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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
6.出会いと別れ

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幕間5動き出す者たち

本日二話目です。まだの方は前話からお読みください。


誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

「クソッ」


 テーブルに勢いよく叩きつけられたグラスから小金色の液体が飛び散る。さびれた酒場のカウンターで、男は赤らんだ顔で店主をにらむ。


「どうなってやがる⁉あいつの暗殺に失敗してから散々だぞ⁉アドリナシアの裏社会を牛耳ってたはずの俺ら『トカゲ』が、今や落ちぶれ扱いだ。同業のクソどもがのさばる上に、ネクロの野郎どもまで参入してきやがる。昨日はジオが死んだ。せめて、せめてこの惨状を引き起こしたあいつに、その相応の報いを受けさせなけりゃ気が済まねぇってんだよッ」


 つい半年ほど前は王都の暗部を支配していたといっても過言ではなかった闇ギルド「トカゲ」は、今や台頭する他勢力に押しのけられつつあった。そんなトカゲの盟主、すべての光を吸い込むような闇色の髪をした男は、再度グラスの酒を煽り、テーブルに叩きつける。ピシ、とグラスにひびが入り、店主の男は不快そうに顔をしかめる。


 ここはトカゲご用達の情報屋で、盟主の男は、今日も自分の人生の歯車が狂う原因になった——と少なくとも本人はそう思っている——とある「少女」についての情報を仕入れに、ここを訪れていた。


 あの王都すぐそばまで「化け物」が襲来した少し前、彼の組織はとある貴族からの依頼で少女——シャーロット——の暗殺を請け負い、そして失敗した。


 たった一人の少女に泥を塗られたことと組織有数の実力者の死によって、トカゲの力は急激に落ちていった。その失敗を挽回しようと、ゼンツ商会が強力な魔道具の取引のためにダンジョン都市へと向かったという情報から、その魔道具の奪取を試み、そして任務についた者たちはついにかえって来ることはなかった。


 結局その魔道具はゼンツ商会ではなく、ネクロという帝国の傘の下でのうのうと太った狗に食い散らかされ、ネクロとアドリナシアの有力貴族のパイプ形成に貢献することとなった——と、彼はそう認識していた。


「そうだッ、あいつをネクロとぶつければいいッ!そうすれば片方は……ガキの方がつぶれて、ネクロもアドリナシアから手を引くだろ⁉」


 父から「トカゲ」を引き継いだだけの無能は、さも自分は大発見をしたとでもいうような口調で両手を広げ、虚勢をはる。だが酒場の店主はただ静かに首を振るばかりだった。


「残念ながらネクロへのパイプが存在しません。その上、すでにネクロと対象『シャル』は二度交戦しております。一度目は魔導国家からの伝令役の捕縛任務についていた一団を襲撃する形で、二度目は先の吸血鬼戦で。どちらも対象は生き残り、そしてネクロ側に被害が生じています」


 一個人がネクロという強大な闇に対抗しているという事実は、わずかにトカゲの名声を取り戻し、その名を地に貶めていた。


 ——トカゲは、獲物の強さすら見極められない無能に過ぎない。


 幸運にもシャーロットに手を出すことのなかった地下組織は、そうして無様な姿をさらすトカゲを、あるいはトカゲのかじ取りに失敗した男をあざ笑った。


「……だが、ガキの方には接触できているのだろ?」


「ええ、間接的にではありますが、すでにパイプをつないでおります。それと、情報が一つ……『天使』どもが、動きを見せております」


 ガタ、と立ちあがった盟主の男は、驚愕に目を見開く。


 天使。

 それは世界の闇でささやかれ続ける、神の代行者。神の命に従い、地上に直接干渉しては神にとっての害になる存在を駆逐する脅威。天使たちは、人間に対する遠慮を知らない。神敵を滅ぼすためであれば、一国すらたやすく巻き込み、滅亡させる。

 その天使が動きを見せているということは、大乱の予兆であった。


「対象は誰だ?ネクロのファウストかエジテーターか?あるいはフリーリーンの仮面男か?……まさかこの国の人間相手じゃないだろうな⁉」


 彼は、この国の闇に君臨したいのであって、この国で快楽に、あるいは狂気にふけりたいというわけではなかった。つまりお山の王でいたいだけで、闇組織のトップとしては比較的まともな人間だった。だからこそ、伝統ある組織をあっけなく崩壊させてしまったのだが。


「いえ、流石にそこまでの情報は入ってきておりません。ですが、少なくともネクロに動きは見られないそうです。特にネクロのエジテーターはさらに行動を過激化させているほどで……まるでトカゲに対する当てつけのように、いえ、なんでもありませんよ」


 墓穴を掘った男は首を強く振り、それに対して盟主の男は拳を握りしめ、怒りを抑える。組織の終焉が近づく中、それでも変わらず情報を提供し続ける男をここで一時の感情に任せて殺すほど、彼は無能ではなかった。

 まさか酒場の店主が、今後トカゲとの関係を断とうと決意していることになど気づきもせずに。


「そうか、では対象のガキを動かせ……この手でつぶしてやる」


 憤怒を瞳に宿しながら、男は酒代のみテーブルに置いて立ち去った。

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