりはありませんか?私は、かの精霊をこのダンジョンから連れ出すために来たのです」


「あれが、精霊の力によるものだというのか⁉……確かに、ダンジョンの魔力が宿った森を焼くのは、よほどの火炎でなければなしえない。まさか本当に火の精霊様が……精霊様が、我ら精霊の血を引く森妖精の森を焼きあざ笑っているというのか⁉なぜ、なぜ精霊様は——」


「ですから私の話をきちんと聞いてください。精霊様は捕らえられているのですよ。魔道具の中に、ね。私がその場所へ向かえば、精霊様を開放して差し上げることができますし、ダンジョンのギミックとして扱われる精霊様がここを離れれば、もうこの森が焼かれることはないと思いますよ?」


「おお、神は我らを見捨てていなかったというのかッ」


 天へと両手を突き上げ慟哭する森妖精を、オリアナは本心のうかがえないきれいな笑みを浮かべたまま眺める。オリアナにとって、自分をヴィンセント殿下が存在するこの世界に転生させた神は敬うべき存在で、自分を当て馬であるシャーロット・ヴァン・ガードナーに転生させようとした神は敵であった。だから、オリアナは神になんの期待もしていないし、神に、あるいは精霊に妄信する目の前の存在は、見ていて非常に滑稽だった。


 仲間の叫びを聞いて集まって来た森妖精らが槍を片手に殺気を浴びせながらオリアナたちを取り囲む。蒼白な面持ちで震えるヒーラー少年をよそに、オリアナは疲れを感じさせない蠱惑的な笑みを持って、未だ滂沱のごとく涙を流す森妖精へと微笑みかける。

 はっと我を取り戻した森妖精が、未だ涙を流し鼻水をすすりながら、仲間の森妖精らに事情を説明する。その話を聞き、ある者は目元を潤ませ、またある者は歓喜し、あるいは突如現れて打開策を告げるオリアナたちに懐疑的な視線を向ける。

 やがて、森の奥から白交じりの長いひげを蓄えた森妖精が現れると、森妖精らは一斉に彼の下へと集まり、それから自らの思いの丈を述べ始める。にわかに騒然とする中、長と思われる森妖精は自然を操ってその場に足場を作り、彼らより一段高いそこに立つ。次にそれぞれの森妖精らから話を聞き、全員を見回してから一つうなずき、そのまま足場の土を移動させることで歩くことなくオリアナたちの前まで移動する。


 スカートの膝についた土を払っていたオリアナは顔を上げ、表情の読めないその個体へと口を開いた。


「お話はまとまりましたか?」


「ふむ、おぬしが話しておる精霊の件だが、我々に与えられる情報はほとんどない。だが、過去の経験から火災の発生場所は特定しておるため、そこへの案内程度はこなせよう。我らの悲願であった“ギミック”の解除と精霊の開放がなされることを期待しておる」


 顎髭を撫でながら威厳たっぷりに告げる森妖精に、オリアナは静かに微笑み、それから案内役として目の前にやって来た先ほど滝のように涙を流していた個体へと目くばせする。


「自分が案内させていただく。だが、道中は我らの住処の近くから追い出した魔物も多数存在しよう。危険を伴うが構わないな?」


 先ほどまでの恐怖心は消え去り、歓喜に染まった笑みを浮かべる森妖精。その姿は一団のヒーラー少年と、過去の奴隷たちを想起させるもので、クロムはオリアナの言い知れない求心力に恐れを抱いた。


「ええ、その程度は承知の上です。三号から六号は魔物の討伐を、一号と二号は荷物持ちと索敵をしなさい。あなたは……私の側で守られていなさい。……行くわよ」


 この時点で初めて、オリアナはヒーラー少年の名前すら聞いていなかったことに気が付いた。けれどオリアナはどうでもいいことだとその思考を捨て去り、戦闘状態へと意識を変える。いつでも魔法を放てるようにサークレットでまどろむ精霊を叩き起こし、一行は焼けた森の先へと歩き始めた。

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