173不幸少女と闘病
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『ねぇ、××ちゃん!』
——ああ、これは夢だ。
ぼんやりとした頭で、シャーロットは自分の前を駆けていく少女の後を追う。あれほど重かった体も頭も、今はなぜか羽のように軽かった。
『また遅刻ぅ~。もう、しょうがないなぁ』
『ふふっ、××ちゃん、大好きよ』
『えへへ、ありがとう』
場面は移り変わり、そのたびに少女が顔を向ける。その顔にはいつだって太陽のような笑顔が浮かんでいた。まぶしくて、けれどうらやましい、私のひかり——
『ねぇ、シャル。まだ、後悔しているの?』
「⁉」
夢は、唐突に過去を追うのをやめる。見たことのない、真剣な少女の顔が、まなざしが注がれる。
『シャル、私は、あなたといられて、私は幸せだったよ。だから、あなたにも幸せになってほしいの』
どこまでもまっすぐな瞳が「シャーロット」に突き刺さる。艶のある黒髪を翻し、少女は微笑みを残して背を向ける。
「どうして、私を許せるの?私は、あなたを殺したのに——」
遠ざかっていく親友は、何も答えることはなかった。
「シャルちゃんの容体はどうかしら?」
「現状、最悪の一歩手前です。まだ臓器の魔石化はほとんど起きていませんが、このままでは時間の問題かもしれません。そうなると、一気に死亡の可能性が跳ね上がりますが……」
「んぅ……」
「シャルちゃん!シャルちゃん、大丈夫⁉」
わずかに身じろぎし、それから苦しそうにうめくシャーロットの手を、ラナは握りしめる。その体は燃えるように熱く、汗で湿っていた。
「ひとまず着替えさせましょう。それから定期的に水分を飲ませて、あとはシャルさん本人が頑張るしかありません」
ゆっくりと諭すようにラナに話すメイドは、そういってシャーロットを覆う布団に手をかける。
「そうね、私も手伝うわ」
道中着ていた魔物の皮装備を脱がし、薄汚れた衣服を着替えさせる。それから部屋に用意していた清潔な衣服と取り換える。
「そちらも取ってしまいましょう。女の子の顔があせもになるのは避けたいでしょう」
メイドはよりシャーロットの頭部に近いラナに、頭部を覆う布切れを取るように告げる。ラナが恐る恐る目隠しを取り除いた下からは、傷一つない、美しい顔が現れた。
「古傷ではないのね……」
考えていた可能性の一つが外れ、ラナはほっと息を吐く。顔を覆っていた汗でぬれた布がなくなったおかげか、シャーロットの表情も少し和らいだような気がした。
「私は洗濯と、それから飲み物の準備をしてまいります。お嬢様はシャルさんのことをお願いできますか」
「わかったわ」
小さいころから一緒だったメイドは、ラナが心を許せる存在の一人である。メイドは気を利かせて席を外し、部屋に残るのはラナとシャーロットの二人。
ラナは再度シャーロットの手を取って、その手を自分の額に当てる。
「お願い、お願いだから、無事でいて……」
ずいぶん昔、こうして親友の手を取ったことを思い出す。あの時、彼女の手は冷たくなっていた。つい先日まで生きていたような、変わらない姿で、けれどその体はどこまでも冷え切っていた。
ぞくり、と体が震える。シャーロットもまた、ラナを置いて行ってしまうのではないか。そんな気持ちでいっぱいになり、ラナはさらに力を込めて、シャーロットの手を握る。
「ううぅ……どうして……」
つぅ、とシャーロットの頬を涙が伝う。うなされるシャーロットは、弱弱しい動きで右手を宙に突き出す。
「どうして——許せるの?私は———殺したのに」
シャーロットの目元をぬぐっていたラナは、その言葉にピクリと体を震わせる。固まっている間にも、シャーロットは熱に浮かされたように言葉をつぶやく。
「ごめんね———私も、死んじゃったよ。でも——」
「死なないで。お願いだから死なないで。生きて、生きなさいよ」
この生を手放すような、そんな言葉がシャーロットの口からこぼれる。ラナはもう、いっぱいいっぱいだった。あふれ出す思いが口を動かす。
「——が死ぬ原因を作った———を道連れにしたよ。大丈夫、私が死んだって、あの人たちは悲しまない。わかってるでしょ、ユキ?……ああ、そこにいたんだ……」
シャーロットの瞼がうっすらと開き、ラナの姿を捉える。それから、これまで見たことのない、憑き物が落ちたような心からの笑みを浮かべ、そうしてまた静かに寝息を立て始めた。
すぅすぅと寝息を立てるシャーロットを、ラナは驚愕に目を見開いて呆然と固まっていた。
(今、目が合った。けれど、あれは———)
「失礼します。お飲み物をお持ちしました。……お嬢様?どうかなさいましたか?」
ぐちゃぐちゃに入り乱れた心で、ラナはいびつな笑みを浮かべて告げる。
「——なんでもないわ。シャルちゃんのことを頼むわね」
様子のおかしい主人を気にして口を開こうとするも、すでにラナは部屋から出ていってしまっていた。差し出した手は宙をつかみ、ゆっくりと下ろされる。
「お嬢様?」
ラナを心配する声が、病室にこだました。
「戻ったぞ。いい情報はなしだが……ラナ?」
第一学園からの帰りに遭遇し、荷物をいくらか受け取ったキドは、ミリーサとグレイと一緒にパーティーハウスに帰還した。情報を心待ちにしているであろうラナは、けれど一向に姿を現すことはなく、キドはラナの姿を探し始める。
「うおっ、なんだ、いたのか。魔力蓄膿症を緩和する方法はわからなかったぞ。それと爺さんもシャルに会ったことがあるらしくて、誰が魔力蓄膿症なのか言い当てられちまった……ラナ?どうしたんだ?」
ノックをしても返事がなかったラナの自室。内心で詫びつつ、キドはその扉を開く。話始めるもラナからの反応はなく、キドは部屋に乗り込む。
ぼうっとテーブルの上を見つめるばかりのラナの肩をつかみ、ゆする。しばらくしてからラナはゆっくりと顔をあげ、それからようやくキドが帰っていたことに気が付いたと言わんばかりに口を開く。
「あら、キド。お帰り。どうだったの?」
「……めぼしい情報はなかった。それと爺さんにシャルが魔力蓄膿症だってばれた。なあ、ラナ、どうしたんだ?大丈夫か?まさか、もうシャルは……」
「大丈夫よ。シャルちゃんも今は容態が安定しているわ。とはいえまだ油断はできないけれどね」
「そ、そうか。それで、グレイたちと合流して戻ってきたが、この後はどうするんだ?」
「シャルちゃんを救うためには、情報がいるわ。学園長でもだめなのだとしたら、あと私たちが聞くべきは一人……ドランザよ」
「ッ⁉あの、アンデッドの、か?」
こくりとうなずくラナに対し、グレイは頭を抱える。確かに、第二の賢者と名高いベルクーリ・カルメットが知らないのであれば、残る希望は遥か昔を生きたドランザくらいであった。仮に彼が情報を持っていたとして、それを教えてくれるかは定かでなかったが。
「本気、なんだな」
「そうよ。無駄足にならないために、念のためシャルちゃんは連れていくわ。そのあたりの交渉のために私は今から動くから、あとはよろしくね」
ふらりと体を起こしたラナは、そうして部屋を後にする。残されたキドは、がりがりと髪をかき、明日の予定についてグレイとミリーサに共有するために部屋を後にした。




