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2不幸少女の目覚め

「ははっ、この状況は想定外ですよ。……はぁー」


 シャーロット・ヴァン・ガードナー、おそらく八歳。

 神に押し付けられた記憶が正しければ、公爵令嬢、そのはずであった。


「現在人生の谷底ですっと。ろくな記憶がないんですよねぇ」


 「シャーロット」が前世の記憶を取り戻しても、幸いというかそれまでの記憶が失われることはなかった。ただ、あまりにもその内容がひどいものだった。

 ゲーム知識ではシャーロットは現国王の姪であり、王家の血統を証明する赤眼の持ち主。生まれながらに有する高い魔法適正と優れた頭脳を買われて第一王子の婚約者の地位を得ている成功者。

 愛のない両親の間に生まれた彼女は、王子の婚約者として卒なくふるまうも、自分のことを「己を飾る添え物」程度にしか認識していない王子の言動に心をすり減らし、疲弊していく。「王子の婚約者」という地位に価値を感じられなくなった彼女は己のありようを模索し、魔法技能向上に力を注ぎ始める。天才令嬢の名をほしいままにする中で学園に入学。

 主人公であり「準平民男爵」と蔑称で呼ばれる彼女との価値観の相違の中、平民の「将来の自己決定」という在り方を知る。公衆の面前で婚約破棄をするアホ王子の束縛から解放された彼女は、自由を手にして女性騎士として独り立ちする——


「で、与えられた知識にはこんな状況は無いわけですが……どうしましょう?」


 シャーロットの記憶にあるのはメイドらしき人物が自分を誰かに引き渡す光景。鎖につながれ、馬車で運ばれた絶望。魔物の襲撃で血が飛び散る恐怖。自分を抱きかかえるぬくもり。

 気が付けば村で保護されていて、けれどその環境は一時的なものだった。


 ——魔力爆発。

 己が制御しきれないほどの膨大な魔力が体外で爆発を引き起こす現象。大きな感情が起因となるその現象に対処するすべなど一般的な村人は持ち合わせておらず、彼らはシャーロットを小屋に閉じ込め、外界との接触を封じた。


 それから数年。

 家具はもちろん、最初の毛皮が擦り切れてからは新しい毛皮が与えられることもなく寒い夜を過ごした。長年雨風にさらされていたんだ木壁はその隙間から虫の侵入を許した。村人から与えられる食事は日に日に貧相なものになり、最近では一日に雑草が浮かぶスープ一杯。四肢は枝のようにやせ細り、体を壊していない状況が奇跡だった。

 ぼっとんトイレと雨水をためる水甕があっただけましな環境だったのかもしれない。


「まずい状況でしょうね。このままここに居るのは座して死を待つような行為です。この状況がゲームと同じであるかは分かりませんが、もし同じであるなら『天才令嬢シャーロット・ヴァン・ガードナー』驚異的な努力家だったというわけですね……脱走一択ですよねぇ」


 ここから一体何があれば、天才令嬢の名をほしいままにする未来の王子の婚約者「シャーロット・ヴァン・ガードナー」が誕生するというのか。ひょっとしたら公爵家がシャーロットを見つけ出して保護するのかもしれないが、シャーロットはその可能性を否定した。

 愛されていなかったシャーロットに迎えなど来ない。仮に来るとして、それはいつ頃か。半年後か、一年後か。

 他国へ脱出するのが一番良い選択だろうが、街道を通って行くのはまずい。この身なりでは絡まれるのがオチだろうし、何より王家の血筋を示す赤眼が厄介だ。最悪の場合家に連れ戻されてしまう。


「街道は避けて森を通る……いえ、森で鍛えると同時に目の色を隠す方法を得てから街道を通って他国へ脱出という方針が良いでしょうね。こんな状況に私を追いやった人も、神様も、私に関わらないところで好きにやっていればいいのですよ。私は、私の思うように行動するだけです。……それじゃあまずは、『ステータス』!」


 言葉と同時に目の前に半透明のウィンドウが出現し、シャーロットは食い入るようにその画面を見つめた。


〈シャーロット

レベル:1

職業 :なし

生命力:6/6

魔力 :21/21

スキル:風魔法Lv.1

称号 :(転生者)、忌み子〉


 名前にファミリーネームが存在しないのは、決別の表れか、それともそもそもシャーロットの両親が彼女を娘と認めていなかっただけか。


「一般的な値は分からないけれど、ゲームの攻略対象の初期値を考えると魔力は高めでしょうか。魔法適正が高いのはゲーム通り、と。この場所から出るにしても最低限の戦闘能力は必要でしょうから、魔法を鍛えないといけません。こちらもゲーム通りなら——」


 魔法はイメージ。消費する魔力量に見合った現象を思い浮かべ、体内で練り上げた魔力を放出する。幸い、魔力爆発の経験からシャーロットは体内の魔力を感知できていた。魔力を練り上げ、イメージの補強と誰かと共闘するときのために最低限の言葉を紡ぐ。


「風よ!——ッ⁉」


 体内の一部が熱を持ち、ぞわぞわと不快感が駆け巡る。歯を食いしばりながらも、体内で暴れまわる熱を持ち上げた手のひらから吐き出す。

 瞬間、ヒュウと鋭い風音がなり、ぱしゅっという音とともに手のひらの先の木壁から木屑が飛び散った。


「今のが魔法……案外きついものですね。魔力は5消費……効率がかなり悪い気がしますが……」


 魔法が当たった壁には横2センチメートル、深さ数ミリメートルほどの小さな傷がついていた。今にも折れそうな細い指で傷を撫でながら、シャーロットは魔法という不思議現象に思いを馳せていた。

 ゲームのシャーロットは普通四属性の魔法を使いこなす優秀な後衛職だった。近接戦闘はからっきしであり、有り余る魔力で敵をなぎ倒す火力タイプ。

 であるならば水魔法を覚えるべきだ、そう結論づけたシャーロットは目を閉じて水が両手からあふれ出すイメージを始めた。


 修行開始から四日。

 食事とも呼べないような雑草水を飲み干す以外のすべての時間をイメージと魔法発動の修行に費やし、シャーロットは火魔法と水魔法を習得していた。

 この時間はシャーロットに新しい発見と、魔法の難しさを知らしめていた。


 まず、魔力は時間経過で回復する。シャーロットの場合、一時間で1くらいのペースで魔力が回復した。ゲーム知識では非常に高価あるいは効能が低く安い魔力回復薬による回復以外では睡眠というセーブ行為で回復していたので、ゲームよりは回復が容易である。

 それに魔力の総量も、魔力を使うほどに増えていくようだった。


 次に、魔力効率についてだ。使用する魔力は魔法の「距離」と「範囲」、「影響力」、「持続」のおよそ4つに関係していると思われる。

 魔力が大きいほど魔法が遠くまで届き、効果を及ぼす範囲が広くなり、大きな効果を長く生み出す。

 熱くなかったからと使用魔力を大きくした火魔法を触って火傷しかかったのはシャーロットにとって痛い記憶である。


 そしてシャーロットをもっとも苦戦させたのが魔力管理であった。魔法はイメージに見合った魔力を消費する。故に、同じ魔法をイメージして発動しても、消費魔力にムラが出てしまうのだ。

 魔法発動時に毎回まったく同じイメージをできるかといえばそんなわけがない。精神的疲労が蓄積すればイメージがあやふやになって魔力消費が大きくなってしまうし、そもそも敵と対面しているときに鮮明なイメージができるとは思えない。

 最も、練習あるのみである。


「さて、火種と飲み水の確保はできたわけですし、このボロ小屋ともさよならですね」


 わずかに扉をひらいて食事を出し入れするだけだった村人に思い入れは特になかった。食事に対して多少は感謝していたが、小屋に閉じ込められる以前の生活から今の食事が村で食べられる最低レベルを大幅に下回っていることをシャーロットは知っていたし、閉じ込める直前の村人たちの化け物を見るような視線が脳裏にこびりついていた。


(あなたたちが忌み嫌った化け物は消えますよ。それじゃあ、さようなら)


 村はずれの小屋から飛び出した少女は、村の中心部とは反対方向に存在する森の中へと歩いて行った。

 振り返りなどしない。ただ、まっすぐ前を向いて——。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「振り返りなどしない。ただ、まっすぐ前を向いて——」 脱出したことが、早く分からないように村を全滅させる能力はなかったのだろうな。
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