200不幸少女と現状把握
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「ようこそ、我が屋敷へ。私がセレグスト・セスタ・ナターシャ。ナターシャ家の家主だ。歓迎しよう。けれど、娘との再会を喜ぶのは後か。早速だが情報の整理が必要なのだろう?」
七人が通されたのは、円卓が備え付けられた会議室だった。そこに座っていたいかにも貴族といったキレのある雰囲気をまとった男。その体は引き締まっており、何よりも体内から漏れ出す魔力が、その強さを示していた。わざと魔力を垂れ流していた彼は、客人の反応を見極め、それからすぅっと体内へと魔力を引っ込め、それから指を鳴らす。
それと同時に、部屋の奥から姿を現した執事服の男が彼に数枚の羊皮紙を手渡した。
「さて、ラナ、ルナ。それにバフォメット卿。まず、現在国王陛下の生死が不明だ」
ガタ、とテーブルに手をついて、アレクセイが立ち上がる。驚愕に目を見開き、今にもつかみかからんとする彼を、セレグストは腕を突き出して押しとどめる。
「話は最後まで聞きたまえ」
国王と肩を並べることが許された騎士団長に対してあるまじき対応だったが、けれどアレクセイの方に否やはない。ラナが連れて来たとはいえ先駆けもなしに訪問したのは自分たちであり、そしてすぐさま話し合いへと進めるそのあり方は大変好ましいものだった。
彼が一般的な貴族であれば、おそらくこれを機にアレクセイからの覚えをよくしようと、実に冗長な自慢話をされたであろうことは、アレクセイ自身がよくわかっていた。
「まず、王都を混乱の渦に陥れたのは三人。一人、王弟閣下、二人、第三騎士団副団長、三人、フードの男。後者二人をギルドによって吸血鬼と認定され、現在冒険者が王都中を走り回って足取りを追っている。王弟殿が何を考えておいでなのかは不明だが、彼は後者二名によって混乱する王都の中、私兵を率いて城へと侵入し、城を占拠しておる。陛下が逃げ延びたか、それともすでに囚われの身となっておるのか、定かではない」
想像以上の事態に、シャーロットは固まっていた。国の、それも王族が絡んでくるとなると、正直シャーロットは関わりたくなかった。何せ、この国とラーデンハイド王国の王族は仲が良くないらしく、ラーデンハイドの王族の血を引く証明であるこの眼を万が一見られたら、どうなるかわかったのもではないと考えていたのだ。
——実際、それ以上の大事になる可能性など予測もせず、シャーロットはただ先に見える面倒事の予感に、心の中でため息を吐いた。
「それで、元第三騎士団副団長と、そのフードの男、についての情報はどうなのですか?」
「ふむ、まず四日ほど前か?王都の広場……貴族街と平民街の境にあるそこに、突如現れたフードの男が宣言したらしい。私は吸血鬼だ、力を求める者よ、私に希えとな。最初は自殺願望者の狂言だと思われていたらしいが、翌日王都で最初のグールが発見される。事態を重く見た国王が即座に第二騎士団を動かして事態の収拾を図るも、その大部分がグールとなって戻ってきて、王都の市民を襲い始めた。それから、王都内でグールと冒険者、それから第一騎士団の戦いが続く中、任務から帰還したと思しき第三騎士団副団長が姿を現し、公衆の面前で第一騎士団の副団長を殺して、その血を飲んだ。後は、吸血鬼を殺そうとした者たちが躍起になり、王都の破壊が広がり——これが昨日までだな。戦いの中で第三騎士団副団長は姿を消し、今はつかの間の平穏が保たれておる。ああ、それと……」
「なんでしょうか。情報を出し渋らないで下さい」
娘から向けられるキツイ視線に、セレグストはわずかに逡巡し、それからため息交じりに告げた。
「フードの男の腕に、丸と縦棒、それに二重線を引いたような刺青が見えたという目撃情報が多数入っている。どれも偶然その場に居合わせた平民のものだが——」
「ッ⁉」
今度真っ先に立ちあがったのは、ラナでもルナでもアレクセイでもなく——シャーロット。その顔をまっすぐセレグストに向けて、わずかに己の声が上ずっているのを感じながらシャーロットは口を開く。
「……事実、ですか?」
いぶかし気にうなずくセレグストに対し、シャーロットはいつの日かの夜の記憶が脳裏をよぎった。無音、気配なく王都の街の中にふらりと現れたフードの彼は、確かにネクロと名乗っていた。その声は、今思えばドランザを襲った男の声と瓜二つで、シャーロットはこれまで気が付かなかった自分を呪い、その唇を噛みしめる。
(……ネクロが王都にいたのはこのため?いえ、それにしては準備時間が長すぎますか。あのタイミングだと……まさか、ガーゴイルも彼の仕業ですかッ⁉)
ついにシャーロットもまた、その結論に至った。まるで何かに導かれるように一直線に王都へと向かっていたガーゴイル。地上でガーゴイルと遭遇する前に王都でシャーロットはネクロの男と会った。それから、フィラメルの遺骨とでも呼ぶべき遺品に、フィラメルとガーゴイル両方を指している可能性が高い「使徒」という言葉。確かあの男はその言葉を口にしてはいなかったか。つまり、彼の行動理由は王都陥落と使徒に関する何かで、そして、今回の作戦から彼は吸血鬼の可能性が高い——
敵討ちなど、シャーロットの趣味ではない。だが、自分の知り合いが、自分の目の前で自分が戦いに引っ張り出したせいで死に、あるいは自分が原因で死に。
それらの死に対して、何も感じていないはずがなかった。
濃密な殺気が、シャーロットの体からもれる。それは、まだ十歳に満たない少女が持つべきではない異様なもので、けれどセレグストは、静かにシャーロットへと視線を注いでいた。
(……ネクロが、世界を股にかける闇組織で?手を出すのは死を意味していて?その構成員は一人一人が上位冒険者に匹敵、あるいは悠々と超える実力を持っていて——それがなんだというのでしょうかね?)
「……情報提供、感謝します」
深く頭を下げ、それからシャーロットは椅子に座りなおす。張り詰めた空気はわずかに緩み、それを証明するかのように窓の外から甲高い鳥の鳴き声が響いた。
「面白い子を見つけたな」
昨夜からの強行軍による疲れをとるために部屋に案内された者が姿を消し、部屋に残るのはセレグストと、それからラナの二人だった。両者の顔を盗み見ながら口論にならないかとそわそわしていたルナは母親に引きずられてその場を後にしていた。
「いい子でしょう?他人のために怒れる、強くて、優しい……そんな子よ」
「そんな」の部分に雑多に混ぜ込まれた多くの感情に、セレグストはピクリと眉を上げる。その感情は、嬉しさのようで、悲しさのようで、憐憫のようで、それでいて恐怖のようであった。
「……まあ良い。せっかく冒険者として活動しておるのだ。その線でつてを増やして間違いはない。……それより、いい報告はないのか?」
「………?」
「いや、その、だな………結婚、する気になったか?」
「はぁ……そんなわけないわ。また甘やかされて育った高位貴族の次男三男から縁談が入ってきてるのね?私は出ないわよ?」
「いや。もうそちらは諦めた。それに、今も縁談を申し込んでくるのは、この家を破滅に導くような奴だけだ。話にならん。そうではなくてだな……」
この父がこうして言葉を濁す姿に、ラナは違和感があった。いつだって彼は、凛とした態度を崩さず、いかにも貴族然とした男だった。領地経営と社交に全力で、まともに話したことなどもはやほとんど記憶になかった。いつだって記憶の中の父は自分より高位の貴族相手に毅然と構えて会談していた。
「………キドくんとは、どうだ」
「はぁッ⁉」
突然父の口から飛び出した名前に、ラナは目をむき、素っ頓狂な叫び声を上げた。だが、その耳は隠しきれないほど赤く染まっていて、慌てて早口になって聞いてもいないことを口走り始める娘に、セレグストは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「~~~~ッ⁉」
からかわれていると感じたラナは顔を真っ赤に染め、それから手近な椅子を投げつける。それを受け止め、セレグストはやはり、ラナに父親らしい視線を向け、それから優しく告げる。
「久しぶりに、彼を屋敷に招きなさい。もちろん、ドルチェさんも一緒にだ。いい加減、お前も先に進みなさい。でなければ、私にも考えがあるぞ?」
すぅっと顔から表情を消し去り、けれどその瞳には剣呑な光をたたえ、セレグストは明らかに作り笑いだとわかる笑みを浮かべる。その表情はラナの心に突き刺さり、ウッとうめき声を上げさせる。
「連れて、来なさいよ」
どたどたと大股で歩くラナ。再度のセレグストの言葉に対する返事は、乱暴に扉を閉める音だった。
「キーファ、貴方の息子は、元気でやっているようだよ……」
亡き幼馴染の息子の顔と、それからその名前を聞いた時の娘の反応を思い出しながら、セレグストは苦笑いを浮かべながら窓の外へと視線を向ける。
空へと昇る黒煙は、彼女の弔いの火を想起させた。




