177不幸少女と背負うモノ
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ザク、ザク。
地面に落ちた枝葉を踏みしめ、シャーロットは森を進む。まっすぐ、まっすぐ北へ。ただ、人が誰もいない場所を求めて歩き続ける。
キドたちは気を使ったのか追ってくることはなく、ただシャーロット一人分の足跡が森の中に刻まれていった。
時折かすめる枝によって頬が傷つくも、シャーロットは気にすることなく進んでいく。魔力蓄膿症に侵され続けている間の激痛、そしてドランザの秘術による痛みで、シャーロットは痛みをあまり感じなくなっていた。正確には、痛みに対する認識が大きく麻痺していた。
「……鬱陶しい。——ファイアボール」
けれど、怪我を気にしないからといって枝が気にならないわけではない。たびたび体が引っかかる違和感に、不快にならないわけではない。
これまでなら決してしなかっただろう魔法の無駄撃ち。シャーロットの前方に生み出された巨大な火球はそのまま真っすぐ進み、進行の邪魔になる枝葉を燃やし尽くす。
今、シャーロットがこうして普通に魔法を使えるのはドランザのおかげで。魔法を使うたびにシャーロットはドランザのことを思い出し、怒りや後悔や自責の念に苦しみ、けれど同時に、魔法を使うたびにドランザが今ここにいるような気がしてならなかった。
生きる限り、生き続ける限り、シャーロットの肩には重荷が積みあがっていく。
——孤児院の子どもを命の危険にさらしたこと。
——ガーゴイルを起こし、王都を壊滅の危機に追い込み、フィラメルを死なせてしまったこと。
——何人もの人を、盗賊を、この手で殺したこと。
——ドランザを死なせてしまった……殺してしまったこと。
ひょっとしたら、アリスが盗賊にさらわれたのも、シャーロットが接触したからかもしれない。シャーロットが盗賊——の皮を被ったばけもの組織——の拠点に乗り込まなければ、ワキの仲間二人は死ななかったかもしれない。シャーロットのことを有力者の子どもだと誤解し、その勧誘の失敗からいっそのことシャーロットを亡き者にしようと送り込まれた刺客が死ぬことはなかったかもしれない。
ガーゴイルを起こしたのはシャーロットではなかったが、けれどシャーロットはそのことを知らず、そして知っていたとしてもひどくどうでもいいことだった。
血で汚れきった両腕が、きれいになるわけではないのだから。
「は、はは、はははははは……」
乾いた笑いが、意識することなく口からもれる。いつの間にか自分がひどく罪深い人間になっていたようで、シャーロットは自分という存在がガラガラと音を立てて崩れていくような気がしていた。
「はははははははは……はぁ。邪魔をしないでくださいよッ」
森に響く笑い声を確認すべく、コボルトが不思議そうに顔をのぞかせた。
シャーロットはその個体に全力で走り寄り、拳を振りぬく。
腹を貫通し、内臓を飛び散らせる。
驚愕に目を見開いたコボルトは、そのまま静かに目を閉じ、絶命した。
「………ふふふ、あははははははッ」
血の匂いにつられて魔物が集まってくる気配を探知魔法で確認し、シャーロットは壊れたように笑う——否、とっくに壊れていた。
狂ったような笑みを浮かべ、シャーロットは魔物の群れへと突撃していく。
「シャルのやつ、帰ってこないな」
ギルドホームの二階。パーティー用の談話室から窓の外に広がる王都の景色を眺めつつ、キドがぽつりとつぶやいた。
アンティーク調のテーブルが部屋の中央に鎮座し、その四方を柔らかなソファーが取り囲む。壁や天井は美しい木目張りになっていて、窓やテーブルには落ち着きのある純白のテーブルクロスやカーテンが設置されていた。下品にならない程度にフリルが付き、そして精緻に編まれたカーテンをめくる。
キドは活気あふれる王都の街へと視線を向け、それから遠くに見える森へと視線をずらす。
「………」
森でシャーロットと別れてから一週間。今日もシャーロットは冒険者ギルドに顔を出さず、そして王都への入場記録もないという。
目を閉じ、腕を組み、黙って思考にふけるラナに向けたため息を一つ。キドは窓際から離れて彼女のそばへと近づく。
「そんなに心配なのか?」
「……シャルちゃんは大丈夫よ。もう私より強いかもしれないもの。それより、私たちの方も動くわよ」
「オーク討伐戦か」
シャーロットの行方が分からなくなってから数日が経ち、ついに冒険者ギルドから北の森のオーク大移動を阻止する討伐戦を決行するという知らせが届いていた。
だが、ラナはキドの言葉に対して首を振る。
「……あの男がシャルちゃんに言っていたことを覚えてる?『次は王都で会おう』、という言葉よ」
「ああ、そういえば……つまり、あの男は王都に潜伏しているということだろ。さすがにそれくらいは簡単に予想できるだろ?そもそも、王都以外のどこに隠れる可能性があるんだ?」
「わざわざ、『次』の宣言をしているのよ?……あの男が、すぐにでも王都で何かを起こす可能性があるのよ。あのガーゴイルを誘導して王都壊滅をもくろんだ様な、そのレベルの何かをね」
「ッ、まさか、また王都が滅びかけるような何かが起きるっていうのか?」
「その可能性が高いのよ。このままだと後手に回るわ。直近では、オーク討伐戦で戦力が王都から消えたところが狙い目でしょうね。ただ、ギルドから直接声がかかっている以上、私たちも討伐戦に参加しないわけにはいかないわ。対処方法が浮かばないのよ。すでにできる限り話を回してはいるけれど、どこまで本気で受け止めてくれているのか……」
頭を抱えるラナは、それから勢いよくテーブルに手をつき、立ち上がる。テーブルの上に載っていたティーカップが弾み、カップの中の紅茶が数滴飛び散る。
白いテーブルクロスが、茶色に染まっていく。
慌てて布巾を握り、テーブルクロスが染みないように紅茶を拭き取ろうとする。だが、家事ではその雑さが露呈するラナはごしごしと乱雑に布巾で汚れをこすり、そのシミはさらに広がっていく。
「ああもう『コンコン』……どうぞ」
「お嬢様、お客様がお見えです。それと、そちらの処理は私が行わせていただきます」
ドアを開いたのは、ラナが実家から引き抜いて連れて来た、現在では冒険者パーティー「クソッタレ」のパーティー管理を一手に引き受けているメイドのエト。
「わかったわ。それと、お願い。……ところで、お客様というのはどなたかしら」
珍しく訪問者の名前を告げなかったエトに、ラナは不思議そうに尋ねる。
「それが、シャルさんのご友人と名乗る少女が、訪ねてきております」
「?シャルちゃんのお友達ね……わかったわ。カウンターでいいのよね?」
「はい、そちらにお通ししております」
メイドに促され、ラナは申し訳なさそうに布巾とテーブルクロスを預け、食事場所として使っているバーを改修した地下へと向かう。
「いらっしゃい、どのようなご用件かしら?」
「初めまして!私は——」
ラナが扉を開いた先。
天真爛漫な笑みを浮かべた、けれどわずかに戦士の気配を漂わせた少女がラナに向かってぺこりと頭を下げた。




