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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
5.英雄の台頭

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199不幸少女と王都動乱1

誤字報告、ブックマーク、評価、感想、いいね、ありがとうございます。

「……なんだ、これは?」


 命からがらの逃走を成功させた新米吸血鬼ピーカンは、森の入り口の騎士団拠点に舞い戻り、そこに残していたグールたちを引き連れて王都へと帰還を果たしていた。だが、王都の門には門番の一人もおらず、それどころか門は半開きになり、そして王都の街からは鐘の音が鳴り響いていた。


 カンカンカンカン——


 すでに日も暮れたその時間。まるで夕陽のような光が——燃えさかる炎が、その街を赤く照らしていた。


「ッ、ウォーカー!グール数名を連れて王都の状況を把握しろッ。私は、この混乱に乗じて血を集めるッ」


「承知いたしました、マイロード……」


 静かに頭を下げるのは、第三騎士団団長補佐にして、今は吸血鬼となったウォーカー・ドルトンであった。彼は恭しく礼をして、それから手近かつ騎士にはあまり見えない体格のグール数名を引き連れて、街の奥へと消えていった。


「さて、私も早く血を吸わねば……」


 戦闘で深手を負い、そして吸血鬼となっても弱さを痛感したピーカンは、そうして血を吸う対象を——人間を、探し始める。


 吸血鬼にとって人の血を吸うことはグールという戦力確保であり、人への復讐であり、己の欲を満たす行為であり、そして自身の回復かつ強化手段であった。


「——捕まえろ」


 燃え広がる炎から逃げ惑う女性の姿を見つけ、ピーカンは背後のグールたちに声をかける。白目を向いた屈強な元騎士が走り出し、その女性との距離を縮める。


「助か……いやああぁぁッ⁉」


 騎士団の装いをした存在が駆け寄ってくるのに気が付いた女性は安堵の息を吐き、それから、その騎士の顔を見て絶叫する。白目を向き、半開きの口からよだれを垂らす彼らは、恐怖以外の何者でもなかった。

 驚きに固まる女性は、そのままグールの突撃によって吹き飛ばされ、石畳の上を転がる。


「ッ。私は捕まえろと言ったのですよッ⁉まったく、知能の低下が困りものですね。……ああ、もったいない」


 地面を転がる際にぶつけたらしく、女性は頭部から血を流す。素早く周囲へ視線を巡らしたピーカンは、それから女の体をひっつかみ、さっと路地裏へと姿を消す。それからすぐさま首にかみつき、その甘い血をすする。


「……あの小娘には遠く及ばんか。だが、まだあれはグールにしていない。今のままであれば血は吸いたい放題か。ふ。ふふふふふふッ……グールどもッ、私のもとに人間を連れてこいッ」


 グールの知能が低く、細かい命令内容を理解できないことはわかっている。だから、非常に簡単な命令を告げ、そうしてピーカンはグールたちが運んできた人間から、あるいはその死体から、血を吸い取っていく。

 血を吸った人間をグールにするにはエネルギーが必要なため、そのような愚かな真似はしない。


(今に見ていろよ、アレクセイッ。次は、私がお前を殺すッ)


 それから、脳裏によぎる一人の少女の姿を思い出し、ピーカンはやけになって次の食料から血を奪い取った。



「閣下、ただいま帰還いたしました」


 一方、ピーカンと別れたウォーカーは、その足で秘密の通路から貴族街へと潜り込み、とある屋敷にたどり着いていた。

 重厚な扉をノックすれば、中から渋い声が響く。扉を開いた先、絢爛豪華な装飾が施された部屋の中央。体が沈み込むような真っ赤な柔らかいソファーの上で、その男は紫煙を吐きながら彼へと視線を向けた。


「久しぶりだな。首尾はどうだ?」


「はッ。第一に、オーク作戦の遅滞作戦には成功、加えて、元第三騎士団副団長という新たな吸血鬼によって、第三騎士団は壊滅状況に陥りました」


「……ほう。あの豚もたまには役に立つではないか。それで、貴様は豚に手柄を譲って悠々と帰って来たわけか」


「はい。現在はピーカン殿の……ッと失礼、豚殿の配下を装い、行動しております。どうやらまだ吸血鬼になったばかりらしく、あの豚は私の血を吸い、吸血鬼となったと思い込んでいる様子です。端から私は吸血鬼であったというのにッ」


「なるほど、実に滑稽だな。……ふむ、となると、今回私が出るひつようはないか?」


「……いえ、それはまずいかと。我々に力を授けられたあのお方は、出てこない芽はつぶすでしょう。どうにも快楽主義の気があるようですからね」


 顎に手を当てて考えに耽る彼は、それからニイと頬を釣り上げる。わずかに白髪の混じる髪を手で掬い上げ、サングラスを外せば真っ赤な瞳が顔をのぞかせる。その目で窓の外を眺めれば、王都は目の色にも勝るとも劣らないほどの赤い炎に包まれていた。


「ふむ、では私も出るとしよう。無能な兄からの簒奪のためにな——」


 アドリナシア王国王弟、ウィンナート・サタ・アドリナシアは、そうして鎧のように引き締まった体をソファーから持ち上げた。





 森を抜けたシャーロット一行。夜通し走り続け、たどり着いた王都からはいくつもの黒煙が立ち昇っていた。


「……火事か?」


「ッ、襲撃ッ⁉吸血鬼でしょうッ」


 ボケをかますキドの頭をラナは叩く。だが本当にただの火事だと思ったらしいキドはハッと息をのみ、それから走り出す。彼の心の中には、王都に置いてきた娘の存在があった。

 完徹明けの彼らは、すでに頭があまり働いていなかったのだ。


 基本的に道中はシャーロットとアレクセイが魔物の対処と道案内をし、キドたちはただ走っているだけだったが。

 暗闇の中でも容易に周囲を把握できるシャーロットと、長年積み上げたアレクセイの戦闘勘を前に、C級程度の魔物はなすすべもなく蹴散らされていった。


 それはともかく、先を急ぐキドの背を追って、一行は門のところまでたどり着いた。門は大きくその形をゆがめていた。何か固い物がぶつかったような跡と、それから焦げた跡が残っていた。

 重厚な木製の門は、その間に隙間を作り、訪れる者一切を拒むことはなかった。


 開いた隙間からキドは真っ先に王都へと入り込み、そして視界に映る街並みに目を見張った。門から続く大通り、その両脇の家の多くは倒壊し、あるいは燃え尽きていた。奥に見える家も完全無傷と呼べるものは少なく、そのほとんどがどこかしら傷ついていた。


 真っ白な壁は煤で黒ずみ、あるいは一部が炭化し、色鮮やかな塗料が塗られた屋根や扉は火の熱で剥げてしまっていた。道には、木片や敷き詰められていた石畳の破片が散乱していた。


「これはひどいな。吸血鬼がやった、のか?」


 アレクセイの中にあるのは、これ程の破壊を引き起こした者の正体である。ピーカンは確かに吸血鬼となって多くの人を魔へと落としたが、そんな彼がこのような無秩序な破壊を引き起こすとは思えなかった。

 彼の中で、ピーカン・ロイゼンはまだ副騎士団長であった。


 比較的故郷という思いが薄いシャーロットは、一行の中で一番客観的に状況を観察していた。

 破壊痕は三通り。強力な力によるなぎ倒し、火による延焼、それから鋭利な刃物によるもの。


 シャーロットが読み取れたのはそこまでで、けれど少なくともただ一人で行われたものではないことは明白だった。その惨状は、けれど生々しい傷となり、そこに残っていた。


 そっと、壁につけられた傷に手を触れる。つい最近ついたばかりの刃物による傷を撫で、ちくりと指先に刺さったささくれに、シャーロットは慌てて手を引っ込めた。


「………はぁ。まだ休むことはできませんか」


 照りつける太陽を仰ぎ見ながら、シャーロットは息を吐いた。


 カツンと、アレクセイの足元に小石が転がる。

 それは、倒壊した建物のほうから飛来し、そして一つ、また一つ、あちこちの建造物の陰から、石が、木片が、腐った何かが、投げられる。


「許さねぇッ!お前たちが王都をこんな風にしたんだぞ⁉」


「責任を取ってちょうだい!」


「さっさと出て行けや、この疫病神めッ」


「………」


 降り注ぐそれらをアレクセイは黙って受け続ける。その状態に対して、慌ててリヒターが彼の手を引っ張って近くの路地へと身を隠した。


「ちょっ、アレクセイさん⁉なんで黙って攻撃を受けてるんすか⁉あんたは何もしてないだろ?」


「……そうだ、何もしていない。部下が吸血鬼になっても、何も。先ほどの一件で納得がいった。王都を襲ったのは、ピーカンなのだろうな。グールと化した騎士団員を引き連れて王都を襲撃したのだろう。部下の不始末は私の責任だ。黙って受け入れるほかあるまい」


「ッ、あんたはあいつを止めただろッ⁉なのにそのあんたが、どうして石を投げられるんだよッ」


「やめなさい、リヒター。上に立つ者の責任なのよ。だから、アレクセイさんの覚悟を、私たちが否定してはいけないわ」


「……ッ、そうかよ……」


 ルナに諭され、納得がいっていないという不満を顔に出しながら、それでもリヒターはアレクセイの肩から両手を離す。行き場なく宙をさまよった手は、それからゆっくりと下ろされる。


「……こんなところで話し合うばかりではらちが明かないわ。ひとまず、情報を集めましょう。ついて来なさい」


 ラナが先導し、ルナは彼女が導く先を予想してハッと息をのむ。とはいえ、その場にいる人数は少し減っていたが。

 先を進んでいたキドはすでにクソッタレのパーティーホームへと向かっており、それから街に入ってからミーシェが人知れず姿を消していた。


 そうして七人が向かったのは、純白の豪邸と、その前に美しい庭園が広がる豪邸だった。

 貴族街の一角。王城からそれなりに近いそこは、ラナとルナの実家であった。つまり、ナターシャ侯爵家の屋敷であった。


「…………さて、入りましょうか」


「お姉さま、今更ためらうのはやめてください。みっともないですよ」


 門へと手を伸ばし、久々の実家への帰還に、ラナは暗い表情を浮かべる。ルナに急かされ、仕方なく門を握り、それから魔力を門に流し込む。


(……へぇ、門は魔道具なのですか。魔力を選び取っている?それとも門の内部に作られた回路の正解のルートに魔力を流せば開く?中々夢が広がりますね。錬金術スキルも得たことですし、この一件が終わったら魔道具作りに挑戦しましょうか)


 その様子をシャーロットが一人興味深そうに眺める。その他六人はある程度見慣れた光景であり、特に心揺さぶられるようなことではなかった。

 それから、ギギギとひとりでに門が開いていく。


「おかえりなさいませ、ラナお嬢様、ルナお嬢様」


 ふわり、と突如姿を現したメイド服姿の女性が静かに頭を下げる。その気配のなさにシャーロットが驚き、けれどそれ以上にラナとルナが慌てふためいていた。


「「お母さまッ」」


「………は?」


 思わず出たシャーロットの声を聞き取り、その女性は顔を上げて口元を袖で隠し、ふふふと笑う。その目元は確かにラナとルナそっくりで、何よりもまとう雰囲気が二人によく似ていた。


「改めまして、わが屋敷へようこそ。歓迎いたしますよ」


 まさかのナターシャ侯爵夫人の登場に一行が固まる中、ラナは一人頭を抱えて空を見上げる。


「だから誰も連れて来たくなかったのよね……」


 事情を知っていたミリーサは、一連の流れに苦笑いを浮かべていた。

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