20不幸少女と集落再び
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銀世界の中。毛皮を蔓で縛っただけの簡単な靴を履いたシャーロットは、ゴブリンの集落付近へと偵察に出ていた。
「あの方法は無茶が過ぎました。さすがに数十匹を相手にあんなずさんな計画で勝負を挑むのは自殺行為でした。ばれずに撤退できると踏んでいたのですが、ゴブリンの聴覚を侮りましたね」
遠距離からの狙撃を続けたあの日から二日。吹雪になった外を眺めながら、さすがに必需品となった靴をいびつながらも作り上げたり、凍傷対策にと土魔法と水魔法、火魔法の合わせ技で用意した風呂に使ったりと、有意義な時間を過ごしたシャーロット。
彼女は今、雪がちらつく中で再びゴブリンの集落を襲撃するために足を進めていた。
「前回の襲撃では、集落内のゴブリンを斃すという点が失敗でした。多くのゴブリンの警戒心を上げてしまい、結果逃走劇を繰り広げることになりましたからね。今回は集落に戻る個体を単独撃破していきますよ」
ぐ、と抜身の短刀を握る右手に力を入れ、シャーロットは意気込み十分とばかりにうなずいた。
多くの木が葉を落とし、代わりに雪を積もらせたその光景はとても幻想的で、その中で歩く緑色のゴブリンはひどく目立っていた。
シャーロットが他の魔物から奇襲を受けていないのは、ひとえに潜伏スキルのおかげだった。
「見つけました。それにしても目立ちますね。私はあの狼の灰色の毛皮を羽織っていますからそこまで目立たないでしょうけれど、やはり真っ白な毛皮を調達しますかね?雪兎でしょうか……一体何羽分の毛皮が必要になることやら。……さて、ストーンバレット」
慣れたもので、手元を見ることなく素早く小石を取り出したシャーロットは、手をゴブリンの頭の高さに持ち上げるなりすぐさま魔法を発動。
威力を強めた魔法は、ゴブリンのこめかみあたりに直撃して血をまき散らし、絶命させた。
念のためにと近づいて首に短刀を突き刺したシャーロットは、短刀をさっと洗い、次なる標的を探して歩き始めた。
「んー、この方法だとやはり一体あたりの討伐に時間がかかりますね。まあ前回の逃走劇を繰り返すのは避けたいですしね」
火攻め、水攻め、兵糧攻めとゴブリンの殲滅方法を考えながら進み、シャーロットはついに集落を視界に止めた。
「今日は、直接攻撃は避けますからね……ん?」
森から出てくるゴブリンの集団の一つ。そこから聞こえる声に違和感を抱き、シャーロットは目を細めてそちらをにらんだ。
「あれは——人間、ですかね?まあ、私の知ったことではありませんが」
上下に革の鎧を着た、血にまみれ薄汚れた青年がゴブリン数匹に運ばれていた。時折叫び暴れてはゴブリンに棍棒で叩かれ、動きを止めることを繰り返す。
傍に控えるゴブリンの一匹は、その腰に剣を下げ、まんざらでもなさそうに胸を張って歩いていた。
「なんですかね、あれ。逃げたいなら機を窺って一気に動けばいいでしょうに。あれではゴブリンの警戒を引き上げるだけだと……ああ、片足の骨が折れているのですか」
よく見れば、横向きで運ばれる青年の右足は天へと向かうように、膝が折れ曲がってしまっていた。
シャーロットのところからでは不明だが、おそらく他の腕や足も無事ではないのだろう。
「それにしても、なぜ生きたままの人間を運ぶのでしょうか?食料的価値くらいしかないでしょうに?……まあ私の知ったことではありませんか」
軽く黙祷した後、シャーロットは獲物を求めて木の陰に紛れて行った。
「これで11匹、っと。そろそろ戻りますかね」
太陽が西に傾く中、鮮血滴る刀を握りしめたシャーロットは浮かない顔でぽつりとつぶやいた。
シャーロットの胸の内では、午前中に目にした青年のことが燻っていた。他人。しかももう死んでいるであろう存在の、一体何が気にかかるのか。
日本にいるときから他人に対してほとんど感情を動かすことの無かったシャーロットは、自分の胸の内に燻る不快感に眉をひそめた。
「なぜこんなにも、あの男の下へ向かうべきだという気がするのでしょうか……ああ、ゲームの記憶ですかね?それとも……」
そこでようやく、シャーロットは違和感の原因にたどり着いた。
(ああ、あの装備、あの声、あの顔……私がいた村の狩人ですね。そういえば小屋に閉じ込められる前に会話したこともある気がします。……そうか、私は、あの村の人々に対する感謝の気持ちがあったのですか。わずかながらも、あの村に対して恩返しがしたいと、そう思う気持ちがあるのですか?……はは、あの環境に置かれてなお、感謝の念を抱いている、と。「シャーロット」は随分なお人好しですね)
シャーロットは皮肉気にふんと鼻を鳴らす。
幼いシャーロットの記憶にある光景。鎖につながれていたこと、魔物の襲撃にあっていたこと。これらを思えば、きっと冒険者にでも助けられ、偶々近くに位置していた村で保護を頼まれたのか、あるいは放って行かれたのか。それはともかく、結果としてあの村の人々は、赤の他人である幼いシャーロットに食料を分け与え、魔力爆発という未知の危険を抱える少女を、けれど殺してしまうことも完全に見捨てて村から追い出すこともなかった。
だが、それがなんだというのか。
恐怖にゆがんだ視線をシャーロットは覚えている。
不味い食事、腐りかけの水の味も確かに記憶に残っている。
雪が降り積もった冬の日、凍えて体を丸めながらどうしてこんな目に合っているんだと村人を恨んだこともある。
夏の暑い日、壁の隙間から入り込んだ虫が飛び回り、体のあちこちを刺され、よるもあまり眠れずに過ごした日々のことを覚えている。
けれど結果論ではあるが、村人はシャーロットに義理を果たしていた。前世の記憶を取り戻すという、予測不可能な事態の結果とはいえ、シャーロットは一人で生きていけるようになった。
(——だから、独りよがりではあれど、私は彼らに義理を果たしましょう。あの村人の墓でも作り、あの村を襲う可能性の高いゴブリンたちを殲滅することで)
なぜゴブリンたちは生きたままの人間をとらえるのか?ゲームで語られていたその理由を、シャーロットは思い出していた。
——その人間が住む村や町の情報を手に入れ、襲うため。
上位のゴブリンは人語を理解する者もあらわれるという。
彼らは、命の危機にむやみやたらとわめき、叫び、涙を流す人間狩りを楽しむために、人間の住処を襲うのだ。そのための情報収集のために、虜囚は凄惨な拷問を受けるという。
「『ゴブリンに捕えられたら死を選べ』だったかしら。なるほど、単体では弱いとはいえ、やはり魔物は侮れないわね」
さて、と意思を固めたシャーロットは、ゴブリン殲滅に動き出す。
「問題は数と、身体能力の差。私の足の速さがゴブリンに負けている時点で、接近戦での勝利など期待できないですね。前回やったように、遠距離から狙撃を続けるのも無理がありますね。なら……」
今回も集落を見下ろせる木の上に陣取り、総魔力の八割ほどを練り、そして集落の上空へと放出する。
「私がすべきはヒットアンドアウェイ。火攻めによる兵糧攻めを何日もかけて繰り返す!——ファイアレインッ」
空中に出現させた巨大な炎の塊を分裂させ、下の集落へとばらまく。大小さまざまな火の玉が建物を燃え上がらせるのを確認するや否や、シャーロットは脱兎ごとく駆け出した。
(音を立てるから、射線がバレるから見つかるのでしょう。集落上空に魔法を出現させてぶつけるのが効果的。けれど、今の私の魔力では、3つくらいの陋屋を覆うほどのサイズの火球が限界。だから、ゴブリンを斃すことではなく、建物に火をつけて食料を燃やすことで相手を疲弊させ、各個撃破します!)
奇しくもシャーロットは、初めてゴブリンの住処を見つけた巣穴の時と同じ、我慢比べをすることに決めたのだった。




