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【本編完結】不幸少女、逆境に立つ ~戦闘系悪役令嬢の歩む道~  作者: 雨足怜
1.森の中の放浪者

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18不幸少女と魔物狩り

「さて、今後ウォーターボールやストーンバレットが効きづらい魔物が出てくる可能性もありますし、今日は火魔法と土魔法でゴブリンを斃していきましょうか」


 翌日の朝早く、うっすらと霧が立ち込める森の中、シャーロットは獣道を進んでいた。

 すでに何度も通っている道であり、ドロップアイテムの短刀で邪魔な枝を切り落とした結果できた隙間を、すいすいと通り抜けていく。


 冬も近づき、落葉のおかげで見通しが良くなり、シャーロットは比較的短時間でゴブリンの集団を発見した。数は三。相変わらずグギャグギャと醜悪な声を出しながら、ゴブリンたちは棍棒片手に闊歩していた。


「まずは単純な風魔法にしましょうか。圧縮空気の弾丸で目を狙う――エアバレット!」


 シャーロットの目の前の空気を圧縮。長い前髪を揺らしながら放たれた不可視の弾丸は、ゴブリンの目からわずかに逸れて眉間にヒットした。解放された空気がゴブリンを一メートルほど吹き飛ばす。

 突然吹っ飛んだ仲間に唖然とするゴブリンたちをよそに、シャーロットはすぐさま二射目に入る。


「ミス!想定内!——ストーンニードル!」


 エアバレットを受けて地面に背中から倒れこむゴブリン。その背後に地面から土魔法の針が発生。背中側から貫通して、腹から先端が突き出た。

 頭蓋骨を貫くはずだった魔法が腹部から突き出ているのを見止め、シャーロットは険しい表情になる。

 この時点でようやく自分たちが襲撃されていることを認識したゴブリンたちは、周囲を見回し、シャーロットの姿を見つけて走り出した。


「遠くて位置がずれた。次、爆発で足止め——ファイアボールッ」


 突き出した腕の先の空間に現れた火球がゴブリンへと飛んでいく。グギャ、と慌てたような声を出したゴブリンの片割れは立ち止まってしまい、その顔に魔法が直撃する。


 ボン、と腹に響く爆発音が生じ、顔から煙を上らせるゴブリンは白目をむいて膝から崩れ落ちた。


「想定外!でも後一匹。風、エアカッター!」


 威力不足で果実採取時の枝切り魔法と化していた風の刃。魔力をより多く込めたその威力強化版がゴブリンに迫り、首を半ばまで切り裂いた。

 血を噴き出して倒れ込むゴブリンに駆け寄って短刀でとどめを刺し、それから残り二匹についても首を切って確殺した。

 最後のゴブリンの首から血に濡れた短刀を抜き、シャーロットは額の汗をぬぐった。


「よし、戦闘終了。ストーンバレットで仕留めるよりは、魔法の数も必要だったし魔力も多く使いましたが、予想以上に上手くいきましたね。ファイアボールのあの効果が再現されるなら常用するのもいいけれど……気絶は偶然ですよね?倒れ込む敵の運動量を利用したストーンニードルの魔法は悪くなかったのですが、後は落下位置の予測でしょうか。エアバレットの狙いがずれたのは失敗でしたが、機転を利かせるいい訓練になりましたね」


 強力な魔法での一撃必殺。今まで目指してきたその目標から少し方針転換して、シャーロットは弱い魔法のコンビネーションで敵を倒す戦闘方法を模索し始めていた。


「あの狼やマッドグリズリーくらい素早い相手には、今の魔法能力では太刀打ちできないものですね。やはりからめ手の習得を急ぐべきでしょうか。土と水の複合でぬかるみを生み出したり、土魔法で足元の土を滑らしたり……突然目の前に火の玉が現れるなんていうのもいいかもしれないですね」


 強敵との戦闘経験は、確かにシャーロットの糧となっていた。


「さて、ファイアボールの再現性の確認と、からめ手の練習を兼ねて次の獲物を探しましょうか」


 水魔法で短刀に付いた血を洗い流し、シャーロットは新たな獲物を求めて歩き始める。


「ゴブリン二匹。まず片方に——ファイアボールッ」


 突然飛んできた火球に目を見開いたまま固まったゴブリンの顔面に直撃。爆発音と同時に軽く吹き飛んだゴブリンは、けれど意識を失わずにいた。怒りの声を上げたゴブリンは立ち上がり、もう一匹にグギャと声をかけて、二匹同時に走り出した。


「タイミングを見極めろッ。1、2、3……今!アースバインド!」


 前を走る顔に火傷を負ったゴブリン、その踏み出した足の下の地面が10センチほどくぼみ、本来の踏み場を失ったゴブリンはバランスを崩した。すかさずシャーロットは土を操り、穴にはまったゴブリンの片足を土で固めて動けなくしてしまう。

 足を取られて不自然な体勢で地面に勢いよく倒れ込んだゴブリンは、グギャギャと苛立った叫び声を上げた。


「よし、次。——土よ隆起せよ!」


 いつぞやの検証時に使った、土コブを作る魔法が放たれる。コブの斜面を踏みつけたゴブリンは、斜めになった地面で足首をひねり、そのまま横転した。

 急いで駆け寄ったシャーロットは短刀を首に突き刺してとどめをさした。それからもう一匹の方へ向き直り、とっさに短刀を持っていない左手で頭をかばった。


「痛ッ、こっのお!」


 抜け出せないことを理解したゴブリンが苦し紛れに投げつけた棍棒が、頭部をかばった左手にぶつかり、強い衝撃と痛みがシャーロットを襲った。

 歯を食いしばり、駆け出したシャーロットは、手を無茶苦茶に振り回すゴブリンの首めがけて短刀を振り下ろした。するりと短刀は抵抗少なく振りぬかれ、血しぶきがシャーロットの顔に飛び散った。


「少し気を緩め過ぎました。強くなって慢心していましたね。……はぁ」


 短刀を握ったままの右手の甲を患部に当て、自己治癒スキルによって左手を癒す。まき散らされた血の海に沈むゴブリンの死体を見下ろしながら、シャーロットは溜息を吐く。


 刀はもちろん、顔や衣服に飛び散った血を水魔法によって素早く洗い流し、移動を続けながらもシャーロットは先ほどの戦闘の反省を上げ連ねた。


「ファイアボールで意識喪失を狙うのはなしですね。博打すぎますね。アースバインドや土コブでのからめ手は悪くありませんでしたが、相手を戦闘終了に追い込めないのは問題です。強敵との一体一で使うか、もしくは威力を上げた代わりに速度を落とした魔法を確実に当てるための準備として使うか、でしょうね。パーティー戦闘では役に立つ使い方ですね。……今の私に仲間はいないけれど」


 現在一人であること、それから今の自分の言葉が独り言であったことを認識して肩を落としたシャーロットであったが、よしと気合を入れて顔を上げた。


「そういえば、ゴブリンの特殊派生個体を見ないですね。弓を使うアーチャーに、格闘のファイター、魔法使いのメイジもいないですね。……人間との戦闘経験が希薄で、学習していないだけでしょうか?もしくは、住処に集まっている?」


 シャーロットが森で生活して一月半近く。数十匹に上るゴブリンを斃しているが、未だ派生個体を見ていなかった。

 その他に倒した魔物も、イノシシと狼、それから角兎のみ。遠距離攻撃をしてくる相手も、技術を持った相手との戦闘も、シャーロットは未経験だった。


「んー、もっと色々な相手との戦闘経験を積んでおかないと怖いですね。ゴブリンアーチャーあたりが出てこないでしょうか」


 結局その後、ゴブリン8匹とイノシシ型の魔物1頭を仕留め、この日のシャーロットの戦闘は終了したのだった。

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