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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
1.森の中の放浪者

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21不幸少女と近接戦闘

 翌日。シャーロットはステータスを眺めながら、昨日の結果を確認していた。


〈シャーロット

レベル:10

職業 :なし

生命力:31/31

魔力 :142/142

スキル:風魔法Lv.2、水魔法Lv.2、火魔法Lv.2、土魔法Lv.3、自己治癒Lv.2、美食感知Lv.1、潜伏Lv.2、不屈Lv.1

称号 :(転生者)、忌み子、逆境の申し子〉


「レベルが1上昇。昨日それなりにゴブリンを斃せたみたいですね。魔力もだいぶ増えていますし、また少し強くなりましたね。魔法も水魔法以外1ずつレベルアップ……順調すぎませんか?」


 どうにも違和感がある、とシャーロットは顎に手をあてて首を傾げる。


 この世界で、今まで経験のなかった戦闘を行った。それからまだ少し。これが日本であればかなりの超人である。


(ゲームの攻略対象のスキルのレベルと比べても、すでに中盤くらいの時に近いのですよね。レベル平均2.5くらいでしたか?とはいえ彼ら彼女らはスキルの総数が少なかったわけですし、私とあまりかわりませんよね。『シャーロット』のレベルは不明だったわけですが、魔力量はともかくスキルレベルはこれに近い気がします。成長速度が異常……考えられるのは、ゲームの知識を刻み込まれたことでしょうか。あの際に神に何らかの追加操作をされた……というのはないですか。んー、どうにも違和感があったのですよねぇ、私のこの『ゲームの知識』とやらは)


 人間社会の崩壊、ひいては世界の滅亡を阻止するために神によって植え付けられた「ゲームの知識」。だが、この世界で生活するうちに、シャーロットは時折不思議な感覚があることに気が付いていた。


「『ゲームで得られる知識』と聞いて、私は『ゲームをプレイして見聞き可能な知識』と思っていたのですけれど、それは間違いなのかもしれませんね。正確には、『ゲームに出てくる人間一人ひとりとして自分が経験した記憶』ではないでしょうか」


 今まで存在すらしなかった魔法を、魔法爆発で魔力を感じられていたとはいえ、シャーロットは一度で成功した。また、一切貴族教育など受けていないのに、どうにもゲームのシャーロットに近い言葉使いになってしまうことがあった。

 ただゲーム知識を参照して「知識」を得ているというよりも、ゲーム知識を基に思考しているといった場面が多々存在していたように思われた。もっとも、知識量が多すぎてゴブリンの行動理由の時のように、とっさに知識が出てこないこともあるのだが。

 それに、残念ながらシャーロットは、ただ聞いただけの専門知識を組み合わせて、結論を出すような優秀な思考回路を持ち合わせていることはない。


(これはつまり——)


「経験記憶という形で、神に記憶を刻まれているのでしょうか?シャーロットの魔法を参考にストーンバレットを初めて打った時、ゲームとほぼ同じ速度と威力を持たせるなんて、魔力操作の感覚が体に染みついていないと無理ですよね。まあ、それなりに効果的ですか」


 納得、とそこまで考えてシャーロットは思考を放棄した。神の願う「世界を救う」気などこれっぽっちも存在しないシャーロットであるが、どうにもこの世界に自分を転生させた神の思惑に乗ってしまっているような気がしたのである。


 ふう、と熱くなった頭を冷やそうと水を飲み、シャーロットはステータスの数字眺めに戻った。

 強くなったことを実感できるこの時間が、シャーロットの数少ない楽しみになりつつあった。満足げにうなずいてステータスを閉じたシャーロットは、寒さに体を縮こませながら横穴の外に足を踏み出した。


「これはすごいわね……」


 遠くから集落……集落跡地を眺めながら、シャーロットはぽつりとつぶやいた。ゴブリンの集落にあった建物はそのほとんどが焼け落ちており、広場の端の方にあった3つほどだけが火から難を逃れていた。何匹か斃したはずのゴブリンの死体が見当たらないのは、建物と一緒に炭になったか、それとも死体を食らう魔物にやられたか。……きっと後者だろう。

 雪が降り積もっていたおかげか周りの木に延焼していることはなく、シャーロットはほっと安堵の息を吐いた。


「あの村人さんは……さすがに焼け死んだことはないでしょうね?ないといいわ……まあ、ゴブリンの拷問から解放されてはいますし、もし遺骨が見つかれば弔って差し上げましょう。……さて、今日も頑張っていきましょうか」


 人間のことを完全に忘れて、ゴブリンを殲滅するという目標にのみ集中、集落へと気にせずに魔法を放ったわけである。さすがに昨日あれから、助けられたかもしれない村人を魔法で焼いてしまった可能性に思い当たり、シャーロットはしばらくそのことばかりを考え続けた。

 とはいえ、虜囚となった村人がシャーロットの魔法で焼け死んだ可能性はすっぱりと切り捨て、意識を戦闘モードに切り替える。戦闘時に余計な思考など毒にしかならない。

 木々に身を隠しながら、シャーロットは見つけたゴブリンを魔法で仕留めていく。


「んー、午前中でゴブリン4匹。微妙ですね?集落跡地にはゴブリンの姿はありませんでしたし、すでに散らばってしまったのでしょうか。それとも、別の住処に避難した?」


 そこまで口にして、シャーロットは以前見かけた巣穴のことを思い出した。中にいるはずのゴブリンが出てくる気配はなかったし、あの巣穴が破棄されたとは考えにくかった。


「統率個体も見ていませんしねぇ。どうしましょうか?」


 今日は焼け跡を再建しているだろうゴブリンに、再び無差別攻撃をくらわせようと考えていたのだ。シャーロットの頭の中に他の計画はなく、このまま森に散らばったゴブリンを各個撃破していくことを続けるか、シャーロットは立ち止まって悩み始めた。


 ぶるり、と体の震えに現実に思考が引き戻されたシャーロットは、今日は付近で殲滅を続けることにして、魔法を打ち続けた。


「アイスフロア、からの——アイスニードルッ」


 雪を利用した新しい水魔法。地面に積もった雪を固めて滑る氷の床を作り出し、前方に転倒したゴブリンの体を、氷を変形させた針で貫く。

 複数の針で体を貫かれたゴブリンは、その首に針が刺さったことによって即座に絶命していた。


「ふう、針の数を増やせば確殺に近づきはしますね。やはり頭を狙い刺すのは難しいですか」


 頭部をかすめ、耳に裂傷を生んだ氷の針を見て眉間にしわを寄せながら、シャーロットは魔法の分析をする。


「雪で見えない土で動きを妨害するよりは、魔力消費が少なくて済みますね。ニードルの威力は土魔法の場合とほぼ変わらず、ですか」


 氷で覆われた地面を足の裏で叩き、それからシャーロットははっと顔を上げた。


「ひょっとして、水魔法で氷も作れるのでしょうか?もしくは冷風を生み出す魔法でもいいですね。それがあれば夏の暑さ対策は万全です」


 すぐさま目を閉じ、脳裏にイメージを浮かべる。


「——氷よ」


 目の前の魔力の塊が水になり、それが冷気を発するようになり——霧散した。


「んー、失敗?原因は……何でしょうか。魔力不足か……イメージ不足?魔力操作の問題ではないでしょうし……ふむ」


 今度は詳細なイメージを浮かべる。発生させた水の分子運動を魔力で阻害して、動きを止める。


「氷よ……できましたね。イメージの問題ですか。魔力をより多く注ぎ込めば、杜撰なイメージでも氷を作れそうな感覚ではありますね。まあできたのでそちらの考察は不要ですが」


 冬場には不要な氷をさっさと投げ捨て、シャーロットは歩き始めた。


「ふむ、今度も一匹ですか。んー、どの魔法を使いましょうか……そうです、ステータス……魔力はまだありますね。ならば、接近戦に挑戦してみましょうか」


 視界の先、左腕の皮の一部がやけどでひきつっている個体を見つけて、シャーロットは短刀での戦いを決めた。


(できるだけ先手は取っておきたいですね。3、2、1、今ッ!)


 木の陰から飛び出したシャーロットは、一直線にゴブリンのもとへと駆けだした。雪に足を取られて転ばないよう気をつけながらも、できる限りの早さで駆け寄る。


『グギャ?ギャギャギャッ』


(気づかれたッ。棍棒は右手、リーチは短め、避けてからの一撃——今ッ)


 シャーロットの方へと走り出したゴブリンが、右手に持った棍棒を振り上げ、振り下ろす。左側に飛んで避けたシャーロットは、右手の短刀を腹部に突き刺そうとして——突如右手を襲った衝撃になんとか刀を握りしめたまま後退した。


(何が……ってそうか、棍棒の振り下ろしを即座に横なぎにつなげられた!左に避けるべきだった……反省はあと。まだやれる!)


 痛みに歯を食いしばるシャーロットは、刀を右手に持ち替え、突っ込んでくるゴブリンの動きを確認した。


(今度はゴブリンの左側。避けながら水平にした刃で脇の切り裂く!)


 腰を落とし、短刀を水平に構える。

 避ける気がないと判断したのか、ニヤリと醜悪な笑みを浮かべたゴブリンは、棍棒を振り下ろす単純な攻撃を仕掛ける。


(避けて、ここだッ)


 自分とほとんど身長に差がない相手が獲物を見る目で攻撃してくる。その恐怖にすくむ足を根性で前に運び、すれ違いざまにゴブリンの脇腹を浅く切り裂いた。


「行けるッ。来いッ」


 格下だと侮っていた相手に傷を負わされたゴブリンは、ただでさえ醜悪なその顔をゆがめ、怒りに満ちた声を上げながらシャーロットに突撃してくる。


(大丈夫、落ち着け。ッ⁉)


 滑ったのかわざとか。振り上げると思われた棍棒はその手から離れ、まっすぐシャーロットへと飛んで来た。


「ああぁぁぁッ!」


 目をそらしてなるものかと、投げられた棍棒を無視してゴブリンを睨みつけ、前へと足を進める。

 腹部に振動、それから痛み。

 世界から感覚が切り離されたようなスローモーションな視界の中、シャーロットは振り上げていた刀を全力で振りぬいた。


「はああぁ!」


 首から左わき腹にかけてを切り裂かれたゴブリンは、その勢いを殺しきれずに、シャーロットの右側を通過し、痛む右手にぶつかりながら地面に倒れ込んだ。


「これで、終わり、です!」


 膝を曲げ、振り落とされた刃は、ゴブリンの首を切り裂いた。


「はは、接近戦は、キツイですね」


 肩で息をしながら、シャーロットは達成感のにじみ出た声でつぶやいた。右腕や腹部を癒し、刀を洗い、それから再びゴブリンの死体を見下ろす。

 白い雪に広がる血の海から視線をそらし、空を見上げたシャーロットはほうと白い息を吐いた。


「もっとたくさんの接近戦の経験が要りますね。立ち振る舞いも、相手の行動予測も、最適な攻撃タイミングや攻撃方法……分からないことだらけです。先ほどの戦闘でも、ひょっとしたら棍棒ごと叩き切れたかもしれませんよね?いえ、さすがに短刀が折れますか……とはいえ、そういった行動と結果を頭の中で結び付けて、とっさの判断で最適な動きができるように訓練しなければいけませんね」


 まだまだこれからである。シャーロットは短刀を握る手に力を籠め、それからまっすぐ先を見つめた。


「午後に9匹。一日の合計が13匹ですか。微妙ですね」


 接近戦を終えた後も周囲を捜索したシャーロットは、さらに3匹のゴブリンを斃して横穴に戻っていた。

 横穴の外はすでに真っ暗で、ぱちぱちとはぜる焚火の光が、シャーロットの顔をぼんやりと照らしていた。


「接近戦では危ない場面もありましたが、収穫もありましたね」


 戦闘経験の不足が如実に表れる結果であったが、その行為はシャーロットをまた一歩成長させていた。


「剣術スキルに体術スキル、ですか」


〈シャーロット

レベル:10

職業 :なし

生命力:28/31

魔力 :87/143

スキル:風魔法Lv.2、水魔法Lv.2、火魔法Lv.2、土魔法Lv.3、自己治癒Lv.2、美食感知Lv.1、潜伏Lv.2、不屈Lv.1、剣術Lv.1、体術Lv.1

称号 :(転生者)、忌み子、逆境の申し子〉


 新たな二つのスキルが、ステータスのスキル欄の最後尾に燦然と輝いていた。


「訓練では決してつきませんでしたから適性がないものだと思っていたのですが……無事に習得できましたね。この見た目だと、今後街に出た際に確実に絡まれるでしょうからね。回避するためにもこの二つはありがたいですよ。とくに体術」


 これでまた一つ、シャーロットは森ですべきことを進めた。戦闘能力を向上させ、目の赤色を隠す方法を手に入れる。シャーロットがこの国を無事に出るためには、その二つが欠かせない。


「あら、そういえば私は自分の容姿を目にしたことがなかったわね。ふむ、今度水面に映った顔を見ておきましょうか。それから、目の色への対処方法ですが……あてがないわけではありませんが、場所が問題なのですよねぇ」


 シャーロットの心当たり、それはゲームで出てくる「偽装」のスキルスクロールだ。王都を根城にする盗賊団が隠し持っている品であり、誘拐された子ども助けるために主人公と攻略対象が衛兵を連れて乗り込み、そこで手に入れるシナリオであった。

 衛兵と乗り込んでおきながら盗賊の持ち物を勝手に自分のものとすることや、そのスキルスクロールで覚えた偽装で男子寮に潜入するなどのおかしなシナリオは考えなくていいのだ。ただ、主人公や攻略対象のおバカ加減がうかがえるだけである。


「ご都合主義的展開はどうでもいいわ。それより王都……行くのはお断りですよね。国から出るために国の中心に行く。本末転倒ですよ。大体、方法が見つからなければ街道を避けて山道を進んで、国境の関所も避けて通ればいいだけの話ですよ。……方法、ねぇ?目を閉じ続ければいいのでしょうか?……うん?不可能ではないですね」


 シャーロットは、本来「氷雪魔法」によってのみ生み出し動かせる氷や雪を、水魔法で動かすことができている。魔法は意外と創意工夫で何とかなるものだと、シャーロットは認識している。空間魔法を除いて、だが。


「目が見えない状態……視覚以外で周囲を把握できればいい……目の見えないキャラがゲームに居ましたよね。確か、探知魔法でしたか?周囲に魔力を展開して、触れたものを認識、脳内で3Dマップを作って見せるという……無茶苦茶ですね」


 いうなればソナーだろうか、とシャーロットは目をつぶった状態で、普段の訓練でするように魔力を体外に放出し、それを広げて体を覆う。


「んー、この魔力の膜を広げて、ものとぶつかることを認識する?わけがわかりませんね。空間魔法の方が、イメージが容易な気がしますよ。むむむ……ソナーですよね。魔力の跳ね返りでそこに物があることを認識……無理ですね。方針は近い気がします。練習あるのみでしょうか?まったくできるきがしないのですが……」


 手がかりすらつかめない状態で、シャーロットは諦めの言葉を吐く。

 それにしても、とシャーロットは首をひねりながらステータスの魔力値を見つめて首をひねる。


(一体どれほどの魔力があれば、視界無しで常に周囲を把握できるのでしょうか?魔力は時間経過で回復し、一日で全回復するわけですから、常に魔力を一消費し続けるとなると、86400以上ですか?常時魔力消費が0.1だったとしても、魔力は8640以上。ははは、そんなまさか……)


 攻略対象でもあった彼の魔力は、けれど本人の類まれな魔力の腕により、ステータス画面では閲覧できなかった。そういう仕様ではなく、実際にステータスの隠蔽を行う方法を使えたのだろうかと、シャーロットはまだ見ぬ技術に思いを馳せ、それからどうかあまり高くない魔力量であってくれと願う。

 冷や汗を流すシャーロットをよそに、夜は更けていくのであった。

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