176不幸少女と不死者の戦い2
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『ぐっ⁉』
「なッ⁉ドランザ、さん⁉」
遠くへ逃げ延びていたキドらの目の前、突如地面から数メートル上空のところに現れたドランザが地面に落下する。
そのローブはあちこちが傷つき、また胸部は貫かれ、大きな穴が開いていた。
「大丈夫なのか⁉」
走り寄ったキドは、けれど突き出されたドランザの腕に押しとどめられる。
『シャルをここに……早くッ』
余裕のない声に、キドは飛び跳ねるように振り返り、その視線の先、シャーロットを抱えるミリーサが慌てて駆け寄る。
『——我は天地をすべ、さすれど神に届かず。我の手に残るはただひとかけらの虚無のみ。今、死に瀕し、この思いを継がせん。我が意思のもとに、我が魂を対価とし、かの者に力を授けん——ブレッシングッ』
ドランザの持つ全てが、シャーロットへと注ぎ込まれていく。それは魔力操作の能力であり、修練の時間であり、そしてドランザのスキルで——
「があああああぁぁぁぁぁぁッ⁉」
体が強制的に作り変えられるような痛みと不快感に、シャーロットが叫ぶ。口から泡を吹き、爪を地面に突き立て、大地をえぐる、
「な、シャル、ちゃん……?」
ラナの暗い瞳にわずかな光が宿る。顔を上げたラナの視線の先では、地面の上でもがき苦しむシャーロットの姿があった。
「シャルちゃん⁉キド、何が……⁉」
「ああ……」
はっと意識を覚醒させたラナは、慌てて視線の先で立ち尽くすキドの肩を叩く。だが、そのキドは口を開き、呆然と突っ立ったまま生返事を返す。
「何、が……」
キドの視線を伝って見た先には、顔が、脚が、ゆっくりと砂のように崩れていくドランザの姿があった。それは、浄化されたアンデッドにおなじみの現象で——
「ドランザさんが、死ぬ……?」
ようやく現実に追いついた思考は、その結論を叩き出す。
『フィラメル。お前の思いは確かに受け継がれた。わしも、今からそちらへ行くとしよう。……ああ、形見を守れなかったことだけは、すまなかったな……』
「……ド、ランザ?」
額に手を当てて、ゆっくりと起き上がったシャーロット。その皮膚からはぽろぽろと魔石化していた肌の破片が落ちていく。体中の痛みは消え、だが体全体を包み込むような重い疲労が残っていた。
軽く頭を振り、それから目の前で消えゆくドランザをみとめて、シャーロットは走り出す。ローブの裾をつかみ、シャーロットは腹の底から吠える。
体の痛みが取れたこと、そして体を包み込むドランザ本来の——彼の生前のものと思われる魔力。アンデッドと化している現状、その魔力が存在するなど不自然で。
だからシャーロットは、ドランザが自分を救うために、己を滅ぼすような何かをしたことを瞬時に悟ったのだ。
「なぜッ、なぜ、そんなことをするのですかッ。私のために、私のような弱い人間一人のためにッ、どうして命を投げ出せるんですかッ⁉ドランザも、ユキもッ。あなたたちはそうやって、安易に私を助ける道を選んで死を選ぶのですかッ⁉どうして、共に助かろうとする道を切り捨てるのですか……」
『……わしが持つ力——魔力以外の力を流し込んだ。渡せなかった力もあるやもしれんが、渡った力の中には確実に、魔力操作能力がある。これで、魔力量と魔力操作能力のバランスがとられて、魔力操作能力を解消するはず——いや、もうしておるか。ふむ、若いというのは、稀有なことだ。その命ある限り、自由に生きよ。そうすれば、あやつの見た道の先へたどり着くかもしれん』
足が崩れ去り、地に落ちる体。それを抱きとめ、胸に抱え、シャーロットは叫ぶ。助かる道を必死で模索しながら、けれどそれよりも早く腕の中でドランザの体が崩壊していく。
それは、フィラメルの時の焼きまわしのようで、けれど目の前に脅威がいないからこそ、自分自身が滅びの原因であると突き付けられているからこそ、その事実がシャーロットに重くのしかかる。
「そんなことをッ、そんなことを聞いているんじゃないんですよッ⁉あなたが、人類を救えばいいでしょう⁉あなたが、世界と戦えばいいでしょう⁉神に遊ばれる凡人の私ではなく、あなたが立ち上がる可能性があったはずでしょう⁉その未来を見て見ぬふりして、私に押し付けて、どうして一人死んでいくのですか⁉あなたは、フィラメルさんが死んで、一人置いて行かれたことをあれほど嘆いていたではないですかッ」
『ここが、岐路だと思うのだ。死した『生者』の終着点は、ここでよいのだ。ああ、世界はこんなにも——』
サラリ。
シャーロットの言葉に応えることもなく、その頭蓋の一対の空洞は、はるか虚無を見据え、ぽつりとつぶやく。頭蓋骨のかけらとなっても、最後にドランザが笑った気がしたのは果たして——
「ああああああああああああぁぁぁッ⁉」
砂となったドランザの体と、それからあちこちが破れたローブ、傷だらけの杖を抱きしめる。シャーロットの慟哭が、森に響き渡った。
「……つまらん。一人救うために、自ら滅びかけの命を賭したか。理解に苦しむ」
「ッ!」
少し離れた木の上。フードで顔の上半分を覆った男が枝の上で胡坐をかき、シャーロットたちを見下ろしていた。
「…………まだ何か、用ですか?」
「いやなに、リッチ野郎と最後まで戦おうと思ったんだがな。あいにくと死体になっていて……ところで、占術の使徒の霊核を知らないか」
「条件があります。そこにあるすべてをそのままにして、霊核とやらだけを持ち帰ること」
「ん?構わんが……弔い合戦はいいのか?受けて立つぞ?」
「必要ありませんよ。これは、彼が選んだ道です。私には……命を救われた私には、ドランザの選択を否定する権利などありませんよ。場所は、朽ちた聖堂の奥にある墓、その前です」
「了解した。では、また会おう。次は王都で……血を分けし同胞の子孫——半端者よ」
「……………」
一瞬で男は姿をくらませ、ただ静寂だけが残る。
ふらりと立ち上がったシャーロットは、男が先ほどまで座っていた木まで進み、拳を振りぬく。
ドゴッ。
「ふーッ、ふーッ」
拳が木の幹に突き刺さる。
——親しい者の死は、重い。
拳に木片が突き刺さり、幹を伝って血が流れ落ちていく。真っ赤な鮮血は幹を流れ、草木を染める。
「ああああああああッ」
もう一度、けれど今度は幾分か弱い音が響く。幹にあたるはずの拳は、手のひらの中にすっぽりと納まっていた。静かに近づいていた、グレイの掌の中に。
ずるり、とグレイの手の中に血痕を残しつつ、拳は重力にひかれてだらりと下へと滑り落ちる。下を向くシャーロットは、そのまま無言で歩き出し、地面に放り出したローブと杖と、それから灰のように軽い砂をかき集める。
「——収納」
それらすべてを収納に放り込み、シャーロットは今度こそ一言も声を発することなく、キドたちに背を向けて歩き始めた。




